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2009年2月

2009年2月23日 (月)

『消える「新宿二丁目」』〜竜超君の本は街とゲイそのものの未来を予言する本だ!

 三度目の『薔薇族』の復刊を支えてくれたのは、僕の息子のような竜超(りゅう・すすむ)君だった。何とか目指していた通巻400号に、彼のおかげでたどりつくことができそうだ。

 僕はワープロも、ネットも触ったことがないのだから、竜君がワープロを打ち、レイアウトをしてくれたので、雑誌という形にすることができた。もちろん、企画も彼が立て、僕は彼の支持通りに原稿を書いただけだ。

 竜超は、奇人というか、才人というか、僕が持ち合わせないものを全て持ち合わせている男である。

 その竜超が予言者になって、とてつもない本を出版するという。ゲイの人が始めて出す本のことを何というべきか、処女出版?それが『消える「新宿二丁目」 異端文化の花園の命脈を断つのは誰だ?』(彩流社刊)だ。「東京メトロ副都心線開通」という明るい話題とは裏腹に“ゲイの街・二丁目”は、今や風前の灯。

 このような現状を踏まえ、街の黎明期から現在までを徹底検証。住民の同性愛者についても掘り下げる。

 さらには、従来のゲイ関連書の死角となっていた資料を渉猟。著者自身の実体験にもとづいた考察と、多角的で独自のアングルからの問題提起を行う。

 「読者がゲイであるかないかは問題ではない。どちらにしても興味深く読める“資料性の高さ”と“読み物としての面白さ”の両立を!というわけで、とにかく読んでみてください。」と、竜君は訴える。

 僕の著書もそうだけど、ゲイ関係の本でかつて増刷を重ねた本はない。この本をベストセラーにして、世間の人にゲイ・パワーを見せてやりたいものだ。

 ただ残念なことは、刷部数が少ないために、どうしても定価が高くなってしまうが、これはカンパのつもりで買ってもらいたいものだ。

 それにしても新宿二丁目に長いこと住んでいて、新宿二丁目の移り変わりを見続けた、ゲイのことなら何でも知っていて、生き字引のようだった間宮浩さんが、この世にいないのは残念なことだ。

 1998年の『薔薇族』創刊300号に、間宮さんが、「昔を語ると現在がわかる」という記事を書いてくれている。その中に、「新千鳥街」、「蘭屋」、「火の森」、「ぱる」などの、なつかしいお店の貴重な写真が載っている。

 「火の森」のマスターは、熱烈な宝塚ファンで、創立何周年かのお祝いのパーティに、宝塚のスターを多数招いて、華やかな会だったが、鳳蘭さんもその中におられた。僕も出席したが、皆、『薔薇族』のことを知っていたので、うれしかったことを覚えている。

 あの頃が新宿二丁目の全盛期だったのだろうか。「ぱる」のクロちゃん、ケンちゃんの、お客をいびる大声が、今でも耳に残っている。

 エイズが大騒動だった頃、「週刊現代」のグラビアの取材で、前厚生大臣だった渡辺恒三さんと一緒に新宿二丁目を歩いたことがあった。

 あの頃は、まだ旧赤線時代の建物が残っていて、早大出身の渡辺さん、しきりに昔を思い出していて、エイズの話は、どこかに行ってしまっていた。

 新宿二丁目は家賃が安かったので、ゲイバアが店を出せたのだが、今は、地代も上がってビル化して家賃も高くなっているので、ゲイバアはやっていけなくなるのでは。

 平日の昼間でもゲイたちが集まっていた、賑やかな二丁目の面影は今はない。これからの二丁目がどう変わっていくのか、『消える「新宿二丁目」』を読んで考えてみよう。それは二丁目という街の存亡だけでなく、ゲイそのものがどうなっていくのかも知ることがきるだろう。

683116091

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

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伊藤文学編集長出演イベントのお知らせ

3月上旬発売となる、季刊『薔薇族』副編集長、竜超(りゅう・すすむ)初の単行本『消える「新宿二丁目」』(彩流社 2,500円+税)の刊行記念 イベントがいよいよ3月13日(金)の夜に新宿にて開催されます。文学編集長もゲスト出演いたしますので、お暇がありましたら是非おこしください!

