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2005年6月 4日 (土)

詩人・寺山修司君の妄想?

heibon

  今から37年前の『平凡パンチ』7月15日号。定価が65円だ。特集記事は「告白・オトコの〔性〕体験=女のコにはぜったいに読ませるな」で、五味康祐、寺山修司、花岡太郎、東海林さだお。栗田勇の5人が告白している。

  37年前の有名人だから、今時の若者は、そのうち何人を知っているか疑問だが、寺山修司君の名前は誰でも知っているのでは。今年、寺山君は生誕70年ということで、いろいろと話題になっていることだし。さて寺山君の告白を紹介してみよう。

<初めてのエレクト>生まれるとき、エレクトして出てきた。産声が「女がほしい!女がほしい!」というのであった。
<初めての夢精>少年時代、太平洋のごとし。
<初めてのオナニー>はじめてしたのは5歳のときであった。マリア・モンテスを思いうかべながら。
<初めてのキス>7歳のとき。相手は熊のごとき女中!
<姦したオンナの数>夜空の星を数えるようなものである。
<よかったオンナ>ぜんぶよかった。とくによかったのは中学校の栗林先生。
<よくなかったオンナ>ない。
<異常な体験>無人島で暮らした時。       などなどと続き、

<一生のあいだにできる回数>天の川の星の数ぐらいやりたいと思っている。相手がいさえすればの話だが。

  ああ、この門答は、詩人寺山修司の悲しい妄想ではないだろうか。
  寺山君が亡くなる少し前、京都大学の大学祭でゲイに関する催物があって、ぼくも招かれて出席したことがあった。寺山君も講師として招かれていて、壇上に上った第一声が、
「ぼくは女好きです。」だった。それを聞いたとき、ぼくは寺山君は男の好きな人だなと思った。寺山君はひとりっ子で、お父さんを早く亡くして、お母さんにかわいがられて育った人だ。あの秀れた才能はゲイだからこそとぼくは思う。

  隠れているゲイたち。みんな演技をして生活している。演技をすることが当たり前になっているから苦痛でなく、自然にでてきてしまうのだろう。

  天国にいる寺山君、ぼくの言っていることが間違っていたらごめんなさい。君が『薔薇族』のために贈ってくれた詩。これは本音で書いてくれた、ゲイでなければ書けない、すばらしい詩だと。

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