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2008年3月

2008年3月29日 (土)

ルネさんがこの世にいないなんて!

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ルネさんって、本当に幸せな人だ。肉体は亡びてしまっても、残された多くの作品は、だれもが「かわいい」と叫ばせ、若い人から年配の人までを感動させている。

  京都の美術館での「内藤ルネ展」は、驚くほどの観客を集めて、大成功だったそうだ。

  426日(土)~61日(日)まで。今度は名古屋の近くの「刈谷市美術館」に場所を移して開催される。

  東京からもわざわざ京都に行ってまで、見てきたという方からも手紙を頂いた。89日(土)~928日(日)までは、出雲市立平田本陣記念館でも開催される。

  ルネさん、元気だったら会場を若い女性に囲まれて、とび回っている姿が目に浮かぶようだ。ルネさんがこの世にいないなんてことがいまだにぼくは信じられない。電話をかければ「あら、伊藤さん、元気?」と声がかえってくるような気がする。自分のことよりも、ぼくのからだのことをいつも気にかけていてくれたルネさん。

  ルネさんはこんなことを書いていた。

「人生ってとんでもないことが突然起こるんですね。1990年代初頭、バブルの時にまったく思ってもみなかった事件が、私の上に降りかかってきて、当時の金額にして7億円以上を数人の男につぎつぎに持っていかれ、すっかり疲れきって、自殺も3回考えました。

  もう生きてゆくことに絶望していた、その上に、私の大切な関係会社もバブルに巻きこまれ、私の仕事もすっかり無くなってしまいました。少女絵や、マスコット、生活用品デザインの仕事です。

  もともと生活するため、食べるために始まった私の絵の生活が、人生で初めてストップして、何も、どこからも仕事が来なくなってしまったとき、『薔薇族』の表紙の仕事を伊藤文学氏から依頼され、それは驚きました。それもセクシーこの上ない男たちの絵!ありがたく嬉しかったですよ。

  そして、わが人生初めてのセクシーボーイズを描くことのなんという楽しさをこのとき知りました。」

  こんなに喜んでくれて、『薔薇族』の表紙を描き続けてくれたルネさん。長く続ければマンネリにもなってくるのは仕方がないこと。スタッフの表紙絵の交替しろの声を聞いてしまったことは今もくやんでいる。

『薔薇族』復刊No.39508年の冬の号は「特集・内藤ルネ・降臨」。

  福岡県の水沢さんは、読後感を寄せてくれた。

「楽しく読ませて頂きました。『薔薇族』以外では知りえない、ルネのファンタジー・ワールドを堪能いたしました。文学さんとの対談では、「ええ?!こんなことまで?」と、ビックリするくらい、赤裸々で、無邪気でかわいらしい方なんだなと思いました。

  思いきって購入してみて、本当によかったです。『薔薇族』は読物として面白いので、女性でも楽しんで読むことができました。

  情報交換ではネットに負けてしまうのは、仕方ないですが、文化として、ゲイの人々の友として、雑誌という形に残ることは必要だと思います。これからも頑張って下さいね。」

  ぼくのブログのファンでもあるという水沢さん。ルネさんの分まで少しでも長く生きて、いい仕事を残していきたいものだ。

  ルネさんの特集号、好評で残部が残り少なくなっています。ぜひ、ご購読を!

★ご注文方法・〒155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206・伊藤文学宛に千円札を紙にくるんでお送り下さい。先着10名さまに刈谷市美術館での招待券を進呈します。

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送り頂くか、千円札を紙にくるんでお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

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2008年3月27日 (木)

山川純一君の劇画から想を得て人形を!

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  224日に東京・有明で開催された「ワンダーフェスティバル2008Winter

  その日は全国的に豪雪、強風という悪天候にもかかわらず、入場者数は過去最高の45158人をかぞえ、大盛況のうちに幕を閉じたそうだ。

  ぼくにも招待状が届けられていたが、行けなかった。どんな人が会場を訪れ、どんなものが並べられ売られるのか、まったく想像がつかないが、入場者の数を聞いただけでもその熱気が伝わってくるようだ。

  横浜に住むKさんという方が、山川純一君の劇画(昭和621月発行・バラコミ・創刊2号)に掲載された「くそみそテクニック」から想を得て、立体化して人形にし、その作品を展示販売したのだ。題して「やらないか」で白いベンチに座り、水色のつなぎを着た若者は筋肉隆々の胸をはだけ、足を広げ挑発的なポーズをとっている。

  なかなか魅力的に作られているから、山川純一ファンにとっては、自分の手許に置きたい願望にとらわれるのは当然のことだろう。かなりの数が売れたようだ。

  手作りなのだから、一体を作るのにどれだけの時間を要するのかは分からないが、山川純一君の作品を愛するからこそ作れたのだろう。

  一体を3千円で販売したようだが、労力から言ったらとっても採算がとれるわけがない。

「くそみそテクニック」の内容を紹介すると、

「う・・・・トイレ、トイレ。今、トイレを求めて全力疾走している僕は、予備校に通う、ごく一般的な男の子。強いて違うところをあげるとすれば、男に興味があるってとこかな。

  名前は道下正樹。

  ふと見ると、ベンチに一人の若い男が座っていた。

  ウホッ!いい男!

  そう思っていると、突然、その男は僕の見ている前で、ツナギのホックをはずしはじめたのだ!

  やらないか。

  そういえば、この公園はハッテン場のトイレがあることで有名なところだった。

  イイ男に弱い僕は誘われるままに、ホイホイとトイレについて行っちゃったのだ。」

  なるほど横浜のK君は、このくだりからイメージをふくらませて、人形を作ったに違いない。

  白いベンチに座っている青年。こんないい男に「やらないか!」って声をかけられたらクラクラしてしまうぐらい。立体的になるとまたイメージがふくらんでくる。

  この劇画のタイトルは「くそみそテクニック」。トイレの中でどんなことに二人がなったのかは、想像におまかせしよう。

  きっと誰もがこの人形を欲しくなるに違いない。まだ在庫があるのか、販売することができるのか、これから聞いてみようと思っている。

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2008年3月25日 (火)

「児童ポルノ持てば処罰」どうする少年愛者たち!

