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2005年6月 9日 (木)

刑務所の中での同性愛

ADNIS2 「アドニス」46号 昭和35年頃

  精液が飛び散ってシミになった『ADNIS』の46号にこんな記事が載っていた。
「2月22日付の『週刊サンケイ』を見ると、“男色に狂った殺人事件”として、去る1月26日、新潟刑務所の事件を次のように報じている。

“刑務所に服役中の男が同囚の男をあっという間に、日本カミソリで殺してしまった。始め何が原因だろうと、報道陣を迷わしたが、調べがついてみれば、“男色のもつれ”とういう大変な幕切れだった」とあるが、刑務所内の事件、ことに傷害という場合は、必ず囚人同士の同性愛のもつれから生じるもので、これは洋の東西を問わず、少しモノを知った人ならば常識のようなものだ。

  女ッ気の全くない刑務所では、シャバで女房子供を持って普通の生活をしていた中年男でも、いつか同性に対して、特別な感情を抱くようになり、はては若い新入りでもあれば自分の所有物(アンコと呼ぶ)にするために、囚人の争いは絶えない。これはどこの刑務所でも悩みのタネで、担当さんと呼ばれる監視さえも愛情の対象にされることもあるということだ。

  これはその担当さんに実際に聞いた話であるが、“事件にならないように極力抑えてはいますが、そういう感情を持ってはいけないと言ったって、どうすることもできません”ともらしていた。

  閉ざされた世界で考えることといったら、食欲と性欲のことしかないとしたら、ただひとつの愛情のためにお互いに命をかけるということはあり得ることだし、その愛情のかたちは、考えようによったら世間の人間よりももっと純粋なものだと言えるかも知れない。」

  現在の刑務所ではどうなのだろうか。人間が収容されている以上は、今も昔もないのでは。同じ頁にS刑務所の囚人で43歳の男の短歌が載っていてなまなましい。

  タイトルが「目交」とある。凡てに自由がない束縛されている見だから、相手の目を見て目配せして、思いを伝えるという意味だろうか。
 
  男だけの世界にありてかつて女にささやけると同じ愛のリフレーン

  汝もわれも愛に渇けるもの同士より合えばいつかソドムめきゆく

  同囚の多くの前にてさりげなき目交に愛の胸痛くなる

  悲しいむくわれない愛に胸を打たれるものがあり、フィクションではない本物の言葉は強いと思い知らされたようだ。

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