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2007年11月29日 (木)

古いゲイ雑誌『同好』を読んで思うこと

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『薔薇族』が創刊されたのは、1971年(昭和46年)のことだ。その10年以上も前に、会員制でゲイ雑誌を出していた人がいた。

  東京では『アドニス』。大阪では『同好』という誌名で。『同好』は毛利晴一さんというカリスマ的存在の方で、会員に面倒見のいい親分的感じの人だったようだ。

  ご自分でも書いておられるが、「私は過去に政治結社を作ったこともあります。そして右翼運動をやりました。特に挺身行動隊の副隊長までやったことがあります。

  戦時中にみんなが恐れていた、憲兵とわたり合ったこともあり、私の身辺に警察の特高が付きまとったこともありました。私は何時も平気でした。しかも、この私のやっていた運動は、一片の私利私欲もなかった。それにもかかわらず、あれだけの熱意を持って良くやったものだと、思い出してわれながら感心しています。」

  こういう太っ腹の人だから、一時は千人を越す会員がいて、毛利さんの事務所を訪れ、信頼されていたようだ。

『アドニス』も最後は警察の手入れを受けて、廃刊に追い込まれてしまったようだが、その原因はよく分からない。恐らくは誰かが密告したに違いない。

『同好』の3031の合併号、巻頭に毛利さんは「受難の16日間」と題して、留置場暮らしのいきさつを書いている。この雑誌には奥付がないので、発行年月日は分からない。

213日、早朝7時頃、寝室のドアをコンコンとノックする音がしたので、「どなたですか?」と、ベッドからとび起きた。とたんにひとりの男が、すっと入ってきて警察手帳を突き出した。

  カギを取って事務所に入ろうとしたら、廊下の外には、10人ほどの私服の警察官がきていた。

  私室も部屋も隅々のものまで、すべて押収して、ジープ一台分の書類とともに、私にも同行を求められました。

  それから16日間、冷えこんだ板張りの留置場の中で、薄い5枚の毛布をもらって、殺人犯や、暴力犯や、放火犯や、窃盗犯人と一緒に過ごした。

  その翌日から取り調べを受けたが、どうも警察のにらんでいた点と、私の方針と大分開きがあることが分かってきたようだ。

  少年をどういう方法で探してくるのかとか、モデルはどこで探してきて、どのくらいの金を払ったのかということを聞かれた。

  警察はあやしげな会だと思って手入れをしたものの案外そうでもない。割合まじめな会で警察は拍子抜けしたようだ。

  結論は今まで発行した会誌の内容にワイセツな部分があったということと、写真を会員に売ったという二点にしぼられた。」

  なぜ、警察が手入れをしたのかの原因を毛利さんはこう記している。

「会員の家族の不和が、奥さんからの投書となって、警察本部へどんどん送られたことと、会員が写真を持っていて、他の関係で警官に見られ、それを当会で購入したと言ったりしたことが導火線であり、それに警察も他にあるような、美少年と紳士の会のように、少年をアルバイトで雇って売物にしているような会と同じように判断されて、今回の一斉手入れになったものと思う。」と。

  この事件、恐らく起訴されなかったのでは。されたとしても略式裁判で罰金ですんだだろう。

  会も軌道に乗って収支がやっと、とんとんになってきた矢先だったようで、会員の多くが参考人に呼ばれたりしたものだから、恐れをなして会員が減ってしまったようだ。

  毛利さんが一番心配したことは、会員が留置中に呼び出されて、迷惑がかかったのではということだ。会員の方々の秘密は絶対に守ってくれるようにと、警察には強く要望していたようだ。

「留置場の中には殺人犯人も、窃盗犯人も、暴力犯の人間も、放火男もいました。それらの人たちとも親しく話し合いました。

  それらの人々も、やはり心のどこかに人間としての暖か味で、私は長かった16日間を健康も害せずに過ごしてこられたのだろうと、今は感謝している。

  私は釈放された翌日に、差入品を持って、その人たちと会ってきました。」

  文章の中からも、毛利さんの暖かい人間味が感じられるからこそ、あの時代に千人を越す会員を集められたのだろう。

「今回の事件について」と題して、多くの会員の投書が寄せられている。

「同好者よ立て! そしてスクラムを組んで胸を張って歩こう。ヘッドに載く毛利先生の今回の堂々たる態度を見よ。信念を聞け、今にして思えば先生を失うなら、われわれの前に幸福は訪れないであろう。」

「ぼくは言うてやった。警察がどんな目で見ようと、ぼくは毛利先生は立派な人だと尊敬している。現在までに私は自殺しようかとさえ思ったことがある。しかし、本会に入会してから気分も落着き、仕事にも励みがでてきました。」

  みんなが自分のことを異常だ、変態だと思いこんでいた時代、毛利さんという教祖的な存在が、多くのゲイの人たちの心をつかんでいたのだろう。

『同好』がどのくらい続いて、最後はどうなってしまったか不明だが、このような先達がいて、その後の『薔薇族』につながっていった。

  アメリカでも同じような時代に、ゲイバアが何度も警察の手入れを受けたことに反発して、石を投げ、団結して警察に対抗したが日本ではお上にはさからえないと、我慢を強いられてしまった。これは国民性の違いなのだろうか。

  今の世の中、ひどいことになっているけれど、みんな辛抱強く耐えている。これはいつまで続くのだろうか。我慢していて、いいものなのか。

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