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「読売新聞」39日の朝刊によると、「自民、公明両党は、児童ポルノの画像などのはんらんに歯止めをかけるため、児童ポルノを販売目的でなく「単純所持」するだけでも禁じることとし、罰則の対象とする方向で、児童売春・児童ポルノ禁止法を改正する方針を固めた。改正案は議員立法で、今国会中にも提出する方針だ。

  インターネットなどを通じて、児童ポルノ事件の被害者が急増していることや、国際的に日本の対応が出遅れていることが背景にある。」と。

  それに児童ポルノの単純所持が禁止されていないのは、日本とロシアだけというが、出遅れているのではなく、禁止しないことが正しいからだとぼくは考える。

  なんでも法律を作って封じ込めてしまえばいいというものではない。そんなことをすれば地下にもぐりこみ、陰湿になっていって、かえって犯罪が増えてしまうだろう。

  少年愛の人、好き好んで少年を愛するようになった人は、この世にはいないのだ。自然に少年を愛するようになってしまった。そう、持って生まれたものなのだ。

  同性愛の人も、この世に何百万人もいる。この人たちも趣味で男を好きになったわけではない。みんな持って生まれたものだ。

  対象になる男性が18歳以上の成人ならば、何の問題もないが、これが18歳以下の少年となると犯罪になってしまう。

  成人のポルノ写真、ビデオ、DVDは街にあふれている。そういうものがあるから、それを見ることによって、欲望の抑止力になっていることは確かだ。

  少年愛の人たち、日本にどのくらいいるか。恐らく何十万人はいるだろう。少年の好きな人は、少年と接することができる職業についている人が多い。そんな職業につくから問題をおこすので、女性の多い職場を選んだらという人もいるが、これでは生きている意味がないではないか。

  ほとんどの少年愛の人たち、理性で自分の欲望をおさえて生きているに違いない。女性を愛する男たちの中にも、ごく少ない変質者はいる。少年愛の人たちの中にだって変質者はいる。どうにも欲望をおさえられずに少年に手を出してしまう人も、中にはいるだろう。

  このような人たちを法律で封じ込めることは無理な話だ。児童ポルノを売って金儲けするのがよくないのは当然だが、所持しているだけで罰するのはどうかと思う。

  こんな法律を作ろうとしている人たち。少年愛者の実態をよく調べてからにしてもらいたいものだ。(イラスト・あおむらさき)

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2008年3月23日 (日)

僕が見た三浦和義像

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「週刊朝日」(321日号)の新聞広告を見ていたら、ちょっと気になる記事が目についたので、早速、買い求めて読んでみた。

「私が見た『三浦和義』容疑者」という記事だ。彼と接したことのある人たちに、時代の寵児だった彼との「記憶」を聞いたとある。

  林真理子さん、団鬼六さん、二木啓孝さん、高橋良典さん、佐木隆三さん、蜷川正大さん、篠田博之さんがそれぞれ書いている。

  その中でも団鬼六さんが書かれていることが、一番彼の本質に迫っているようだ。

「彼は天性のマゾですわ。当時、雑誌『ブルータス』が三浦さんのSMグラビアを企画したんです。編集者が交渉したら、喜んで出ていきましたからね。そこで監修をして、彼を縄で縛ったのが僕です。(中略)

  写真を見てもらえばわかるけど、股間に縄をかけるなんて相当なことです。普通だったら怒ります。でも彼は興奮していましたね。」

  普通に考えたら、全裸でふんどしだけで、SMの写真を撮らせてくれと言ったら、断わるに決まっている。それに股間を縄で締め上げるなんてことを許すわけがない。

  その他にも団さんは、三浦さんがマゾだという理由をいくつもあげている。団さん以外の方は、三浦さんの外見で感じたことを書いているが、からだに触れて縄でしばるという行為は、その人の本性を隠すことができない。責められれば人間の本性がむき出しになってしまうということだ。

  三浦さんの家の前に多くの報道カメラマンがはりついていたことがあった。雪が降った日のことだ。三浦さんが新聞、雑誌の束をかかえて家から出てきたことがあった。表のゴミ捨場に捨てようと思ってだ。

  その時、つるりとすべって、ころびそうになったことがある。その様子をテレビカメラはとらえていた。僕はそれを見ていたのだが、すべった瞬間の三浦さんの身のこなしを見て、この人はゲイだなと直感したものだ。

  何気ない仕草だが、人間、そういう場面では自分の本性を隠すことができないからだ。

  こんなことを書いたら怒られるかも知れないが、三浦さんは大分以前から、アメリカやイギリスの西洋アンティークのジュエリーなどを輸入して、デパートなどで売っていたことがある。そうしたものに興味を持つ人は、ゲイの人だと思う。西洋アンティークに対する美意識がなければ興味を持たないだろうからだ。

  女が好きな男だって、女を殺してしまう人はいくらもいるが、三浦さんの場合、奥さんを平気で殺すことができたということは、本質的に女が好きではないからだと、僕は思っている。

  ゲイだから犯罪をおかしたというわけではないが、『私が見た「三浦和義像」』にあまりにもマスコミが騒いでいるので、僕が見た、三浦和義さんを書いてみた。

団鬼六さん、じんぞうが悪くて長い間、苦しまれていたようだが、ずっと拒否していた人工透析をしたお蔭で、元気になられたようだ。

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2008年3月21日 (金)

親父に対する仇討ち?

