« 350万円もするガレーの花びんを買っていたときよりも、700円均一の古着を買っている楽しさ! | トップページ | 損をするのは弱い立場の人だけか! »

2008年3月 4日 (火)

「昭和初期救世軍廃娼運動記録」がみつかった!

Img346_2 Img347_2

  救世軍の士官で廃娼運動の闘士だった祖父の伊藤冨士雄のことは、ブログで紹介したことがあった。19974月に救世軍本営で出版された「昭和初期救世軍廃娼運動記録」という小冊子がみつかった。

  祖父が病死したのが、大正12年関東大震災の少し前のことだから、大正末期から昭和初期の頃の記録なので、祖父が活躍していた時代の記録といっていいだろう。

  救世軍に救いを求めて廃業した妁婦百人の調査記録だ。その巻頭に女郎屋で働いていた一人に女性のいたましい記録が載っている。今の時代に生きている人たちには、奴隷のような生活は想像できないのでは。少し長い文章なので何回かにわけて紹介しようと思う。

  その前にぼくの祖父がどんな人だったのかということを昭和57年発行の中公新書・663・竹村民郎著『廃娼運動』から引用させてもらう。

「伊藤は長野県松代の士族の出身で、先祖は『安政武鑑』に名をとどめる名家である。彼は幼い頃に上京し、機械工となった。1902(明治35年)32歳で救世軍の下士官になったときは、東京市銀座の玉屋測量機械製作所の工場長であった。

  労働問題を考える集会にも参加し、片山潜の知遇をえた。彼の救世軍士官登用が決まったとき、片山潜は山室軍兵に「伊藤君は真摯な男であるから、必ず貴方のために一仕事するに相違ない」と語った。

  労働運動の先駆者、片山潜と救世軍の先駆者、山室軍平とがこうした会話をかわすところに、明治という時代の闊達な雰囲気が感じられる。

  1903(明治36年)4月、大阪市で内国勧業博覧会が開催されたとき、大阪市難波に救世軍小隊がつくられた。伊藤はその小隊長に抜擢されて大阪市に赴いた。しかし、彼は7ヵ月あまり後の10月中旬、どうしたわけか突然、救世軍を飛び出している。

  伊藤は小隊を去るにあたり、事務室の襖(ふすま)に「軍平にひき廻されて丸裸、さるべえ(猿兵衛)損と人は言ふなり」と落書きを残した。「さるべえ損」とはSALVATION(救世)を皮肉ったものである。

  伊藤は奉仕の精神に燃えて救世軍人となった人である。彼は無一文になることはもとより覚悟のうえであった。しかし、救世軍のリーダーシップが外国人士官に握られていることや、外国人士官に唯唯諾諾としたがっているように見えた山室軍平の行動に彼はあきたらない想いをつのらせていた。もはや山室に操られる猿の一匹にはなりたくない。これが救世軍を飛び出した理由であった。

  伊藤は救世軍出身の廃娼運動家のなかでは珍しく筋金入りの労働運動の出身者である。生一本な労働者気質の伊藤には、救世軍の一部にみられる外国人追随的な雰囲気が腹立たしかったのであろう。

  いったんは救世軍を去った伊藤も、その後最愛の長女の死を契機として自分本来の使命に目覚め、ふたたび救世軍に復帰した。」

  ところがぼくの父は救世軍が嫌いだった。その理由は貧乏だったこともあるが、子供の頃、あっちこっちにある救世軍の小隊に転勤させられたのがやりきれなかったのだろう。

  父も川柳作家で活躍したから、祖父の血を継いでユーモアを解する人だった。さて、その息子のぼくは?(つづく)

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送り頂くか、千円札を紙にくるんでお送りください。

155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

|

« 350万円もするガレーの花びんを買っていたときよりも、700円均一の古着を買っている楽しさ! | トップページ | 損をするのは弱い立場の人だけか! »

コメント

従軍慰安婦問題が浮上している現在であっても、それに携わってきた人間の話はいまだ出てきません。どういうことでしょう。 海外に行くと日本人男性というと、出っ歯の情の欠片もない変体エロ男というステレオタイプはここからきているのかもしれません。非常に残念です。
正直ほかの国民に比べると性欲は過多なのかも知れませんが、従軍慰安婦の問題以外にも、太平洋戦争中に軍内部で、裸で引きずられたり、人前で無理やり自慰行為を行わされたという男性の話も聞きました。戦争というのは何においても非情だという事実がまだ受け入れられないというのは、こういう事実がきちっと受け入れられていないという教育の現実もあるのではないでしょうか?また日本におけるメディアの方よりも否定できません。

戦争というものが非常であっても、“何においても”というところが抜けていると思いますどうなんでしょうか?

投稿: ボノボ | 2008年4月25日 (金) 23時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101967/40371947

この記事へのトラックバック一覧です: 「昭和初期救世軍廃娼運動記録」がみつかった!:

« 350万円もするガレーの花びんを買っていたときよりも、700円均一の古着を買っている楽しさ! | トップページ | 損をするのは弱い立場の人だけか! »