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2005年8月

2005年8月31日 (水)

『兵隊画集』は、何を語りかけている。

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『兵隊画集』より

主婦と生活社の子会社で、番町書房という出版社がある。昭和47年の625日発行で、『兵隊画集=戒衣は破れたり』という画集が出版されている。その序文には、ぼくの出身校、世田谷学園の大先輩である直木賞作家伊藤桂一さんが序文を書いている。「清新でユニークな兵隊画集」と題して。

「この一巻は、富田氏の画集-ではあるけれども、同時に富田氏の文学でもある。画に書き添えられた剴切の文章もだが、画-そのものからにじんでくる人間的渋味が、それを見る人の胸に浸透してて、文学的に結晶する。戦後30年の一年をこめた所業からくる成果-といえるものではないだろうか」

この本が出版された時期と、福岡から送られてきた小説の原稿の時期が一致する。画集の中に描かれている部隊も福岡の部隊だ。それに描かれている兵隊たちは、裸の絵が多すぎる。筋肉質というよりも、ぽちゃぽちゃとした小太りの男たち。これは作者の好みの男たちなのだろう。

もちろん、M検の光景もリアルに描かれている。絵の中に自筆の文章もそえられていて編集部に送られてきた原稿の文字と、個性的な文字なので、明らかに似かよっている。

確かに第二書房の事務所に笹岡さんの原稿も保管してあったが、今回の引っ越し騒ぎで探し出すことができず、今現在は確認できない。

笹岡作治さんは、独身を通していたのか、所帯持ちだったかは分からないが、恐らく昔の人だから結婚されていたに違いない。だからこそ住所、氏名を書かずに投稿されていたのだろう。

ゲイの世界って、本当に狭い。35年『薔薇族』を出し続けてきて、痛感させられたことが何回もあった。北海道・札幌の居酒屋の主人が殺された事件、これも誌上で呼びかけたことで、読者の通報から犯人を探し出してしまった。あと何回か空巣犯などの逮捕に協力したこともある。ゲイである以上、どこかで誰かとつながりがあるからだ。

去年のことだった。編集室に訪ねてきた読者から、笹岡作治さんと付き合っていたという話を聞いて、びっくりしたことがあった。

「兵隊画集」の作者は、男同士の兵隊たちの赤裸々な姿を描きたかったに違いない。いや、描いていたのかも知れないが、発表できなかったのだろう。

素っ裸の兵隊たちの表情を見ていると、男ばかりの世界の中にあって、何か言い知れぬY哀愁のようなものを感じられてならない。

この画集を『薔薇族』で紹介したら、急に売れ出して、本屋さんがびっくりしたそうだ。(「兵隊画集」は恐らく絶版で、古書で求めるしかないと思われます。)

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2005年8月30日 (火)

ああ、M検物語。

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『薔薇族』の創刊号が出たのが、昭和46年。太平洋戦争の終戦が、昭和20年。終戦から26年しか経っていないので、読者の中には太平洋戦争に従軍して、復員してきた兵隊が沢山いたに違いない。 

  その人たちは50代、60代になっていただろうが、戦争中の軍隊時代の体験記や、小説を書いて送ってくる人が多かった。これはここ最近、10年ぐらい前から登場してきたゲイ雑誌には、これらの体験記が載るわけがないから、これは貴重な資料と言ってもいいだろう。 

  創刊号が出て、2年ぐらい経った頃だろうか。九州の福岡の消印が押された、ぶ厚い封筒が編集部に送られてきた。粗末な紙に小さな文字でびっしりと書かれた原稿で住所も氏名も書かれていない。 

  笹岡作治というペンネームはぼくが勝手につけた名前で、少し泥臭い名前の方がいいのではと考えたものだ。 

  タイトルは「ああ、M検物語」とある。戦後生まれの人には“M検”ってなんのことと思うに違いない。 

  Mというのは仏教用語で梵語の「魔羅(マラ)」からとったもので、僧侶の隠語で、男の陰茎(オチンチン)のことだ。だからオチンチンの検査ということだろう。 

  ぼくは終戦1年前の昭和19年に世田谷中学(現在の世田谷学園)に入学したが、2年生以上は軍需工場で働かされていて、学内には1年生しかいなかった。 

  ガラガラの教室は、地方から徴兵されてきた兵隊たちが泊まっていた。ある日のこと、廊下からガラス戸越しに教室の中をのぞいたら、素っ裸の男たちが、オチンチンの検査をされているところだった。この異様な光景はショックそのもので、今でもはっきりと脳裏に残っている。 

  笹岡作治さんは、海兵団に入隊していて、そこでの体験を書いてきたのだ。検査は軍医や、衛生兵がやるのだが、ゲイの軍医がいたとしたら、こんな楽しい仕事はなかったに違いない。性病の検査をするのだから、陰茎をしごき、亀頭を強くめくるのだからやられる方はたまったものではない。 

