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2006年6月 1日 (木)

大作家と地方出の青年が出逢って

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イの作家、福島次郎さんが2月22日、すいぞうがんで76歳で亡くなった。本当に短い半年ぐらいのぼくとのお付き合いだったが、亡くなってから福島さんのことが気になり始めた。

  文藝春秋から刊行され、三島さんの遺族の訴えによって発売停止になってしまった『三島由紀夫-剣と寒紅』を手に入れて読んでみて、興味を持ったことがあった。

  福島さんが三島さんの『仮面の告白』を熊本の書店で何気なく手にとり、その内容が私を根本的に悩ませている事柄と同じだとわかり、買って帰って、夢中で読み通したのが二十歳の夏であった。

  福島さんが東京の東洋大学の国文科に入学したのが、昭和22年ということだ。ぼくが駒沢大学の国文科に入学したのが、その一年後の昭和23年。敗戦後でひどい時代だった。

  その後、福島さんは三島さんの『禁色』を読み、その小説に登場してくる「ルドン」というゲイバアに行ってみたくなった。

「先生の『禁色』という小説にも出てくるルドンという店は、どこにあるのでしょうか。教えて頂きたくて参りました。ひとこと教えて貰えれば、すぐに帰りますのでお願いします。」というような手紙を持って、三島邸を訪れたのだ。

「十分ほどして襖(ふすま)があき、「やあ、待たせてごめん」という声と共にあらわれた三島さんは、髭(ひげ)そりあとも青々しく活きのいい顔で、その痩身には、細かい絣模様のある白地の着物に黒い兵児帯を、あたかも明治か大正の芝居に出てくる良家の令息という感じにきりりと締めていた。」

  どこの誰だか分からない、地方からぽっと出てきた青年、大作家である三島さんが、会ってくれただけでも信じられないことだ。

「『禁色』に出てくるルドンは、実際にあった「ブランズウィック」という店をモデルにしており、銀座五丁目裏-歌舞伎座の反対側の街並の、ある角から折れて、その数軒先の左側にあった。」

  なんと初対面の青年を連れて、「ブランズウィック」に連れて行く。その上、「三島さんと私がホテルへ行ったのは、逢ってすぐではなく、銀座や内藤家での出逢いを五、六回くりかえしたあとであった。」

  三島さんは福島さんを連れて、ホテルへ行きたいのを我慢していて、やっと誘ったという感じだったと福島さんは書いている。初めて逢ってその足でホテルへ行っても不思議ではない。ゲイの人って好みが合うと、すぐに親しくなってしまうという習性を持っているから、三島さんの行動は別に珍しいことではない。ゲイ独特の感性というべきだろうか。

ホテルでの三島さんと福島さんとの最初のセックスの状況も克明に書かれている。今までゲイの小説をぼくは数多く読んできたが、三島由紀夫さんという偉大な作家が登場してくる小説だけで、こんなに面白い読物はなかった。三島さんがどこにでもいる、ゲイのひとりとして描かれているところが一番興味深かったのだ。

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コメント

 福島次郎さんお亡くなりになったのですね。残念です。あの「剣と寒紅」は今も大切にとってあります。
 また文芸春秋社まで、彼の載っている作品を貰いに行ったこともあります。
 私は彼の勇気をたたえる者の一人です。似非文化人気取りの人々が「三島」というブランドを崇拝するあまり、彼を軽視する発言をするのは全くの所噴飯物でした。
 「剣と寒紅」は三島研究に鋭い楔を打ち込みました。
福島さんにはもっと長生きして、もっと多くの場で活躍して頂きたかったと思います。

投稿: 響子 | 2006年6月11日 (日) 23時57分

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