ノンケ紳士、乳首を吸われて昇天!
渋谷の道玄坂を登りきって、右に曲がった路地の行き止まりの所に、旅館「千雅」があった。もう31年も前のことだ。男女の連れ込み旅館だったところを借り受けて、男同士の旅館に改装したのだ。
オーナーのKさんと、若いマネージャーが『薔薇族』の編集部に連れだってやってきた。お客が入らないので、なんとか誌上で宣伝してほしいということだった。
わが第二書房からエロ本作家で有名なSさんの本を何十冊も出していた。ところがSさんは直木賞をとるべく、エロ小説を書くのをいっさいやめてしまった。
文藝春秋の「オール読物」などに原稿を持ちこんでも、なかなか載せてもらえない。となると生活は困窮してしまっていたので、『薔薇族』の誌上に「小説月評」の欄をもうけてSさんに担当してもらっていた。そのSさんは女好きで有名な人だったが、「ノンケ紳士のゲイホテル潜入記」を書いてもらいたいとお願いしてしまった。Sさんは快く?ひき受けてくれた。
「わが50年の生涯、肥満体のでっぷり突き出した下腹を抱えて、それこそ平凡ならざる、かなり波乱に満ちた生涯を送ってきたつもりだったが、それでもあれほど異様にして、鮮烈なる経験をしたことはなかった。」
Sさん、ゲイホテルに潜入して、かなりショックを受けたようだった。Sさんは乳首を吸われることが快感で、それだけで昇天してしまうという。
「それじゃ、もし君がいやでなかったら、ぼくのおっぱいを吸ってくれないかい。できれば歯を強く立てて、ギリギリ噛むようにね」
「ああ、いいよ」
と、青年の口は仰向けになった。ぼくの胸に来た。そして唇に乳首を含んだ。
「こんな変なことをいう人、初めてだろう」
ぼくはテレてそう聞いた。
「ううん、そうでもないよ、肥満体の小父さんには、おっぱいが敏感な人が多いよ」
と言って歯でキリキリと噛み出した。痛みがツーンと脳天に抜けるが、同時にひどく気持ちよい。
「ああっ!」
と思わず声を上げてのけぞった。自分ではその気持ちでなくても、つい声が出てしまう。これまで、女を愛して與える方の愛にはなれていても、先方から愛されるという、受身の愛をまるで知らなかったぼくにはこの愛は鮮烈だった。
10頁にも及ぶ潜入記は、大当たりで、「千雅」は大盛況になった。作歌のSさん、それからもひんぱんに「千雅」を訪れているようだった。気前のいいオーナーに食事をご馳走になりに行くのか、男と遊ぶよろこびを開眼してしまったのかは、知るよしもない。
その後、Sさん、念願の直木賞作家になったが、数年後、あっけなく亡くなってしまった。
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