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2006年1月11日 (水)

2006年はゼロからの出発の年

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あけましておめでとう

  昨年の暮れに女房の兄が亡くなってしまったので、今年は年賀状を出さず仕舞いでした。この兄(4歳も年下ですが)はただの兄ではなかったから。

  1971年(昭和46年)『薔薇族』を創刊したときから、一昨年の9月に廃刊になるまで、ずっと製本をしてくれてきた越後堂製本の社長さんだった。『薔薇族』創刊よりもその何年も前から単行本の製本も一手に手がけてくれていた。

  舞踊家だった前妻が風呂場で酸欠死する数時間前まで、新宿のキャバレェに取次店の人を接待して、一緒にいたのが越後堂製本の社長さんだった。

  取次店の人がキャバレェを出てから、サウナに入りたいと言い出したので、3人でサウナに行って、小田急の最終電車でわが家に帰って来た。

  わが家のすぐそばに生活の匂いのしない所で舞踊を創作したいと、新築のアパートの2DKに移ったばかりだった。

  その頃のわが家は昭和7年に建った木造の家で、風呂場は紙くずがたくさん出るので、紙と薪で風呂を湧かしていた。隙間だらけで冬は北向きなこともあって、ものすごく寒い風呂場だったから、間違っても酸欠になることはなかった。

  越したばかりのアパートの風呂は、部屋の中でガスを燃やすようになっていて、小さな窓はついているが、1月の10日のことなので、閉めきったままになっていた。

  丁度、その頃、1年前から赤坂のクラブ スペース・カプセルの月曜日を女房の「伊藤ミカ・ビザール・バレエ・グループ」が受け持っていた。その他の曜日は寺山修司の「天井桟敷」、唐十郎の「状況劇場」、土方巽の舞踏、宇野亜喜良のショウと、当時の前衛的な芸術家が出演している話題のクラブだった。

  深夜、わが家に帰って来ると、新年早々のショウ、「雪女」の打ち合わせをお弟子さんとしていた。そのお弟子さんを家まで車で送り届けて、風呂に入ろうと思ったが、ぼくはサウナに入ってきたので、先に寝てしまった。

  前妻は舞踊一筋の人で、ぼくの靴下一足洗ってくれたことのない人で、いつも風呂はぼくが湧かして、どうぞお入りくださいと湯加減をみて入れていた。

  お湯の出る音は聞いていたが、すぐにねてしまった。しかし、心のどこかで気になっていたのか、恐らく1時間もしないうちに目覚めた。

  風呂場をのぞいた時には、すでに熱湯の中で座禅したまま死んでいた。今ならお湯の量も、湯の温度もボタン一つで決められるが36年前はそんな風呂はない。

  越後堂の社長さんとサウナに入ってこなければ死ぬことはなかった。その越後堂製本で経理の仕事をしていたのが今の女房だから不思議なめぐり合わせだ。

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昔住んでいたアパート

  兄は本当にぼくのことをよくしてくれた。製本代がかなりたまっていたのに、亡くなる寸前にパァにしてくれた。

  ガンにむしばまれた肝臓の移植手術をして息子の肝臓の一部をもらったが、集中治療室から4ヶ月以上も出ることができずに亡くなってしまった。

  東京女子医大病院の医師を兄は信じて、必ず元気で仕事に戻れると思っていたから、遺言も何一つ残さなかった。

  ぼくは手術の成功の可能性がかなり低いとわかっていて、手術にふみきってしまったのではないかと医師たちをうたがっている。

  亡くなる数日前に「裏切られた」とつぶやいたという。

  頼りになる人を次から次へと亡くして、それでもぼくは生きなければならない。入院中にぼくが撮った兄の笑っている写真、仏壇に飾られているいかにも製本屋の親父というような写真、ぼくのこれからの生き様を見つめているようでならない。

  ※多忙につきUPが遅れたことごめんなさい。今年も頑張ります。(by次男の嫁)

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コメント

伊藤ミカさんの記事を、子供の頃に、週刊誌で読み、まだ精通もしていなかったのに、異様に興奮したのを憶えています。その後、急逝を報じた雑誌の広告に驚いたものです。
奇しくも我が亡父の命日の記事に、伊藤ミカさんの名前を発見しました。隠れて売り物の週刊誌を盗み読みしていた自分と、それを知りながら咎めることのなかった亡父。
妙な縁を感じました。
今後も、このブログを味あわせていただきます。

投稿: | 2006年4月11日 (火) 22時49分

しばらく更新されなかったので、お具合でも悪いのかと心配しておりました。今年もブログ上での「文学のひとりごと」を楽しみにしています。

投稿: ひとりごとファン | 2006年1月13日 (金) 13時25分

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