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2005年7月29日 (金)

戦犯の汚名を着せられた兵士たちは?

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  「巣鴨」にスガモ・プリズンなんていうものがあって、戦争を指導した東條さんのようなA級戦犯と共に、名もない普通の兵士たちが戦犯の汚名を着せられて服役されていたことを知っている若者は少ないだろう。

  親父の出版の仕事として、永遠に残るであろうものは、原爆歌集の「広島」と、戦犯歌集の「巣鴨」と、基地闘争の歌集「内灘」の3部作だ。

  8月15日の終戦記念日が近いので、小泉総理の靖国参拝の話題と、A級戦犯のことは話題にとりあげられるが、米兵の捕虜を殺害してしまったり、虐待して罪に問われて、死刑になったり、長い獄舎生活を余儀なくされた日本兵のことは話題にもならない。

  戦犯歌集「巣鴨」は、第二書房から昭和28年9月に刊行されている。ぼくが駒澤大学を卒業した頃のことだ。

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  後期に巣鴨短歌会を代表する大槻隆さんはこう記している。

「昭和20年8月、終戦以来、私たちは内外各地に於いて逮捕の上、人道の敵として連合国に裁かれ、或いは絞首台に散り、或いは長い獄舎生活を余儀なくされた。戦争中の行為をもって、その理由の如何を問わず犯罪とされ、重刑を科せられた苦悩は、時と共にいよいよ深刻さを加えるばかりであった。

  そのような生活の中にあって、短歌が生まれ育ったということは、深い意味を持っていると思う。」と書いている。

  福岡県出身の海軍大佐。昭和25年巣鴨に於いて絞首刑。享年52歳。井上乙彦さん。

囚われの久しくなりて視力薄れ日にいくたびか眼鏡拭きつつ

三年余を離りて居ればわが妻はルージュおしたる手紙おくりし

  福岡県に生まれる。米軍飛行士を処刑した罪で終身刑。冬至賢太郎さん。

わが斬りし米兵の妻子想いおり背なひえびえと壁にもたれて

着がえつつシャツやわらかに匂えれば一日を妻に会いたくなりぬ

  終身刑の罪に問われた戦犯の兵士たち、今では80、90歳になっているだろうに、まだ獄中にいるのだろうか。誰もその人たちがどうなってしまったのか語る人もいない。この人たちの苦しみはなんだったのだろうか。

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