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昭和6125日発行の「第一書房自由日記」定価3円とある。ぼくの誕生日が昭和7319日だから、76年も前の本だ。

  第一書房の社長の長谷川巳之吉さんは、造本に気をつかった人で、豪華本というのはこの人が考えた言葉らしい。

  ぼくの親父は、昭和4年に第一書房に入社している。それ以前は甲子社書房という、小さな佛教書を出している出版社にいて、そこの社長さんの家でお手伝いとして働いていた。ぼくの母親と知り合い、結婚したようだ。

「第一書房自由日記」は豪華本として有名で、表紙は皮製。その表紙には金版で彫刻がほどこされている。それに天金。

  その金版は真鍮(しんちゅう・銅と亜鉛の合金)に彫刻したものだから、それを作り上げるにはかなりの時間を要したに違いない。

  神田錦町の裏通りに坪井金版所があって、そこの二代目が作ったものだ。ぼくも親父の使いで訪ねて、箔押をするためのタイトルの金版を彫ってもらうために、お邪魔したことがあった。

  ご主人は店先でこつこつと彫っていたが、奥さんが色っぽくて、芸者さんのように粋な方で、お茶を持ってきてくれるとドキドキしたものだ。

  この自由日記を使って、親父は自作の川柳を書いている。この自由日記、城市郎さんという発禁本のコレクターの方の本を見ると、挿絵のヌードにヘアーが描いてあるということで当時、発禁になったそうだ。

  親父は若い頃は文学青年で、仲間たちと同人雑誌を出していたようで、直木賞作家の安藤鶴夫さんも仲間だった。

  親父は作家になることは断念したが、終生、短歌、川柳の作品は数多く残している。ぼくは親父には似ないで文才もなく、母親に似てしまったのか頭も悪い。

  親父が亡くなってから、親父の残した作品を集めて本にしようかという気持ちは多少はあったが、やめてしまった。

  なべおさみさんのお父さんの渡辺久二郎さんと親父は、歌の仲間で親しかったが、なべさんはお父さんが亡くなられてから立派な作品集を作られた。

  やめてしまった理由は、親父はぼくに給料を一切くれなかったし、学生時代に豆本を出す費用、5千円も出してくれなかった。それに結婚式の費用も出してくれなかった。それなのに不倫相手の女性には、かなりみついでいたくせに。

  脳軟化症で倒れて、それまでいばりくさっていた親父は手押し車での生活になり、みじめな姿になりはててしまってからは、なぜかぼくのことをこわがっていたようだ。

  ぼくの女房にだけは安心していて、ひげを剃ってもらったり、つめを切ったり、風呂にも入れさせてもらっていた。

  俺の目の黒いうちは、活字一本でも俺に見せろと言っていた親父の言うとおりにしてしまった。ぼくは親父にさからうようなことは、まったくしない親孝行者だった。

  おふくろは、親父の女道楽には苦しめられ続けていた腹いせか、親父が嫌っていた救世軍に入れてしまい、葬式も救世軍の神田の本営でして、ある意味での仇をとった。ぼくは親父がたくさん残した川柳や、短歌を本にすることをしないで、仇をとったつもりでいる。

  ぼろぼろになった親父が残した自由日記。

遠くから愛していればそれでよし

君去りしあとはかなくて灯をともす

人に逢う心ときめき爪を切る

  女好きでおふくろを泣かし続けてきた親父。それだけに女性を歌った句は素晴らしい。親父は幸せな人だったのではないだろうか。

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2008年3月19日 (水)

パンティをのぞかせてヘアーを!

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漫画家の冨田英三さんに感化されたのか、ぼくほどイベント好きな男はいないだろう。かつて開いたイベントは数知れずだ。それに参加してくれた友人、知人は迷惑だったかも知れないが、一流ホテルで全裸ストリップショーまでやってしまったのだから、みんな楽しんでくれたに違いない。

  今日319日で、76歳の誕生日。さすがに今はどん底生活なので、残念ながら何もできない。

  机の中からこんな原稿が出てきた。今から41年前。ぼくが35歳の誕生日に神楽坂のキャバレー「ムーンライト」で、とんでもない会を開いていたのだ。

  その時代、親父は女に夢中で仕事はぼくにまかせきりだった。それはそれでやり甲斐はあったが、何を出し続けていくか、企画が大変だった。

  親父の考えで、事務所は自宅で、そして人は使わない。この教えどおりにやるのだから、小出版社が生きのびるには、エロ本しかないと思った。

  その頃、二流、三流の週刊誌に原稿を書いているエロ作家がかなりいた。その中から選んで本にしようと考え、NIGHT BOOKSと名付け、新書版で出すことにした。夜のナイトと、騎士のナイトをかけたシリーズ名だ。

小出版社では、一流の作家の本など、逆立ちしても出せない。あまり有名でない作家が、週刊誌に書いた原稿をまとめて一冊の本にする。そして原稿料も買い切りだ。

  このシリーズは、670冊は出しただろうか。シリーズは好調で経営は安定することができた。ナイト・ブックスが丁度35冊目を出したとき、ぼくが35歳の誕生日を迎えたのだ。それで開いたのが「第二書房ナイト・ブックスまつり・ピンクの夜を楽しむ会」だ。

