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2005年6月13日 (月)

一生を綱渡りしているような

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少年が好きなんだから、いつも少年と接しられる学校の先生になることは、少年愛の人にとっては当然のことと言える。他の先生よりは熱心に子供に教えるだろうし、人間、欲望がなかったら進歩はない。その欲望をうまく教育の場に発揮できれば、最高ではなかろうか。この先生の主張を続けて読んでください。

「ところで私はある田舎の中学校の教師である。教師を志願したのはもちろん自分の少年愛という性を意識してのことである。世の中で異性への関心から自分の職業を選ぶ人は稀であろう。彼らは欲望を満たすことを法律において保障されている。そうでないわれわれが、少しでも少年たちに接することのできる仕事を選ぶことを誰が非難できようか。

先生以外にもいろんな職業がある。少年スポーツサークルの指導員、児童福祉施設の職員、町の少年会の指導員等。先生になりそこねた人は極安の少年塾でもはじめたら?多分多くの少年たちが押しかけてくるだろうし、彼らの去ったあとの少年くさい匂いのこもる部屋で、マスターベーションというのも一方法。

教師仕事において種々の楽しみが生ずることは確かである。例えばスポーツクラブの顧問になることなど。水泳クラブで競泳パンツの少年たちに囲まれているのも楽しいし、レスリングクラブで彼らと汗にまみれるのはまさに、あの行為と変わらぬ興奮を与えるであろう。

また少年たちをきびしくしごくのも快感であるし、彼らの練習中、更衣室で脱ぎ捨てられたブリーフ等をこっそり取り出して匂いをかぐのも自由である。」

合宿の泊まりで一緒に風呂に入るのも楽しいし、好きなタイプの少年の側に床をとれば熟睡中の少年の体に手を触れるのも容易。とくにブリーフの前の盛り上がりの部分に少々いたずらすることも。ただし気づかれると困るからあんまりなことは自戒。

でも正直なところ私たちは教育に情熱をかけることで激しい欲望を懸命に解消している真面目な教師なのである。そして毎日、教えているクラスの好きな少年を思い浮かべながらよい授業をすべく、明日の授業の教材研究に心血をそそいでいる。」

彼の言い分はよく理解できるが、世の中でこんなに犯罪と紙一重の生活を毎日送っている人間って、他にはいまい。まさに綱渡りをしているようなもので、ちょっと足をすべらせれは犯罪者になってしまう。たまに学校の先生で生徒に手を出してしまった話が新聞で報じられることがあるが、一生を欲望と戦いながら生きている少年愛者のつらさも知って欲しいと思う。

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