下町育ちのナゾのオジサン、間宮浩さん
最近のワイド・ショーで「ゴミ屋敷」が話題になる。間宮浩さんのマンションの部屋もゴミ屋敷そのものだった。 ナマゴミがないから、臭気プンプンということはなかったが、ありとあらゆるものが積み重ねられて、人ひとり座るのがやっとの有様だった。 その間宮さんの年齢、仕事は何をしているのかもまったく知らない。間宮浩というのはペンネームだから、本名もついに知らず仕舞いだった。 仕事は親父さんの代からの町工場で、カーテンのとめ金みたいなものを何人かの人を使って作っているらしかった。今時、一点が銭単位の珍しい商品だということだ。ご本人が工場で汗水流して働いているとしたら、手を見ただけで分かるが、とても工場で働いている人とは思えなかった。 誰もが間宮さんのことを「ナゾのオジサン」と呼んでいた。もちろん、ひとり者だが、年齢も髪の毛もふさふさしていたから、十歳は若く見えた。 間宮さんは、ご自分のことを作家だと思っている。『風俗奇譚』の時代からゲイ小説を書きはじめ、『薔薇族』になってからも、短編小説を何本も書いてくれている。 長編では「新宿の美少年たち」の連載をはじめて、ついに完成させた。後に他社から一冊の本になったが、倒産してしまったから、古本で探すしか読むことはできない。 昭和7年に建てられた木造2階屋にぼくはずっと住んでいたが、昭和40年頃、やっと鉄筋3階建の建物を新築することができた。 その頃、誰もが知っている超有名人の読者が訪ねてきた。新築祝いを持ってきてくれたが、なんと10万円も入っていたので、みんなびっくり。サングラスをかけていて、近所の喫茶店でおしゃべりしたが、お客が入ってくると、ぱたっと話をやめてしまう。たくさん人を使っている会社の社長さんだが、顔を知られているから2丁目に遊びに行くこともできない。それに奥さんや、子供さんもおられるから、自由に行動することは許されない。 社内にハンサムな外国人がいて、想いをよせているけれど、手を出すことはできない。軽井沢の別荘に連れては行くけれど、どうにもならない。そんな苦しみをぼくにしゃべりたかったのだろう。 彼の訪問の目的は他にあった。それを察したので、間宮さんを紹介した。恐らく間宮さんは、いい男をすぐさま紹介したに違いない。 あのゴミ屋敷に、美しくて、かわいらしい、女性のための商品を作り出している社長さんが、運転手を何時間も待たせておいて、男の話をしていたのだろうから、ゲイの世界って面白い。 こんな話は河出書房新社刊の「『薔薇族』の人びと」の中に書いてある。
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