  1部が「エッチな話」漫画家の冨田英三さん、作家の豊原路子さん、作家の秋山正美さん、そしてエロ作家で有名な清水正二郎さん。

  いずれもわが社で本を出した人たちばかりだ。豊原路子さんは美人で巨乳の持ち主。男をばった、ばったとやっつけた本「体当たり男性論」を書いた話題の女性だ。

  2部は「エッチな詩とおどり」詩を書いたのはぼくのようだが、どんな詩を書いたのか、まったく覚えていない。おどりは前衛舞踊のビザール・バレエ・グループ。

  3部は「エッチエッチショウ・ヌードオンパレード」で、キャバレーに出演しているバンドとヌードダンサーたちだ。

  4部は「仮面ダンスタイム」

  盛り沢山で、会は盛り上がった。会費はビール2本とおつまみつきで千円だ。

  会は大成功に終ったが、後日譚がある。「週刊サンケイ」が何頁も使って面白く記事にしてくれたのはよかったが、桜田門が公然ワイセツ罪だというので、呼び出されてしまった。それは豊原路子さんが、舞台でサービスして、パンティの中をのぞかせてしまったのが、いけないというのだ。といったって現行犯でないのだから、証拠があるわけでない。結局キャバレーの支配人が始末書をとられてお終いとなったが、警察の嫌がらせだったのでは。

  とんだ誕生日になってしまったものだ。

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2008年3月18日 (火)

まばゆいばかりの白いセーラー服

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一つの顔を想い描きて歩みゆく舗道に軟き部分を感ず

  ぼくが駒澤大学に入学したのが、昭和23年の4月、それから卒業するまでの4年間、下北沢のわが家から三軒茶屋まで歩き、それから二子玉川行の玉電に乗って駒沢へと通っていた。

  その頃の茶沢通りは砂利道で、舗装などされていないひどい道だった。三軒茶屋の商店街のところだけは舗装されていたが、夏などはアスファルトがとけて、軟らかくなっているところがあり、その部分を足に感じたとき、やるせない彼女への想いがこみあげてきたという歌だろう。

  代沢小学校で一級下の女の子で、同じ町内に住んでいた阿部弥寿子さんという女の子に、ぼくは恋心を寄せていた。

  弥寿子さんは駒大と同じ曹洞宗が経営する、駒澤学園高校に通っていた。弥寿子さんも同じ道を通って三軒茶屋まで歩いて通っているので、たまに出会うことがあった。

  その頃の駒大は、学生が700人ぐらいで、女生徒は3人だけ。女性とはいえない頭を丸めた尼さんが230人はいたろうか。

  3人の女生徒はブスばかりなのに、休み時間となると沢山の男子学生がまわりをとりまいていた。

  ぼくは文芸部の部長をやっていたので、いろいろ考えて、詩のブームでもあったので、近隣の高校、大学の文芸部に呼びかけて詩を募集した。そして3人の詩人を招いて現代詩講演会を開き、応募作品の中から入賞作を選んでもらった。

  竹内てるよさん、笹沢美明さん、大江満雄さんを講師に招いた。大江さんのお宅に伺って公演を依頼に行ったら、話好きの方で何時間も初対面なのに話を聞かされてしまった。後で聞いた話だが、この先生、トイレに立つときでも接続詞を残すというぐらい話好きな先生だそうだ。

  入賞作の詩の朗読を女性に頼もうというので、駒澤学園の文芸部にお願いした。そうしたらなんと弥寿子さんと出逢えたではないか。

  弥寿子さんは舞踊部にも所属していて、駒大で催物があると、講堂で踊りを見せてくれるのだ。白い足をむき出しにして踊る躍動美に、ぼくはすっかり魅了されてしまった。

  踊りというのは、トウシューズをつけて踊るものと思っていたのに、弥寿子さんの踊りは、はだしだった。お金がなくて靴を買えないので、はだしで踊っているのかと思い、トウシューズを買ってあげたいという詩を作って弥寿子さんにささげた。創作舞踊では、はだしで踊ることが多いということを知らなかったのだ。

  ぼくは気が弱くて、デートに誘う勇気などなかったが、友人の古泉君が、どう話をつけたのか弥寿子さんと友人の寺西鈴子さんの二人を誘い出すことに成功した。

  駒沢のひとつ先の停留所で彼女たちがくるのを待っていた。停留所の裏側は竹やぶというさびしい所だった。

  玉電が走ってきて、車窓に二人の女学生のセーラー服が目に映った。白いセーラー服のまばゆいばかりの美しさは、今でも目に焼きついている。

  ずーっと後になって、弥寿子さんにそのときのことを聞いたら、二人は電車を降りなかったのだそうだ。ぼくの記憶でも車窓に見た二人の姿は覚えているが、それからどうしたのか記憶にない。

  今でも茶沢通りを歩いていると、前を歩いているセーラー服の弥寿子さんの後ろ姿が、目の前に浮かんでくる。

  その弥寿子さんが、先日亡くなったと、友人の寺西鈴子さんが知らせてくれた。弥寿子さん、片想いだったけれど、ぼくの心の中では今でも生き続けている。

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2008年3月16日 (日)

ヌードは一番いい衣装なの

  朱雀さぎりさんという「日劇ミュージックホール」のスターがいた。この人、気っ風のいい人だったそうだが、刑務所に慰問に行った時、役人から「衣装をつけて踊ってください」とクギを刺されていたにもかかわらず、自分のステージが始まると、いつも通りブラジャーを外し、おっぱいもろ出し。役人は驚いたけれど後の祭り。大感激の受刑者たちの大拍手のうちに幕になったんです。

  舞台を降りた彼女は、なじる係官にこう言ったそうだ。

「私たちの正規の衣装はツンパ(パンツ)です。ヌードは一番いい衣装なの」

  踊子たちはみんな自分のからだに自信を持っていたのだろう。「裸は皮膚という衣装を着けて踊っている。」と言った舞踏家もいたけれど、舞踏家は、きたえた自分の肉体を見せたいという願望を誰もが持っているのだろう。

  その頃、わが第二書房は、いろんな新聞に書籍の広告を出していた。「東京スポーツ」にも毎月広告を出していたことで知り合ったのか、文化部の記者でストリップのことでは知らないことはないという方がいた。お名前は忘れてしまったが、その方がミュージックホールの楽屋に連れて行ってくれて、豊ゆかこさんという踊子さんを、ぼくに紹介してくれた。

