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2005年8月30日 (火)

ああ、M検物語。

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『薔薇族』の創刊号が出たのが、昭和46年。太平洋戦争の終戦が、昭和20年。終戦から26年しか経っていないので、読者の中には太平洋戦争に従軍して、復員してきた兵隊が沢山いたに違いない。 

  その人たちは50代、60代になっていただろうが、戦争中の軍隊時代の体験記や、小説を書いて送ってくる人が多かった。これはここ最近、10年ぐらい前から登場してきたゲイ雑誌には、これらの体験記が載るわけがないから、これは貴重な資料と言ってもいいだろう。 

  創刊号が出て、2年ぐらい経った頃だろうか。九州の福岡の消印が押された、ぶ厚い封筒が編集部に送られてきた。粗末な紙に小さな文字でびっしりと書かれた原稿で住所も氏名も書かれていない。 

  笹岡作治というペンネームはぼくが勝手につけた名前で、少し泥臭い名前の方がいいのではと考えたものだ。 

  タイトルは「ああ、M検物語」とある。戦後生まれの人には“M検”ってなんのことと思うに違いない。 

  Mというのは仏教用語で梵語の「魔羅(マラ)」からとったもので、僧侶の隠語で、男の陰茎(オチンチン)のことだ。だからオチンチンの検査ということだろう。 

  ぼくは終戦1年前の昭和19年に世田谷中学(現在の世田谷学園)に入学したが、2年生以上は軍需工場で働かされていて、学内には1年生しかいなかった。 

  ガラガラの教室は、地方から徴兵されてきた兵隊たちが泊まっていた。ある日のこと、廊下からガラス戸越しに教室の中をのぞいたら、素っ裸の男たちが、オチンチンの検査をされているところだった。この異様な光景はショックそのもので、今でもはっきりと脳裏に残っている。 

  笹岡作治さんは、海兵団に入隊していて、そこでの体験を書いてきたのだ。検査は軍医や、衛生兵がやるのだが、ゲイの軍医がいたとしたら、こんな楽しい仕事はなかったに違いない。性病の検査をするのだから、陰茎をしごき、亀頭を強くめくるのだからやられる方はたまったものではない。 

  「アレ、この野郎、気分を出しているぞ。若者の意識から断絶したところで、みるみるふくらみ、たちあがる肉茎。それは彼のあわてふためきをよそに検査官を愉しませる。」 

  個人のプライバシーを尊重する今の世の中では考えられないことだが、戦時中は日常茶飯事で行われた儀式だ。入隊したばかりの兵隊たちが強制的に娑婆(しゃば)と断絶させ、肉体の孤独を知らされる関所のようなものだった。 

  笹岡さんの制作欲は、No.12号にこの体験記が載ったことによって、火が付いたのか、次々と力作が送られてくるようになった。

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コメント

終戦後海軍の基地に勤務しまた。直庸の男女従業員の身体検をしていました。そのころ主に淋病が多く、軟性下疳を含む性病が多く蔓延し、それが日本人従業員からの感染原と判明したケースが出始めてきたので、日本人男女従業員も性病の検査を受けるようになりました。
 これは日本人だけでなく男女兵士とその家族(17歳以上)は既にこの検査は受けておりました。そこまでは担当していましたが、1950頃に日本人だけは中止になりました。

投稿:  加藤隆吉. | 2012年5月19日 (土) 15時46分

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