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2007年10月23日 (火)

ぼくは一度だけ仲人をしたことが…

 

『薔薇族』の編集長を30数年も勤めているぼくに仲人を頼みにくる人は、まずいない。24歳のときに結婚して50年。75歳になる今までに、ただの一度だけ仲人の役を引き受けたことがある。20数年も前のことだっただろうか。『薔薇族』を創刊して、78年が過ぎたころ、広告を入れずに続けていたが、各地にサウナや旅館、バアなどが新規に開業するようになってきて、ぜひ、広告を入れてほしいという要請が増えてきていた。

  その時代、紙代、印刷代などが値上がりしてきていたので、定価をあげないためには広告を入れるしかなく、思いきって広告を入れることにした。

  その頃だったと思うが、渋谷の道玄坂を登りきり、交番を過ぎ、ふとん屋が入っているビルを右に曲がったところだったか。路地の奥に、男女の連れ込み旅館だったところを借り受けて、ホモ旅館「千雅」を開業した、Kさんという人がいた。

  山梨県の甲府で広域暴力団の支部長?をやっていた人で、キャバレーのドア・ボーイからのしあがった人だ。

  Kさんと若いマネージャーが編集部を訪ねてきた。お客が入らないのでなんとか、雑誌に記事を載せてほしいという。

  後に直木賞をとって、脚光を浴びた胡桃沢耕史さん。その頃は清水正二郎の名前でエロ作家として有名だったが、直木賞をとるべく、一切のエロ小説を書かなくなっていたので、苦しい生活を送っていた。

  そんな清水さんに『薔薇族』に載った小説の月評をお願いして書いてもらって、僅かばかりの稿料をさしあげていた。

  その清水さんに、ホモ旅館に潜入してもらってルポを書いてもらうことにした。題して「ノンケ紳士ホモ旅館潜入記」。

  なんとこの記事で、「千雅」にお客が殺到してしまったのだ。その時代の『薔薇族』の力は偉大だった。

それから「千雅」のKさんと親しくなって、新宿に「伊藤文学の談話室・祭」をオープンさせたときに、Kさんにいろいろとアドバイスしてもらったものだ。

  Kさん、甲府でヤクザ稼業をやっていたときに売春で逮捕されて、静岡の刑務所に数年入っていた。そこで知り合った男の娘さんと、Kさんの息子さんが結婚することになった。

  嫁さんのお父さんは富士の裾野で造園業を営んでいる方だ。地元の駐在所のおまわりさんが新しく赴任されてきて、まじめに交通違反などをきびしくしたようだ。

  見て見ぬふりをするのが地元の駐在さんだが、たちまち地元の人たちの反感を買ってしまった。自殺の名所の富士の原生林に死体があると、新任のおまわりさんを樹海に縄でむすびつけて置き去りにしてしまった。

  さあ大変、おまわりさんが行方不明ということで、村の消防団員や、青年団員が探し回り、息たえだえになっていた、おまわりさんを救い出した。その首謀者ということで、娘さんの父親がつかまり、刑務所に入れられたという。その刑務所には、三島由紀夫さんの首をはねた、楯の会の青年も入っていたそうだ。

  一度だけ富士の裾野の造園業の家を訪ねたことがあった。創価学会のお寺や、美術館も近くにあった。

  どこのホテルだったか忘れてしまったが、盛大な結婚式だった。

  男の子が生まれて、やれやれと思っていたが、数年もしないうちに別れてしまった。嫁さんが子供をさわらせてくれないと、Kさんはぼやいていた。

  富士の裾野に帰った嫁さんは、まもなく村の青年と一緒になったようで、ランドセルを背負った男の子の写真を送ってくれた。

  愛する男同士が法に守られて結婚できるようになる。そんな人たちの仲人になる日が早くきてほしいものだ。

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