  豊さんはスターとまではいかないが、中堅どころの踊子さんで、週刊誌などにもヌード写真が載っていた。

  日劇裏の有楽町の駅に行く通りは、ごちゃごちゃしたところだった。その中にある喫茶店で、豊さんが仕事が終っての帰りを、ぼくは待っていた。

  ケイタイなんてものがない時代に、どうやって連絡をとって待っていたのか、どうしても思い出せないが、約束していれば必ず豊さんは来てくれた。

  豊さんと、どんな話をしたのかもまったく思い出せないが、確か猿飛小助という芸名で小人のような人が舞台に出ていた。人気のあった人だったが、その人と同棲していたことがあったという話は覚えている。

  それと踊子さんたち、創価学会の信者さんが多いことも。豊さんも信者のようで、日常生活はまじめな方が多いようだ。

  後に女優として花開いた、あき竹城さんのことも、豊さんは紹介してくれて、四谷の慶応病院の前の通りを歩いた記憶もあるが、なんで歩いていたのかは思い出せない。

  豊ゆかこさんが出演していたプログラムも大切に保存していたが、引っ越し騒ぎでどこかにまぎれこんでしまった。それと年賀状も。

  豊さんとは別にどうというお付合いではなかったが、あの華やかな舞台は、脳裏にくっきりとやきついている。

  ミュージックホールが無くなって24年になるそうだが、また見たいと思う人も、この記事を読んでなつかしく思い出した人も、数多くいたに違いない。

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2008年3月14日 (金)

年寄りを大事にされた丸尾長顕さん

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「週刊新潮」36日号に、特別読物・ノンフィクション作家・藤原佑好「日劇ミュージックホール ヌードダンサー という人生」という記事が載っていた。

  そこには「日劇ミュージックホール」の舞台で美しい肢体を見せてくれていた踊子たちの、さまざまのその後の人生が描かれている。

  ぼくにとってもこの劇場には、忘れられない思い出がある。それは「日劇ミュージックホール」の生みの親といわれる舞台演出家の、丸尾長顕さんとの出会いがあったからだ。

  75年間、住みなれた代沢5丁目にあったわが家(今は東邦薬品に買い取られて駐車場になっている。)の裏手には、ぼくの祖父、伊藤冨士雄の妹さんの大きな家があった。おばさんの息子は山野製作所という、測量機械を製作する工場を経営していて、その工場が隣接して建っていた。(現在は東邦薬品のビルが建っている。)

  昭和30年代の頃だったろうか。山野の家の離れに奇妙な夫婦が引っ越してきた。ご主人は、ずんぐりむっくりの人で、黒ぶちの眼鏡をかけている。奥さんはかなり年が離れていて若く、外国人のような背の高い人だった。

  何をしている人なのかと、近所の人たちに好奇の目で見られていたところ、わが家に「ミュージックホール」の招待券を持って挨拶にやってこられた。

  丸尾長顕さんは、今度の奥さんは5人目の方で、離婚されると前の奥さんに財産の及べてを投げ出して、結婚されるということだ。若い背の高い奥さんは、踊子さんだった人に違いない。

  それからショウが変わるたびに招待券を届けてくれた。有楽町の日劇(今はデパートになっている。)あの円形の建物の横側に、上にあがるエレベーターがあって、何階だったか上の方に劇場はあった。そのエレベーターに乗るには、多少のうしろめたさがあって、人目をはばかって乗り込んだものだ。

  丸尾さん、お年寄りを大切にされた方で、奥さんのお母さんのことも面倒をみられていたようだ。

  敬老の日には、近所に住むお年寄りにお菓子を贈ってくれた。それよりも忘れられないのは、ぼくの祖母の弟が年老いてから、山野の家の物置みたいなところで、ひとりで寝起きしていた。

  ぼくの親父はなぜかこの老人を嫌っていて、わが家にくることも嫌がっていた。丸尾さんは何年かして近所にスペイン風の家を建てられて越されていったが、その家にこの老人もひきとって行かれて、亡くなるまで面倒をみてくれた。

  本当は、ぼくの親父がこの老人の面倒をみるべきなのに、親父は冷たい人だった。丸尾さんは、この老人が亡くなったとき、葬儀まで出してくれた。

  ストリップ劇場の演出家というイメージからは考えられない、優しい心の持ち主だった。丸尾長顕さんは亡くなられて久しいが、奥さんは健在だと思う。三軒茶屋に向うバス通りに面した家なので、いつも通るたびに丸尾長顕さんのことを思い出し感謝している。

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155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学 

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2008年3月12日 (水)

こんなに苦しんで文章を書いたのは初めて!

  53年も前に出会った女性から、5冊目の歌集を出すので、序文を書いてくれと頼まれてしまった。

足利市に住む深井美奈子さん。彼女との出会いは、ぼくと阿部正路君(国学院大学生、後に国学院大学教授となる。現在は他界されている。)とで運営していた大学歌人会(都内の大学の短歌愛好者を集めての会)でだった。

  大学歌人会は東京大学の三四郎池のほとりにある山上会議所で開かれたのが最初で、昭和25年の5月のことだった。

  その時、知り合った阿部正路君と、駒澤大学の学生だったぼくが、意気投合して二人で会を運営することになった。

  その頃からぼくはイベントを企画するのが得意だった。江口榛一という詩人が「結社解散論」をぶち上げて、歌壇は騒然としていたときだ。その江口榛一さんを招き、「樹木」主宰者、中野菊夫さんが司会、「古今」の主宰者、福田栄一さん、「天の夕顔」の作家、中河興一さんとで、「結社解散論をめぐる短歌討論会」を昭和2966日、駒大渋谷分校で催した。