模索舎プレゼンツ◎消えるか?「新宿二丁目」
日時/3月13日(金) 18:00開場 19:00開演
場所/ネイキッドロフト(新宿区百人町1-5-1 百人町ビル1F 電話03-3205-1556)
http://www.loft-prj.co.jp/naked/
料金/1,000円+1ドリンク~
※模索舎にて事前に、または当日に『消える「新宿二丁目」』お買上の方は料金500円引
出演◎竜 超(りゅう・すすむ)
予定ゲスト◎伊藤文学(ゲイマガジン『薔薇族』編集長)、
ソルボンヌK子(漫画家/オコゲのカリスマ)、
櫻田宗久(写真家/元・モデル、俳優、歌手)
主催/模索舎(東京都新宿区新宿2-4-9 電話03-3352-3557)
http://www.mosakusha.com/

消える「新宿二丁目」――異端文化の花園の命脈を絶つのは誰だ?

◆はじめに
◆第一章 ゲイバアとゲイタウン
(1)「新宿二丁目」以前の東京ゲイバア事情
(2)三島由紀夫が常連だった名門店
(3)そこはかつて遊女の街だった
(4)歌舞伎座と「新宿二丁目」の奇しき因縁
(5)「新宿二丁目」の第一号ゲイバアは?
(6)「新宿二丁目」年代記――1950~1960年代・謎のヴェールの時代
(7)「新宿二丁目」年代記――1970年代・情報解禁の時代
(8)「新宿二丁目」年代記――1980年代・エイズパニックとネアカ新人類の時代
(9)「新宿二丁目」年代記――1990年代・商品化されたゲイと狂乱的ブームの時代
(10)「新宿二丁目」年代記――2000年代・コミュニティの時代
◆第二章 ゲイという人々
(1)「ゲイ」は「ホモ」より古い言葉
(2)ゲイ、ホモ、オカマ――どれが蔑称? なにが差別?
(3)ゲイに王道なんてものはあるのか
(4)元祖ゲイマガジン『薔薇族』の黄金時代
(5)元祖ゲイマガジン『薔薇族』の凋落と終焉
(6)ゲイ文化にもっとも冷淡なのはゲイ?
(7)6兆6000億円市場の消費エリートって誰だ?
(8)英国は日本のゲイにとっての鬼門?
(9)かつてゲイと同居していた血のつながらない双子
(10)ゲイとオタク、それぞれの世代間闘争
(11)差別はやめろ、と叫ぶ若ゲイ・若オタク
(12)ゲイとオタク、起きてほしくない負のシンクロ
◆第三章 なにが「新宿二丁目」を殺すのか
(1)「新宿二丁目」ランドマーク消失
(2)13番目の地下鉄が運んできたミニバブル
(3)錦の御旗をかかげる怪物たち
(4)浄化、という名の公的暴力
(5)無防備だった聖域に襲いくる、外部からの毒牙
(6)老朽化のすすむゲイバア入居物件
(7)回遊をやめたゲイバア族と、バアトークを嫌う新世代ゲイ
(8)コミュニティよりもコミュ!mixiの麻薬的魅力
◆第四章 「新宿二丁目」サバイバル・シミュレーション
(1)もうひとつの新宿魔窟
(2)ヤングリーダー待望論
(3)誰に対して、どう売っていくか、の見きわめ
(4)「新宿二丁目」が、新宿二丁目を離れる日
◆終章 「新宿二丁目」は消えるのか?
◆インタビュー(1)ゲイマガジン創始者がふりかえる、その隆盛と凋落――
日本初の同性愛専門誌『薔薇族』元編集長、伊藤文学さん
◆インタビュー(2)90年代ゲイブーム――当事者がみたメディアの内幕
ブーム期の最多露出のゲイ当事者、伊藤悟さん(すこたんソーシャルサービス代表)
◆あとがき

