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2005年5月29日 (日)

時代を先取りした『ムルム』という雑誌

mulm1mulm3mulm2『MLMW・ムルム』(MY LIFE MY WAY)という雑誌をご存知だろうか。創刊は1977年・7月。『アドン』というゲイ雑誌を発行していた「砦出版」の刊行で
編集長は南定四郎さんだ。

週刊誌大の判型で、頁数は142頁、定価は1000円だ。表紙だけを見たら、なんの雑誌かまったく分からない。

編集後記には、こう書かれている。「『ムルム』は独身で過ごす人、また世帯を持ち家族と同居していても、精神は独身者でありたい人や、遊ぶときは独身者のつもりでという人々が、自分の人生や生活を工夫し、楽しむときの伴走者になりたいと考えています。」

南定四郎さんは『薔薇族』創刊(1971年)の頃、小説を書いたり、単行本も2、3冊、第二書房から出していた人だ。3年ぐらい経ってから独立して『アドン』を創刊した。

今までのゲイ雑誌にないものを出したいと思って創刊した雑誌だから、お洒落で気取っていて、都会的な雑誌だった。最初の15号までは、隔月刊で、それから月刊にふみきり、しばらくして今度は季刊になり、廃刊になってしまった。

ゲイだということを公表できない隠れゲイの著名な執筆者たちが、この雑誌ならということで登場しているので、うらやましいような人たちが名前を連ねている。

この雑誌が長く続かなかったのは、広告が取れなかったからだ。一般の業界の広告を取るまでには至らなかったこと、月刊になってから入稿した広告はゲイバァとハッテン場の広告が数軒入っているだけだ。

結局のところ購入する人は、ゲイの人、それも都会の若い人だけで、全国的には売れなかったのでは。だんだん内容が希薄になり、力が弱って行くのが目に見えるようだった。

取り上げる内容が、バレエ、モダンバレエ、演劇、映画などが多いから、これでは地方の人は買わなかっただろう。

第二書房から『褌遊』(こんゆう)という写真集を出した栗浜陽三さんの作品が『ムルム』の初期の頃にずっと載っている。栗浜さんは有名な叙情画の画家で、戦後の一時代を作った方だ。美少女を描く画家の多くがゲイだということ、これはまた改めて書くことにしよう。

表紙を描いている竹内条二さん。この素晴らしい才能の出会ったことが『ムルム』にとっても『アドン』にとっても幸せなことだったが、あまりにも使い過ぎてしまったようだ。とにかくこの時代に、こんなお洒落な雑誌を出した南定四郎さんって、すごい才能の人だなって思うが、結局は編集者のマスターベーションに終わってしまった。

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