  会場には多くの人が集り、熱気に満ちた討論会になって、大成功だった。

  朝日新聞の学芸欄が大きくとりあげ、創刊間もない角川書店の「短歌」が討論の模様をくわしく記事にしてくれた。

  昭和291211日、共立女子大学に於て、若月彰、寺山修司、加藤克己を招いての「十代作品を批評する会」も、寺山君が「短歌研究」の新人賞をとって、華々しくデビューしたばかりだったので話題になった。

  この他にもいろんな会を催したが、ほとんどぼくが独断で企画を立てると、頭のいい阿部正路君が具体化してくれた。

  当時は歌集を出版するなんてことは、学生の身分では夢の夢だった。そこでぼくは考えて手のひらにのるような豆歌集を発行することを考えた。

  最初はぼくの歌集「渦」と、教育大の学生の相沢一好君の「夜のうた」。千部作って製作費は5千円。全部売れれば1万円になる。親父に5千円出してくれと頼んだが、断わられてしまった。

  姉が東横デパートに勤めていて、月給は8千円ぐらい。その姉に泣きついて5千円を借りて刊行した。1冊が10円の歌集だ。それが評判よくて見事に完売。姉に5千円を返すことができた。その後、仲間たちが次々と10円歌集を刊行した。

  ぼくの古いアルバムに大学歌人会時代の写真が残っている。20人近い学生たちが枯草の上に座ってくつろいでいる写真。男子学生の学帽をちょこんとかぶった、ふくよかなかわいい少女。この少女が深井美奈子さんだと、ぼくはずっと思いこんでいる。

  ぼくが大学歌人会から手をひく最後の頃に、美奈子さんは入会してきたようなので、彼女と言葉をかわしたことがあったのかも忘れている。

  彼女は実践女子大学の国文科出身。卒論を福田清人教授に提出したそうだ。福田さんは東大国文科の出身。作家でもある。

  ぼくの父は戦前、第一書房に勤めていたが、昭和4年にその福田さんと、東京外大出の三浦逸雄さんと父が同時に入社したそうだ。後に福田さんは「セルパン」という雑誌の編集長にもなった。

  戦後、父が独立して第二書房を興してから、福田さんの小説集「若草」を出版した事があり、ぼくも何度かお宅を訪ねたこともあった。

  53年も短歌をつくることをやめてしまったぼくに、序文をと依頼してきた美奈子さんとは、縁があった。坐骨神経痛に苦しみ、短歌とまったく縁がなくなったぼくが歌集のことを書く。こんなに苦しんで文章を書いたことは、かつてなかった。

  深井美奈子歌集「花奮迅」は、間もなく「ながらみ書房」から本になる。

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2008年3月10日 (月)

若いご主人の古本屋が増えてきた!

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  出版界、唯一の業界紙「新文化」に1月期の出版・販売データが載っている。見出しには「2ヵ月連続のマイナス・書籍・雑誌とも減少」とあって寂しい限りだ。

20081月期の書籍・雑誌推定販売金額(本体価格)は、前年同月比4.2%減となり、2ヵ月連続のマイナスとなった。

  内訳は、書籍は同3.2%減、雑誌も5.0%減で、両部門とも落ち込み幅が大きかった。」

  出版界はどうなっていくのだろうか。下北沢だけでも6軒もあった書店は、今や2軒だけになってしまっている。スーパー「ピーコック」の3階にある三省堂書店も、何時行ってもお客はパラパラだ。

  本を読む人は少なくなるばかりなのだろうか。ところがなんと古本屋が増えているのだ。

  古本屋のご主人というと、暗くてへんくつな年配の人を想像するが、若い人が古本屋さんを開店するのには驚きだ。

「ザ・スズナリ」の1階の角にある古本屋「ビ・ビ・ビ」は、ぼくのブログで紹介したこともあって、『薔薇族』を購入してくれるお客が増えている。

  昨日(36日)の夕方、「ビ・ビ・ビ」に立ち寄ったところ、ご主人が『薔薇族』の創刊号を手にして、老人が売りのきたといって見せてくれた。

  36年前の雑誌とは思えない、眞新らしさ。大事にしてくれていたのだろう。その老人、伊藤さんと30年ぐらい前に出会ったそうですよ。

  そんな話を立ち話でしていたら、なんという偶然か、その老人が入ってきたのだ。30年も前に一度だけ会ったと言われても覚えているわけがないが、ひと目見てお仲間だと分かる。

  さあ、それからが大変。話好きで次から次へと話がはずむ。その老人、目の前にある病院に週に2日だけ勤めていて無類の本好き。

  その老人(ぼくより2歳年上)が、開店したばかりの古本屋があるというので、連れて行ってくれた。「北沢タウンホール」の前で、まだ開店したばかりのようだ。

  ここのご主人も若い女性で、古本屋に勤めていて、そこで商売のノウハウを覚えての開業とのことだ。土建屋さんの作業場だったところで、かなり広いお店で、まだ棚に本が詰まっていない。

『薔薇族』を置いてくれるというので、置かしてもらうことにした。本が好きだという人は、まだまだいる。ご主人と立ち話をしている間にもお客が入ってくる。

  これで下北沢の古本屋さんは5軒に増えた。靴屋や、薬屋ばかりが目立つ商店街に、砂漠のオアシスのような古本屋さん。いつまでも続けてもらいたいものだ。

「ほん吉(きち)」〒155-0031

東京都世田谷区北沢2-7-10

 上原ビル1F Tel03-6662-6573

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2008年3月 6日 (木)

貧しいということは悲しい話です!