  「アレ、この野郎、気分を出しているぞ。若者の意識から断絶したところで、みるみるふくらみ、たちあがる肉茎。それは彼のあわてふためきをよそに検査官を愉しませる。」 

  個人のプライバシーを尊重する今の世の中では考えられないことだが、戦時中は日常茶飯事で行われた儀式だ。入隊したばかりの兵隊たちが強制的に娑婆(しゃば)と断絶させ、肉体の孤独を知らされる関所のようなものだった。 

  笹岡さんの制作欲は、No.12号にこの体験記が載ったことによって、火が付いたのか、次々と力作が送られてくるようになった。

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2005年8月22日 (月)

こんなやさしい、女主人がいる本屋さんがみんななくなってしまった。

「『薔薇族』を愛読して、もう3年になります。地方に住んでいる者にとって、貴誌がどれほど慰めになり、幸せのかけ橋になっているか今更申しあげるまでもありません。

1月号に誰かが書いていましたが、心ない店員のひとこと(女店員にいやらしいと言われた)のために、自由に買えないなんて、絶対に不幸なことです。私がいつも買っている店は富山の高岡駅のバスターミナルの端にある小さな書店ですが、その店の中年の女主人は実に親切です。無駄な愛想もありませんが、私が客のいないのを見はからって、手渡す本を他の客がくると、実に素早く表紙を裏返しあざやかな手つきで包んでくれます。

私の心を知ってか知らずか、静かな声で、“ありがとうございます”と必ず言います。“当たり前のこと”と言ってしまえばそれまでですが、地方にいて、まだまだ辛い立場で過ごす者にとっては、そんなさ細なことでもうれしいのです。

あるときなんか、いつものところに見当たらないので、二度、三度と探し、どうしてもみつからないので、思いきって、“薔薇族ありますか”と、聞いてみました。

早速、レジから立ってあたりを探し、他の雑誌の下になっていた薔薇族を手に“ごめんなさい、下になっていたのよ”と、実に申し訳なさそうに、いつものように包んでくれました。

人それぞれとはいえ、嫌な顔をして笑う店員もいれば、私のようにいつも気持ちよく手にするものもいるのです。私には女主人が女神にも見えるのです」

30年以上も前の話ですが、今も地方にいけば、読者の気持ちにさほどの変化はないでしょう。こうした小さな書店に支えられて『薔薇族』は売れていたのに、小さなお店はみんなつぶれてしまった。日本のどこかにこんな本屋さんは残っているのだろうか。

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2005年8月20日 (土)

金玉の七不思議

  32年も前の『薔薇族』に面白い話が載っている。秋田県に住む「日本海」さんが、文通欄で呼びかけた。「金玉の七不思議の歌詞をご存知の方はお知らせください」と。

  早速、7、8通の手紙が寄せられたが、開封して落胆、みんなうろ覚えで、逆にわかったら教えてほしいという人ばかり。諦めかけていたら、突然、一通の手紙。期待していた歌詞が書かれていたのです。その人は交通公社に勤めている人で、長距離の車中で、お客さんが疲れた頃にサービスとして歌っているとか。バスの添乗員の方かも。

金玉の七不思議

ゴムでもないのに伸びちぢみ
牛でもないのにミルク出し
竹でもないのにフシがある
酒でもないのにカスためて
竿は竿でも物干さず
偉くもないのにひげはやし
日かげにあれど色黒し
これぞ、金玉の七不思議

  誰が考えたのか知らないが、うまいことをいうものだ。
「どなたか、曲をご存知の方、楽譜にてお知らせください。楽譜の書ける方の目にとまることを切望します。」と呼びかけているが。

ネットなんてものがない時代。どんなことでも雑誌を通じて呼びかけると、必ず専門家が読んで教えてくれたものだ。

&  毛じらみが流行したときも、薬剤師の読者が駆除法をすぐさま教えてくれた。ぼくも顔面神経痛になったとき、読者がマッサージ法を教えてくれて、大変助かったこともありました。

&  さて、「金玉の七不思議」女性のみなさんにはピンとこないかも。どなたか女性のアソコの七不思議を考えてみたら?

  息子の嫁さんをはじめ、みんな夏休みで、一週間も新潟に行ってしまい、ぼくだけひとり寂しく東京でお留守番。やっと帰ってきましたので、ブログ再開です。

  河出書房新社の「河出文庫」から『薔薇族の人びと』と題して刊行予定なので、この暑さの中を執筆中です。古い『薔薇族』を読んでいろんなことが思い出されてきます。
 
  ブログのネタは数知れず。頑張って書きまくります。嫁さん、頼むぜ。

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