表紙イラスト◎山川純一
本文イラスト◎ソルボンヌK子
ポートレート撮影◎櫻田宗久

【著者メッセージ】
百年に一度、ともいわれる未曾有の大不況に翻弄され、流転していく現代日本。それは同性愛者の世界とても例外ではありま せん。"おネエ系"とよばれるタレントが一部で人気を博していますが、そこからの恩恵というのはじつはほとんどなく、ゲイの文化や共同体は年々歳々、先細 りをつづけているのが現実です。
ゲイ、と聞いて一般人がまず連想する「新宿二丁目」。半世紀前に誕生し、"東洋一のゲイタウン"として、日本のみ ならず海外にも広く知られているかの街ですが、必ずしも「有名=盤石」というわけではないのが世の中の面白い(?)ところ。ゲイブームと呼ばれた1990 年代半ばをピークに、「新宿二丁目」およびその母体である同性愛マーケットは下降線をたどり、世紀をまたいでその凋落はとどまるところを知らないのが現実 です。
こうした危機的状況は、いったいどこから生じたものなのでしょうか。システムの歯車が経年劣化で狂っていった結果なのか、あるいは誰かが招 いた人災なのか。その疑問に、同性愛専門誌のパイオニア『薔薇族』副編集長としてゲイムーブメントを見つめてきた筆者が迫ります。水面下ですすむ衰退のシ ナリオを、現在・過去・未来の各視点から多角的・立体的に読み解き、独自の解釈・提案(ヨタ話、妄言をふくむ)を加えて、「新宿二丁目」の未来像を模索し てみました。
知性とは、"ムダなもの(こと)を楽しめる心の余裕"のこと。「ゲイの世界が潤おうと枯れようと、自分には関係ないヨ」なんてツレないことはおっしゃらず、"もっとも身近な異界"の秘密をかいま見てみませんか。あなたの知性を、きっと満足させてみせます!

◎こちらでも予約を承っております。どうぞご利用ください。

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2009年2月17日 (火)

「星の王子さま」を見に行こう!〜作・寺山修司、構成・美術・宇野亜喜良、演出・金守珍

 1999年の11月号(No.322)から、表紙絵を甲秀樹君に変え、レイアウトを宇野亜喜良さんにお願いした。

 「グリーン・マイル」という、死刑囚のみを収容している刑務所の話で、ある死刑囚の最後の心の友が、芸達者で利口なミスター・ジルグルスというねずみが登場する映画だった。

 甲君が、なんで青年の肩にネズミを描いたのかわからないが、ひとりの生活で、恋人もいなくて寂しい思いをしている読者のことを思い浮かべて描いたに違いない。このイラストから宇野さんがデザインをしてくれることになった。

 宇野亜喜良さんは、紫綬褒章に輝くイラストレーターで、またデザイナーでもある方で、『薔薇族』の表紙のデザインなど、お願いするのは心苦しかったが、快く引き受けてくれた。

 今から39年前、33歳で事故死した、僕の先妻の舞踏家、伊藤ミカの公演の時のポスター、チラシ、プログラムのデザインも宇野さんが担当してくれた。その頃、宇野さんはマックス・ファクターの専属デザイナーで、華々しい活躍をされていた頃だ。

 「オー嬢の物語」、「愛奴」、「静かの海の恐怖」の3公演のポスターは、シルクスクリーンで印刷されたもので、芸術的な素晴らしい作品だ。

 その頃からのお付き合いがあったので、『薔薇族』の表紙のデザインを、廃刊になるまでお願いしてしまった。

 宇野さんのアトリエには、コピーの機械もなく、もちろんネットなんて使わず、手書きでレイアウトの指定をしてくれた。

 毎月、原稿を取りに行って昔話をするのが楽しみだった。

 宇野さんの偉いところは、えらぶるところがまったくなく、僕が帰るのを必ず玄関先まで見送ってくれることだ。これはなんでもないことのようで、誰にもできることではあるまい。

 宇野さんは、寺山修司さんの公演のポスターも何点か手がけているが、今年は寺山さんが亡くなって27回忌だそうで、寺山さんの作品の「星の王子さま」が、構成・美術・宇野亜喜良、演出・金守珍で催される。

 「毛皮のマリー」は、男性だけの女装劇だが、「星の王子さま」は、女性だけの男装劇だ。

 12月31日から、今年の1月5日まで、渋谷のパルコで「ジャパン・アヴァンギャルド・アングラ演劇傑作ポスター展」が開かれ、宇野さんの作品も展示された。

 1月3日に、主催者の笹目浩之さんと宇野さんのトークショウ&サイン会があった。寺山さんの奥さんの九條映子さんも参加して楽しい会だった。会の終わりにくじ引きがあって、本だとか、ポスターが当たるのだが、僕も寺山修司記念館のポスターが当たったので、僕のことをお客さんに紹介してくれた。

