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2008年3月14日 (金)

年寄りを大事にされた丸尾長顕さん

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「週刊新潮」36日号に、特別読物・ノンフィクション作家・藤原佑好「日劇ミュージックホール ヌードダンサー という人生」という記事が載っていた。

  そこには「日劇ミュージックホール」の舞台で美しい肢体を見せてくれていた踊子たちの、さまざまのその後の人生が描かれている。

  ぼくにとってもこの劇場には、忘れられない思い出がある。それは「日劇ミュージックホール」の生みの親といわれる舞台演出家の、丸尾長顕さんとの出会いがあったからだ。

  75年間、住みなれた代沢5丁目にあったわが家(今は東邦薬品に買い取られて駐車場になっている。)の裏手には、ぼくの祖父、伊藤冨士雄の妹さんの大きな家があった。おばさんの息子は山野製作所という、測量機械を製作する工場を経営していて、その工場が隣接して建っていた。(現在は東邦薬品のビルが建っている。)

  昭和30年代の頃だったろうか。山野の家の離れに奇妙な夫婦が引っ越してきた。ご主人は、ずんぐりむっくりの人で、黒ぶちの眼鏡をかけている。奥さんはかなり年が離れていて若く、外国人のような背の高い人だった。

  何をしている人なのかと、近所の人たちに好奇の目で見られていたところ、わが家に「ミュージックホール」の招待券を持って挨拶にやってこられた。

  丸尾長顕さんは、今度の奥さんは5人目の方で、離婚されると前の奥さんに財産の及べてを投げ出して、結婚されるということだ。若い背の高い奥さんは、踊子さんだった人に違いない。

  それからショウが変わるたびに招待券を届けてくれた。有楽町の日劇(今はデパートになっている。)あの円形の建物の横側に、上にあがるエレベーターがあって、何階だったか上の方に劇場はあった。そのエレベーターに乗るには、多少のうしろめたさがあって、人目をはばかって乗り込んだものだ。

  丸尾さん、お年寄りを大切にされた方で、奥さんのお母さんのことも面倒をみられていたようだ。

  敬老の日には、近所に住むお年寄りにお菓子を贈ってくれた。それよりも忘れられないのは、ぼくの祖母の弟が年老いてから、山野の家の物置みたいなところで、ひとりで寝起きしていた。

  ぼくの親父はなぜかこの老人を嫌っていて、わが家にくることも嫌がっていた。丸尾さんは何年かして近所にスペイン風の家を建てられて越されていったが、その家にこの老人もひきとって行かれて、亡くなるまで面倒をみてくれた。

  本当は、ぼくの親父がこの老人の面倒をみるべきなのに、親父は冷たい人だった。丸尾さんは、この老人が亡くなったとき、葬儀まで出してくれた。

  ストリップ劇場の演出家というイメージからは考えられない、優しい心の持ち主だった。丸尾長顕さんは亡くなられて久しいが、奥さんは健在だと思う。三軒茶屋に向うバス通りに面した家なので、いつも通るたびに丸尾長顕さんのことを思い出し感謝している。

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