新宿歌舞伎町クラブ「リー」の思い出
ぼくは自分が学ばせてもらった学校を愛する気持ちは、誰よりも強いと思っている。
代沢小学校は昭和14年4月に入学。終戦の年の前の年、昭和19年に卒業。昭和20年の4月に世田谷学園に入学。昭和23年3月に4年修了で、23年4月に駒澤大学の旧制の予科1年に入学。28年の3月に卒業している。
小学校は太平洋戦争のもっとも激しかった時代で、ほとんどの子供が地方に疎開したりしているので、住所も不明で同窓会らしいものを開けなかった。
世田谷学園を4年修了で大学に入れたし、5年で大学に行く人、新制高校3年を終えて大学に入った人と、3通りあって同期会といってもややこしいことになっている。
世田谷学園の同期会は、ぼくがお節介役を引き受けて、20年以上続いている。卒業生は150名ぐらいいたが現在、住所が判明している人は60名ぐらい。3、4割の仲間は、もうこの世にいないと思われる。1年にひとり、ふたりと他界されている。
4月24日の夜、下北沢駅前の居酒屋「和民」で同期会を開いたが、17名の仲間が集まってくれた。
世田谷学園の全体の同窓会も毎年開かれているが、衰退するばかりだ。ぼくは役員になっているので、役員会にも必ず出席しているが、若い卒業生はほとんど姿をみせない。
6月10日は作曲家、吉田正さんの没後10年の命日だそうで、NHKホールで夜8時から「歌謡コンサート・歌に希望を吉田正特集」が催された。
駒大の先輩で作詞家の吉川静夫さんの作品もいくつか目についた。ぼくは「駒大マスコミ人の会」を結成して、吉川静夫さんを会長に招いて、会合を二度ばかり開いたことがあったが、長くは続かなかった。
その頃の駒大の卒業生で、マスコミで活躍している人は少なかったから。
30年近くも前のことだったろうか、世田谷学園の役員会が終わったあとに、大手ゼネコンのお偉い方が来ていて、当時の杉校長と、文春の村田耕二君と、なぜかぼくを歌舞伎町のクラブ「リー」に招待してくれた。
当時のクラブ「リー」は一流のナイトクラブで、ぼくなど入れるようなところではなかった。
歌手は朝丘雪路さんが歌っていた。バンドは踊りながら指揮するのが有名な、スマイリー小原さんだ。
「歌謡コンサート」で、昭和30年、40年代のナイトクラブやキャバレーが全盛時代の、ムード歌謡を聞きながら、華やかなクラブ「リー」でのひとときを思い出していた。
場内で撮った写真が、どこかに残っていると思うが、謹言実直な杉校長の固い表情と、クラブ「リー」は、似つかわしくなかった。
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