 会が終わってから、「星の王子さま」に出演するという二人の女性が、僕に声をかけてきた。野口和美さんと川上史津子さんである。野口さんは以前、「毛皮のマリー」の公演の時に、「イカール館」に、僕を訪ねてきて広告を出すように依頼して、お世話になったというが、僕は全く記憶にない。

 川上さんは、『薔薇族』の読者で、僕の著書も読んでいるとか。それよりも驚いたのは、フラワー・メグさんが出演者の中にいることだ。メグさんは40年ぐらい前に、ヌードモデルとして、世の殿方を悩殺した女性である。「スペース・カプセル」にも出演していて、社長が惚れ込んで、奥さんと離婚までしてメグさんと結婚したという話を聞いた。

 何十年という時が流れているのに、「星の王子さま」だけは、歳を取らないのだろうか。

 ★2月25日(水)・26日(木)・27日(金)・28日(土)・3月1日(日)、問い合せは、プロジェクト・ニクス☎03(6312)7031、チケット料金=前売3800円・当日売り4000円、チケットぴあで取扱い。会場・ザムザ阿佐ヶ谷(杉並区阿佐谷北2-12-21、☎03-5327-7640)  JR阿佐ヶ谷駅北口より徒歩3分。

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2009年2月15日 (日)

『薔薇族』の人びと・その3〜棟に真っ赤な薔薇の刺青がー三島剛さんのこと

 『薔薇族』創刊の頃(昭和46年・1971年)、知り合ったゲイの人たち。藤田竜さん、間宮浩さん、そして、川居孝雄さんの3人だ。

 いずれも傑出した才能の持ち主で、川居さんは、非合法の会員制の雑誌「アドニス」の別冊で出されている「APOLLO」(1960年発行)に、「終わりなき季節/川居孝雄」、「愛の処刑/榊山保」、「青蛾の嘆き/碧川潭」の3篇が載っている。

 「愛の処刑」は、三島由紀夫さんの作品、「青蛾の嘆き」は、恐らく作家の中井英夫さんの作品であろう。

 川居さん、中井さんは三島由紀夫さんとの交流が、その頃からあったに違いない。川居孝雄さんは、『薔薇族』に小説を何篇も載せてくれ、単行本も何冊か出させてくれた。

 川居さんは、国営放送の職員で、退職されてからの話しだが、出世できなかったのは『薔薇族』のせいだと嫌みを言われてしまったが、僕は川居さんの本名も、住所も、今もって知らない。

 藤田、間宮、川居の3人は、皆、親分肌の人、うまくいくわけがない。まず川居さんがはじき出されてしまった。そのおかげで念願の三島剛さんに会うことができたのだ。

 創刊の頃、挿絵を描いてもらう男絵師がどうしても欲しかった。三島剛さんにどうしても会いたかったが、藤田、間宮のご両人、三島剛さんと親しいのだから、僕に紹介することなど、何でもないのに紹介してくれなかった。

 ヤクザみたいな怖い人だとか、奇人とも言われ、名人気質の人だとも言われ、気に入らない人には、絶対に会わない人だと、ふたりに言われていた。

 それがはじき出された川居孝雄さんが、ふたりへの腹いせなのか、突然、三島剛さんを紹介すると言うのだ。

 不安な気持ちだったが、土砂降りの雨の中を、僕がクルマを運転して、川居さんを乗せ、目黒不動尊のそばに住んでいる三島剛さんを訪ねた。好物だという日本酒の一升瓶を下げて。

 「伊藤さん、あなたはいつか必ずここに来ると思っていましたよ」と言ってくれた。確かにヤクザの親分のような眼光鋭い人だったが、やさしい目をした人だった。それから急に親しみを増してきた。

 きちっと整理された引き出しの中から、描きためた絵を一枚、一枚、大事そうに取り出して見せてくれた。

 今までは、「アドニス」とか、「風俗奇譚」など、悪い紙に印刷されたものしか見ていなかったので、色彩豊かな男の絵は、浮世絵を見ているような思いだった。こんなに美しい線と色彩で描かれているとは夢にも思わなかった。

 おそらく細い筆で一気に描くのであろう力のこもった線は、見事としか言いようがない。長い年月、男絵一筋で精進してきたものが、見事に描かれていて、体が震えるような思いだった。