「夜、1時半になると消灯のベルが鳴ります。すると表面は雨戸等を閉めて、店を閉めたという形にはしますが、本当は朝になるまで、それこそ百鬼夜行のありさまなのです。

  冬の寒中などは、腰から下はすっかり冷えきって、ほとんど感覚もない位になってしまうのです。ですから朝9時に起きることが寝坊ということにはなりません。

  女郎衆だと4時頃までは寝ているのですが、私どもは9時に起きたら掃除やら、ご飯炊きやら、おさんどんと同じことをしなければなりません。それも自分の洗濯物でもしようものなら、水道がいるからといって大目玉です。それこそ肌着一枚でも、みんな洗濯屋に出すのですから、なんだかんだと借金は増す一方という仕組みになっているのです。

  外に出たくてたまらないものですが、それがちょっと隅田公園まで行くにしても、1時間10円ぐらいのお出銭をとられるのですから、それにはお土産の一つも持って帰らねば不桟嫌だししますから、全く可哀想なものなんです。

  おさんどんがすむと町の銭湯へ行きます。私どもにとっては湯ぶねに浸かって、互いに太平楽とでもいっているときほど、のんびりするときはありませんが、考えてみれば銭湯は素人さんも入りにくるのですから、私どもがさんざん汚した後に入るということは危ないことです。

  消毒なんていうことを気にかけているのは、なれないはじめのうちだけで、病気(性病)を持たないお客なんて滅多にくるものではありません。どんなに用心したって花柳病にかかるということを知ってはいますが、ブリキ製の容器に入れた冷たい薬液で、一晩に10回も15回も、そのたびに無益だと知りつつ消毒する気にはなれません。

  それよりもどうせ明日は風呂に入るんだからということになってしまうので、風呂は素人さんたちにとって本当に危険な所だと思うのです。

  性病にかかったら入院ということもありますが、入院すれば借金が増えるから、女の方も、主人も嫌がります。それに小さい病院だからあまり入院すると、組合も困るから、そこは手加減するようです。

  私どもには委しいことは判りません。たいていの女は町の医者に月極10円ぐらいで通っていて、毎日、洗滌しています。ですから検査という前に、この医者の所に行くのです。するとたいてい合格なんです。

  とにかく病気を持たない女なんかはいないので、梅毒性の痔漏でジクジク汁が出ていて穴があいていたって、ただ絆そうこうを貼ったぐらいで平気で性をしているのですから、恐ろしい話です。

  風呂から歸って食事をするのが、1時でこれが朝飯ということです。それから6時ごろに昼飯の分を食べて、食事は2回きりです。

  1時頃、食事がすんだら、もう明け方の4時まで、浅間しいといいますか、毎日、毎日、死んだ方がましだと思いつめながら、稼ぐ苦労はとてもお話になりません。」

  これらの女性が初めて、男と寝ることを強要された年齢は、最低年齢が12歳。最高が30歳。平均が17歳。

  なんにも悪いことをしたわけでないのに、親が貧しくて売られた女たち。貧しいということは悲しい話ではある。

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2008年3月 5日 (水)

損をするのは弱い立場の人だけか!

  吉原や州崎の女郎が救世軍に救いを求めて廃業した百人の教育程度は、義務教育の未了者63人。そのうちまったくの無学者19人。

  小学校だけが23人。学校へ通えなかった者19人。小学412人。小学311人。小学18人。小学57人。小学26人。高等小学校15人。高等小学校28人。高等女学校卒1人。

  東北の貧しい農家の娘たちだ。小学校ですら通えなかったのだろう。無学な娘たちだから売春宿の経営者の言いままになり、文句も言えずにお客をとらせられていたのだ。

  売春宿でのひとりの女性の悲惨な告白をぜひ読んでもらいたい。長いので何回かにわけて紹介しよう。

「朝の9時になると、耳を引っぱったり、鼻をつまんだり、文字通り蒲団をまくってたたき起こされるのです。私どもにとって朝の9時に目を覚ますということは、朝寝坊どころか夜半の夢です。何しろ泊まりの客がなければ朝の4時、5時まで起きているのですし、それも細目に開けた扉の影に立って、表を歩く男たちを呼びこまなければなりません。

  大抵の男は呼びこむだけではよりつきませんから、帽子でもステッキでも手早く分どって、さっさと中へ入るんです。それにつられて男が中へ入るというような乱暴なこともしなければ客を呼べません。

  私服の刑事でも、間違って引っ張ろうものなら大変です。すぐに29円の罰金をとられます。それは最初の1回ぐらいは許してくれますが、2度目からはもう駄目なんです。

  自分が29円とられるだけでなく、主人の分29円も結局は女の借金となるのです。それも年に2回もとられると、はや、そればかりで100円余の借金となるというわけですから、哀れ至極なものです。

  売春宿に抱えられた最初のとき、主人に連れられて警察に行くのです。刑事さんがたくさんいるところへ連れて行かれます。

「こんど、この娘を雇いましたから」と言うと、刑事が「早やく借金を抜いて足を洗はんといかんぞ」と言うようなことを言われて帰るのですが、娘たちに刑事の顔を覚えさせるためなのでしょう。

  それに刑事が来たというと、隣から隣へ知らせることになっているし、特に臨検のある晩には組合から通知があることになっています。

  いくら自分からつかまらなくても、年に23度は順番が回ってくるのですから、否応なしに58円とられて、借金が増えることになっているのです。」

  いつの世でも警察と売春宿の親交はつるんでいるのだろう。そでの下をもらって大目に見ていたのでは。

  今の世でもホモサウナを経営するご主人が、近所の交番につけ届けをしているという話を聞かされたことがある。損をするのは弱い立場の人間だけということか。(つづく)

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2008年3月 4日 (火)

「昭和初期救世軍廃娼運動記録」がみつかった!

