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2005年9月19日 (月)

ルネさん、死なないでよかったね。

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  弥生美術館で催された「内藤ルネ・初公開コレクション展」は9月27日(日)までで終わってしまうが、連日、お客さんが押しかけて、大賑わいだった。

  8月27日の夕方から美術館の中の喫茶店「港や」で内藤ルネさんを囲んでのトークショーがあるというので、ぼくも参加した。

  30人ほどのお客さんで超満席、男性は3人ほどで、後は若い女性から年配の女性ばかり。

  この日は一緒に修善寺に住んでいる藤田竜君が欠席で、ルネさんひとりなものだから、藤田君がルネさんに相談なしに、数億のお金をサギ師にだましとられたときの話からはじまった。

  小学館発行の『内藤ルネ自伝・すべてを失くして』の中で、このいきさつを公表しているが、ルネさんに言わせると、藤田君のことを“いじわるオネエ”だと言い、40年も一緒に住んでいるのは“くされ縁”だともいう。そうは言っても二人の才能を結集して、いい仕事をのこしてきたということだろう。

  ルネさんは藤田君に、財産をすべて失くしてしまったことについては、ひと言もうらみ言を言わなかったそうだ。それだけにかえって藤田君はつらかったのでは。

  お金だけでなく、二人で住んでいた千駄ヶ谷の豪華なマンションまでも失くしてしまったのだから、ルネさんにとってはショックだったに違いない。

  ルネさんは3度までも自殺を試みたそうだ。だが最初の2回は失敗。3度目に死のうと思いたったときに、友人から電話があって、知人の砂山健さんが自殺したとういう知らせ。それを聞いて、かえって自殺を思いとどまったという。

  砂山健さんは、大変なお母さん思いで、いつも山形に住むお母さんを訪ねていた。『薔薇族』にも原稿を連載してくれていたが、藤田君が何が理由かは忘れてしまったが、気にいらないことがあったのか、やめさせてしまった。その直後の自殺なので、傷ついたのかと今でもぼくは悔やんでいる。

  山形に行く途中に、女房の古里の弥彦村の「ロマンの泉美術館」にも立ち寄ってくれたこともあった。

  ルネさん、その時、死ななかったから、またルネさんのブームが到来して脚光を浴びている。こんなに多くのファンがルネさんを慕って集まってくれているのだから‐。

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コメント

こんばんわ はじめまして、先日父がルネさんの展示会に行ったことから その話になりルネさんの作品をネットで拝見しました。父はルネさんの従兄で何度か個展に行っていて、私も幼い頃お会いしたこともあったのですが覚えておらず、興味もなかったのでどんな作品なのかも知りませんでした。作品を見て私も知っているイラストもあり幼い頃、彼のぬり絵やシールがあった事を思い出しました。またルネさんの写真を見て父にどこかにていて不思議な気持ちになりました。 そんなことがありルネさん関連の記事を拝見していてこのブログを読み思わずコメントしてしまいました。 

投稿: 大森 | 2008年6月 4日 (水) 02時48分

内藤ルネさんという方がどのような方かというのはたった今編集長のこちらのblogで存じ上げたのですが、女性の私から見ても、とてもかわいい特徴的なイラストを描かれるのですね。しかし、未来には何が待っているのかなんて現在においてはわからないんですよね。死にたい、と思っても思いとどまらせる何かがあるから、未来に思わぬどんでん返しが待ってるのかもしれません。編集長とは半世紀もの歳の差の私が言うのはおかしいのかもしれませんが、内藤ルネさん、本当に死ななくてよかったと思います。

投稿: なでしこねこ | 2005年9月20日 (火) 01時16分

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