 三島剛さんは、京人形の顔を描く仕事もされていて、あの美しい顔を描き上げる技術は、それから修得されていたのだろう。

 何よりも驚いたのは、男の部屋だというのに、台所の食器棚から部屋の中の調度品まで、見事に整頓されていて、ゴミひとつ落ちていない。

 僕は、初対面だというのに、画集にして出版したいという話しを切り出したら、なんと「伊藤さんにお任せしますよ」と、即座に快諾してくれた。

 翌年に24葉の絵を納めた「三島剛画集」を高橋睦郎さんの序文で出すことができた。

 その後、「さぶ」に仕事の場を移されてしまったが、三島剛さんがもっとも円熟した時代に出会えたことを幸せに思っている。

 胸に真っ赤な薔薇の刺青を彫っていた三島剛さんを忘れることはできない。

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Photo_2三島剛さんの表紙絵は、この号だけだ。

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2009年2月14日 (土)

伊藤文学編集長出演イベントのお知らせ

3月上旬発売となる、季刊『薔薇族』副編集長、竜超(りゅう・すすむ)初の単行本『消える「新宿二丁目」』(彩流社 2,500円+税)の刊行記念イベントがいよいよ3月13日(金)の夜に新宿にて開催されます。文学編集長もゲスト出演いたしますので、お暇がありましたら是非おこしください!

模索舎プレゼンツ◎消えるか?「新宿二丁目」
日時/3月13日(金) 18:00開場 19:00開演
場所/ネイキッドロフト(新宿区百人町1-5-1 百人町ビル1F 電話03-3205-1556)
http://www.loft-prj.co.jp/naked/
料金/1,000円+1ドリンク~
※模索舎にて事前に、または当日に『消える「新宿二丁目」』お買上の方は料金500円引
出演◎竜 超(りゅう・すすむ)
予定ゲスト◎伊藤文学(ゲイマガジン『薔薇族』編集長)、
ソルボンヌK子(漫画家/オコゲのカリスマ)、
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消える「新宿二丁目」――異端文化の花園の命脈を絶つのは誰だ?

◆はじめに
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(1)「新宿二丁目」以前の東京ゲイバア事情
(2)三島由紀夫が常連だった名門店
(3)そこはかつて遊女の街だった
(4)歌舞伎座と「新宿二丁目」の奇しき因縁
(5)「新宿二丁目」の第一号ゲイバアは?
(6)「新宿二丁目」年代記――1950~1960年代・謎のヴェールの時代
(7)「新宿二丁目」年代記――1970年代・情報解禁の時代
(8)「新宿二丁目」年代記――1980年代・エイズパニックとネアカ新人類の時代
(9)「新宿二丁目」年代記――1990年代・商品化されたゲイと狂乱的ブームの時代
(10)「新宿二丁目」年代記――2000年代・コミュニティの時代
◆第二章 ゲイという人々
(1)「ゲイ」は「ホモ」より古い言葉
(2)ゲイ、ホモ、オカマ――どれが蔑称? なにが差別?
(3)ゲイに王道なんてものはあるのか
(4)元祖ゲイマガジン『薔薇族』の黄金時代
(5)元祖ゲイマガジン『薔薇族』の凋落と終焉
(6)ゲイ文化にもっとも冷淡なのはゲイ?
(7)6兆6000億円市場の消費エリートって誰だ?
(8)英国は日本のゲイにとっての鬼門?
(9)かつてゲイと同居していた血のつながらない双子
(10)ゲイとオタク、それぞれの世代間闘争
(11)差別はやめろ、と叫ぶ若ゲイ・若オタク
(12)ゲイとオタク、起きてほしくない負のシンクロ
◆第三章 なにが「新宿二丁目」を殺すのか
(1)「新宿二丁目」ランドマーク消失
(2)13番目の地下鉄が運んできたミニバブル
(3)錦の御旗をかかげる怪物たち
(4)浄化、という名の公的暴力
(5)無防備だった聖域に襲いくる、外部からの毒牙
(6)老朽化のすすむゲイバア入居物件
(7)回遊をやめたゲイバア族と、バアトークを嫌う新世代ゲイ
(8)コミュニティよりもコミュ!mixiの麻薬的魅力
◆第四章 「新宿二丁目」サバイバル・シミュレーション
(1)もうひとつの新宿魔窟
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(3)誰に対して、どう売っていくか、の見きわめ
(4)「新宿二丁目」が、新宿二丁目を離れる日
◆終章 「新宿二丁目」は消えるのか?
◆インタビュー(1)ゲイマガジン創始者がふりかえる、その隆盛と凋落――
日本初の同性愛専門誌『薔薇族』元編集長、伊藤文学さん
◆インタビュー(2)90年代ゲイブーム――当事者がみたメディアの内幕
ブーム期の最多露出のゲイ当事者、伊藤悟さん(すこたんソーシャルサービス代表)
◆あとがき