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  救世軍の士官で廃娼運動の闘士だった祖父の伊藤冨士雄のことは、ブログで紹介したことがあった。19974月に救世軍本営で出版された「昭和初期救世軍廃娼運動記録」という小冊子がみつかった。

  祖父が病死したのが、大正12年関東大震災の少し前のことだから、大正末期から昭和初期の頃の記録なので、祖父が活躍していた時代の記録といっていいだろう。

  救世軍に救いを求めて廃業した妁婦百人の調査記録だ。その巻頭に女郎屋で働いていた一人に女性のいたましい記録が載っている。今の時代に生きている人たちには、奴隷のような生活は想像できないのでは。少し長い文章なので何回かにわけて紹介しようと思う。

  その前にぼくの祖父がどんな人だったのかということを昭和57年発行の中公新書・663・竹村民郎著『廃娼運動』から引用させてもらう。

「伊藤は長野県松代の士族の出身で、先祖は『安政武鑑』に名をとどめる名家である。彼は幼い頃に上京し、機械工となった。1902(明治35年)32歳で救世軍の下士官になったときは、東京市銀座の玉屋測量機械製作所の工場長であった。

  労働問題を考える集会にも参加し、片山潜の知遇をえた。彼の救世軍士官登用が決まったとき、片山潜は山室軍兵に「伊藤君は真摯な男であるから、必ず貴方のために一仕事するに相違ない」と語った。

  労働運動の先駆者、片山潜と救世軍の先駆者、山室軍平とがこうした会話をかわすところに、明治という時代の闊達な雰囲気が感じられる。

  1903(明治36年)4月、大阪市で内国勧業博覧会が開催されたとき、大阪市難波に救世軍小隊がつくられた。伊藤はその小隊長に抜擢されて大阪市に赴いた。しかし、彼は7ヵ月あまり後の10月中旬、どうしたわけか突然、救世軍を飛び出している。

  伊藤は小隊を去るにあたり、事務室の襖(ふすま)に「軍平にひき廻されて丸裸、さるべえ(猿兵衛)損と人は言ふなり」と落書きを残した。「さるべえ損」とはSALVATION(救世)を皮肉ったものである。

  伊藤は奉仕の精神に燃えて救世軍人となった人である。彼は無一文になることはもとより覚悟のうえであった。しかし、救世軍のリーダーシップが外国人士官に握られていることや、外国人士官に唯唯諾諾としたがっているように見えた山室軍平の行動に彼はあきたらない想いをつのらせていた。もはや山室に操られる猿の一匹にはなりたくない。これが救世軍を飛び出した理由であった。

  伊藤は救世軍出身の廃娼運動家のなかでは珍しく筋金入りの労働運動の出身者である。生一本な労働者気質の伊藤には、救世軍の一部にみられる外国人追随的な雰囲気が腹立たしかったのであろう。

  いったんは救世軍を去った伊藤も、その後最愛の長女の死を契機として自分本来の使命に目覚め、ふたたび救世軍に復帰した。」

  ところがぼくの父は救世軍が嫌いだった。その理由は貧乏だったこともあるが、子供の頃、あっちこっちにある救世軍の小隊に転勤させられたのがやりきれなかったのだろう。

  父も川柳作家で活躍したから、祖父の血を継いでユーモアを解する人だった。さて、その息子のぼくは?(つづく)

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2008年3月 2日 (日)

350万円もするガレーの花びんを買っていたときよりも、700円均一の古着を買っている楽しさ!

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  木枯らしが吹いて、今年の冬で一番寒い日曜日だった。期末試験が終った高校二年生の長男の息子が、土曜日の夜から泊まりにきていた。その孫を連れて下北沢駅にPASMOを買いに行った。

  一度PASMOを使ったら、こんなに便利なものはない。駅の窓口でいちいち切符を買わなくても、すっと改札を通れるのだから。バスでも使えるし、コンビニでも使えるとか。誰が発明したのか知らないが、これはまさにノーベル賞ものだ。

  今どき携帯電話を持たず、パソコンも使えず、インターネットも見たことがない。文明の利器とえんのないぼくが、最近20数年も机の引き出しに蔵いこんだままになっていた、パーカーの万年筆を使い出したら、原稿用紙を使って書いているぼくの下手くそな文字が、味があるように見え、なんともいい感じで満足している。

  PASMOの買い方が分からないので、孫を連れ出したのだ。駅に向う途中の閉店してシャッターが降りている店の前に、若い男女が自分で書いたのだろうか、ずらっと路上に顔の絵を並べている。そして似顔絵書きますと書いてある。

  この寒空でかわいそうと思って、600円からとあるので、小さな椅子に座って書いて下さいとお願いした。今どきの若者とは違う、どちらかというと古風な感じの色白の青年だ。

  美術の学校で勉強したわけでなく、高校を卒業して独学で勉強したそうだ。仕事はと聞いたら、似顔絵書きで生活しているという。

  23歳、男3人兄弟の長男で、親父と離れて下宿して、3万円の部屋代を払って生活しているとか。そばにいる女性も恋人のようなものというが、感じのいい女性だ。

  わずか10分足らずで書き上げたが、特徴をつかんで似ているのでは。

  下北沢の駅周辺には、ギターを弾いて歌を歌っている若者もいるし、「ぼくの小説を読んで下さい」と手作りの本を置いているものもいる。

  自由に気ままに暮らしたいと思う若者は、時間にしばられた仕事など、したくないのだろう。

  下北沢の改札口を出て左の方の階段を降りると、「下北沢南口商店街」というアーケードが建っている。そこをくぐって狭い道路の商店街を45分歩くと、「古着・オール700円」と書いた立看板を持った若者が立っている。

  大きな靴屋の筋向いの2階「STICK OUT」という店だが、ぼくは最近この店にはまっている。その日もスコットランド製の羊皮のコートを、700円で買ってしまった。新品なら10万円はするだろうものを。

  先日もラジオ関西の録音どりに行ったとき、アナウンサーの女性に、この店で買った700円のシャツをほめられてしまった。

  かつては350万円もするガレーの花びんを平気で買っていたぼくが、なんとも情けない話しだが、700円均一の古着屋で、好みのシャツを見つけ出す喜びは、ガレーの花びんを買うよりも楽しいのだから不思議な感じではある。

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