犬にえさをやれずに死なしてしまった悲しみって、今の人に分かるかな?
吉田絃二郎という作家の名前を知っている人はいないだろう。吉田さんは1886年4月21日生まれで、1959年4月21日に亡くなっている。
戦前から戦後にかけての流行作家で、新潮社から吉田絃二郎全集も出ているぐらいの作家、小説は少ないが紀行文を得意として、センチメンタルな文章で、女性のファンが多かったようだ。歌舞伎の脚本も書いていて、「二條城の清正」「江戸最後の日」などの作品もある。
ぼくの親父は絃二郎に心酔していて、若い頃は絃二郎ばりの文章を書いていたようだ。親父は戦前、第一書房に勤務していて、新潮社だけしか本を出版しない吉田邸に日参して第一書房でも吉田さんの著書を出せるようにした。
戦後、親父が独立して第二書房を設立したが、処女出版は吉田さんの本で「夜や秋や日記」。これは妻想いの吉田さんの看病日記だ。
ぼくも子供の頃、親父に連れられて吉田邸を訪ねたことがあったが、千何百坪もある豪邸で木々が生い茂って、「小鳥がくる日」というエッセイ集に書かれているとおりのたたずまいだった。
親父の荷物を片付けていたら、吉田さんの手紙がたくさんでてきた。吉田さんは大きな犬を何頭か飼っていて、よく犬を連れて散歩をしていたようだ。
終戦直後の食糧難の時代の手紙で、「わが犬食とぼしくて死にければ」とある。人間が食べるものもない時代で、犬にはとっても餌を與えられなかったのだろう。
食なくて日に日にやせてゆきつつもわれを追いては尾をふりにけり
ひもじさを訴うこえも宵ごとに細りてゆきしあわれわが犬
ゆるせわれもひもじさに耐えてあり骨のみとなりて死にわが犬
多摩の川原秋は来にけり口笛を吹けどわが犬来ぬぞ悲しき
出たくもない宴会にも出て、残ったパンを犬のためにくすねてきたという歌もある。ぼくも食糧難の戦後の時代を生き抜いてきた人間だから、犬にえさを与えられずに死なしてしまった悲しみは、切ないぐらいに伝わってくる。 期限切れだからといって、残った弁当をぽんぽん捨ててしまうなんて、考えられない時代になってしまったものだ。
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コメント
「下北沢X物語」のブログを書いているレィルセブンです。「帝都線の屋根も椅子もない電車に乗った」というこの前文学さんから聞いた話はとても興味深いものでした。
文学さん所蔵の古い手紙は貴重です。田中冬二が生前から全集発刊を考えていたということは知られない事実です。若山牧水の奥さんの手紙も今度ぜひ見てみたいと思います。よろしくお願いします。
投稿: レィルセブン | 2005年7月28日 (木) 07時39分