表紙イラスト◎山川純一
本文イラスト◎ソルボンヌK子
ポートレート撮影◎櫻田宗久

【著者メッセージ】
百年に一度、ともいわれる未曾有の大不況に翻弄され、流転していく現代日本。それは同性愛者の世界とても例外ではありません。"おネエ系"とよばれるタレントが一部で人気を博していますが、そこからの恩恵というのはじつはほとんどなく、ゲイの文化や共同体は年々歳々、先細りをつづけているのが現実です。
ゲイ、と聞いて一般人がまず連想する「新宿二丁目」。半世紀前に誕生し、"東洋一のゲイタウン"として、日本のみならず海外にも広く知られているかの街ですが、必ずしも「有名=盤石」というわけではないのが世の中の面白い(?)ところ。ゲイブームと呼ばれた1990年代半ばをピークに、「新宿二丁目」およびその母体である同性愛マーケットは下降線をたどり、世紀をまたいでその凋落はとどまるところを知らないのが現実です。
こうした危機的状況は、いったいどこから生じたものなのでしょうか。システムの歯車が経年劣化で狂っていった結果なのか、あるいは誰かが招いた人災なのか。その疑問に、同性愛専門誌のパイオニア『薔薇族』副編集長としてゲイムーブメントを見つめてきた筆者が迫ります。水面下ですすむ衰退のシナリオを、現在・過去・未来の各視点から多角的・立体的に読み解き、独自の解釈・提案(ヨタ話、妄言をふくむ)を加えて、「新宿二丁目」の未来像を模索してみました。
知性とは、"ムダなもの(こと)を楽しめる心の余裕"のこと。「ゲイの世界が潤おうと枯れようと、自分には関係ないヨ」なんてツレないことはおっしゃらず、"もっとも身近な異界"の秘密をかいま見てみませんか。あなたの知性を、きっと満足させてみせます!

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2009年2月12日 (木)

「『薔薇族』の人びと」その2〜間宮浩さんはナゾのおじさんだ!

 藤田竜さんとともに、間宮浩さんは『薔薇族』創刊の時からの協力者である。

 「薔薇ひらく」という、アメリカのゲイ小説を翻訳した本のあとがきに、雑誌を出したいという呼びかけを書いたのを読んで、手紙をくれたのが間宮浩さんだった。

 竜さんと間宮さんとは、SM雑誌の「風俗奇譚」時代からのお仲間で、間宮さんの仕事場にしていた新宿のマンションを訪ねて、そこで竜さんとも出会ったのだ。

 間宮さんに連れられて、四谷にあった「風俗奇譚」の編集部を訪ね、編集長の高倉一さんにお会いしたことがあった。

 高倉さんは、その時、「ウチの雑誌はSMあり、レズビアンあり、ホモもあるから成り立っているので、ホモだけではダメだと思いますよ」と、アドバイスしてくれたことだけはよく覚えている。しかし、『薔薇族』が創刊されると、しばらくして「風俗奇譚」は、廃刊になってしまった。

 『薔薇族』が出たからということだけでなくて、新興のSM雑誌が、次々と登場してきて、なんとなく、一昔前の雑誌というイメージから抜けきれなかったのが、廃刊の原因だったのだろう。

 間宮さんは、ご自分のことを「モノ書き」だと、いつも言っていたが、小説を書くのがお好きだった。

 「風俗奇譚」に発表した作品もたくさんあって、いずれも好みの若者が登場してくるが、それらの作品を集めて、「あるホモの物語」、「野郎花」と、2冊も単行本を出している。

