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2005年6月21日 (火)

つわものどもの夢のあと-渋谷「千雅」物語1-

senga1 渋谷「千雅」の貴重な写真

futon ゲイ旅館は修学旅行の宿の部屋のように布団が敷かれている。

渋谷の道玄坂を登りきったところの右側に交番がある。交番の前を通り過ぎて、路地を右に曲がると、突き当りの左側に「旅荘・千雅」があった。

以前は男女の連れ込み旅館で、そこを借りてオーナーのKさんがホモ旅館としてオープンしたのは、1975年(昭和50年)の春頃だった。今から30年も前のこと、『薔薇族』を創刊して、3、4年経った頃のことだ。

「千雅」のKさんと、若いマネージャーが、わが家を訪ねてきた。その頃の『薔薇族』は広告を一切に入れてなかったので、なんとか記事にして欲しいという。お客さんがあまり来なくって困っていたからだ。早速、「千雅」を訪ねてみたら、館内はすみからすみまで清潔そのものだったので、これなら読者にすすめることができると思ったが、ただの紹介記事ではつまらない。そこで思いついたのは、ノンケの男を潜入させて記事にしようというプランだ。

エロ小説では有名な作家、清水正二郎さん、その頃はエロ小説を書くことをぷっつりとやめて、ひたすら直木賞をねらった小説ばかりを書いていた。ところがなかなか「オール読物」などの雑誌に作品を持ち込んでも載せてくれない。生活にも困っていた時代だったので、『薔薇族』に毎号小説評などを書いてもらって僅かな稿料をさしあげていた。

その清水さんに「千雅」の潜入記事を書いてほしいとお願いしたら、快く引き受けてくれた。そして掲載されたのが、1975年の11月号(No.34)「本誌特派・ノンケ紳士のゲイホテル潜入記」で、10頁も費やしている。

源氏鵜太さんの『精力絶倫物語』のモデルだと言われ、女好きでは有名な清水さんが、ゲイホテルに潜入したのだからすごい話だ。

今だったら週刊誌にこの話を持ち込んだら面白い記事になったろうが、その頃は『薔薇族』そのものが有名ではなかったので、話題にもならなかった。

「それじゃ、もし君がいやでなかったら、ぼくのおっぱいを吸ってくれないかい。できれば歯を強くたてて、ギリギリと噛むようにね。」

「あ~っ!もうだめだよ」

と、悲鳴に近い声をあげて、誰か分からぬ人の口の中に、ぼくはおびただしいものを噴き出していった。

この潜入記のおかげで「千雅」は大入り大盛況になってしまった。清水正二郎さんは、その後直木賞をを受賞して、胡桃沢耕司として大活躍することになる。

胡桃沢さんも「千雅」のKさんも、この世にいないし、「千雅」もとうの昔に廃業して、つわものどもの夢のあとになってしまった。

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