 間宮さんは下町育ちで、下町情緒があふれていて、じめじめとしたところがなく、明るく、カラッとした若者を描くのが得意だった。

 長編小説では、『薔薇族』に連載した「新宿の美少年たち」が力作で、新宿を舞台にして、カッコいい若者が登場して、読者を魅了したものだ。

 間宮さん、下町で町工場を経営している旦那だということだが、何を作っている工場なのか、年齢も住所もわからない。まさにナゾのおじさんであった。

 間宮さんは温厚な紳士で、長い間、お付合いしたが、イヤな顔をしたり、怒った顔など一度も見たことがない。それに世話好きで、人から頼まれたことは、なんでも嫌がらずに引き受けてくれた。

 ある有名人が僕を訪ねてきて、男を紹介してくれと頼まれたことがあった。僕には、そんなことはできないので、間宮さんにお願いしてしまったが、なんとかしてくれたようだ。

 御巣鷹山に日航機が墜落した年のことだから、よく覚えているが、胆石の手術のために、三カ月も関東中央病院に入院したことがあった。

 僕の入院中、間宮さんは女房を助けてくれた。その頃、新宿2丁目だけでも、2、30軒ものお店が広告を出してくれていて、それらのお店に請求書を届けてくれたりしてくれた。

 病院にもよく来てくれた。着替えや食物などを女房に代わって持ってきてくれて、どれだけ助かったことか。

 この間宮さん、ゲイに関することは、なんでも知っていて、わからないことがあって聞くと、すぐに答えてくれた、生き字引みたいな人だった。

 その間宮さんが、頭がおかしくなって、入院してしまったが、病院の中でも若い男の子と仲良くなったり、小説みたいなものも書いていたが、何を書いているのかわからなかった。

 新宿2丁目のカフェでよく待ち合わせたので、今でも横町から間宮さんが現れてくるような気がする。

 竜さん、間宮さんに出会った僕は幸せ者だった。。。

Photoイラストは長谷川サダオ画

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2009年2月11日 (水)

世界初の同性愛者が首相に!

 アメリカで、黒人の大統領が初めて誕生したというのは驚きだったが、同性愛者、それも女性が首相になったというニュースは、それ以上の驚きだ。

 2009年2月2日(月)の東京新聞夕刊に、「アイスランドに女性首相」の見出しで記事が載っていた。

 「金融危機で経済が破たん状態に陥っているアイスランドで、一日、第二党だった社会民主同盟の女性議員、ヨハンナ・シグルザルドッティル社会問題相(66)が、新首相に就任した。
 英メディアによると、シグルザルドッティル氏は、同性愛者であることを公にしており、世界で初めて同性愛者であることを公表した首相の誕生になる。」

 僕はゲイ・パレードに参加すべく、ロサンゼルスを三度、サンフランシスコを一度訪れているが、黒人が差別されていて、黒人と白人が住むところが、はっきりと区別されているのには驚きだった。

 それだけに、オバマさんが大統領に選ばれることはないだろうと思っていたが、アメリカ人がよくよく変革を求めていたということだろうか。

 日本でも、参議院選挙に、同性愛者であることを公表して民主党から立候補した、尾辻かな子さんが、いくらも票が集まらず落選してしまった。何という情けない話しではないか。

 直接、尾辻さんにお会いしたことがないので、どんなお方なのかはわからないが、同性愛者であることを公表して立候補しているのだから、日本に同性愛者が何百万人もいるのだということを、みんなが投票すれば、世間の人をびっくりさせられたであろう。その大きなチャンスを逃してしまった。

 「同性愛者と公表しているため、首相誕生は世界中の同性愛者の権利支持者にとっての『画期的な出来事』(英タイムズ紙)となる。
 ただ、政治家としての本領は女性、高齢者、移民、貧困層など、社会的弱者への一貫した支援姿勢だ。「聖ヨハンナ」の呼び声もある。
 航空会社の客室乗務員として働き、労組活動を経た後、1978年に議員に初当選。社会問題相を、1987年から1994年と、2007年から現在までの2回務めている。
 私生活では、2002年に結婚式を挙げたジャーナリスト・脚本家の女性(54)がパートナーだと公表。男性との結婚歴もあり、二人の子供がいる」

 なんともうらやましい話しではないか。日本の同性愛者も目覚めて団結して行動を起こせば大きな力になるのに。

 レズビアンの女性って、日本でもほとんどの人が男性と結婚しているのでは。レズビアンの女性だって、セックスすれば子供は生まれる。しかし、今時の若い女性は、結婚をしないで独身でいる人が多いのではなかろうか。

 尾辻かな子さん、今度の衆議院選挙には出られないだろう。前回の参議院選挙が大きなチャンスだったのに。

 民主党も、今度こそ選挙に大勝利を納めて、民主党の政権を勝ち取らなければ、チャンスは二度とないかもしれない。何としても民主党を勝たせ、日本を変えなければ。

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2009年2月 5日 (木)

内定を取り消された大学生のような・・・

 僕の著書、『ぼくどうして涙がでるの』と、『裸の女房=裸でデビュー、裸で死んだ前衛舞踏家、伊藤ミカ』の2冊が、この春、本になるはずだった。

 S社の企画会議に通して、2008年の秋には出版の運びだったが、資金繰りがつかず今年の春にという話しに。新年になって編集者が訪ねてきて、出せませんと言われてしまい、内定を取り消された大学生のような気分になってしまった。

 恐らく断れるなと思ってはいたが、この出版不況で、資金繰りがつかないのだろう。このS社は社員が15人もいて、新刊本は月に3冊ぐらいのペースで出していたようだ。

 僕は、雑誌の『薔薇族』を出し続ける以前は、長いこと単行本だけの出版でやってきた経験から、月に3冊で社員15人は多すぎるなと思っていた。

 月に3冊ぐらい新刊を出すのなら、社員は5人ぐらいでやれるはずだ。僕が単行本を出していた頃は、取次店(本の問屋)に納める卸値は、72掛けぐらいで、大手の出版社とそう違いはなかった。

 今の小出版社は、なんだかんだと取次店にいじめられて、6掛け(定価の4割引)ぐらいで納めているのだろう。大手の出版社は取次店に本を入れると、すぐに全額をもらえるようだが、小出版社はわずかばかりを3ヶ月の手形でもらう。その手形を割ったりして支払いに充てるのだ。が、小出版社が苦しくなるのは当然だ。

 かつては出版は不況に強いと言われていたが、出版界唯一の業界紙「新文化」によると、不況下の消費者心理を繁栄して、売上げが30ヶ月連続してマイナスだそうである。雑誌の落ち込みが、単行本よりひどいのは、ネットの影響からだろう。

 『ぼくどうして涙がでるの』と、『裸の女房』も、昭和30年代(1960年代)の話しだ。東京オリンピックが開催されたり、新幹線も開通するという、日本が一番元気があって、活気に満ち満ちていた時代だった。

 『ぼくどうして涙がでるの』は、僕の妹が東京女子医大の心臓病棟に長いこと入院していた時の物語だ。患者同士がお互いに助け合い、励まし合って、入院生活を送っていた良き時代だった。その本をリメークして出そうという話しだった。

 『裸の女房』は、僕の先妻のミカとの出会いから、舞踏家になって「オー嬢の物語」、「愛奴」を舞踏化して、話題になり、30年代を疾風のように駆け抜けて、33歳で事故死するまでの15年間を描いたものだ。

 30年代は、多くの若い芸術家たちが輩出した、もっとも活気のある時代だった。寺山修司の「天井桟敷」、唐十郎の「状況劇場」、土方巽の前衛舞踏、そして、「平凡パンチ」や「週刊プレイボーイ」が華やかな時代だった。

 赤坂にあったクラブ「スペース・カプセル」は、前衛的な芸術家を起用して、毎日、変わったショウも催していた。お客さんも石原慎太郎、岡本太郎、フランス大使館の人たちなど多彩で、今では考えられないほどの活気に満ちあふれていた。

 伊藤ミカが主宰する「伊藤ミカ・ビザール・バレエグループ」のショウは、マスコミがもっとも多く取り上げ、その迫力に観客は度肝を抜かれたものだ。

 『裸の女房』の原稿は、僕が7、8年の歳月をかけて書き上げた自信作である。「捨てる神あらば、拾う神あり」で、ぜひ本にしたいという出版社が現れてきている。

 1970年1月11日に、33歳でミカが亡くなってから39年ぶりに本になるなんて奇跡のようだ。この本が世に出れば、僕はいつ死んでもいいとさえ思っている。

Photo「愛奴」を踊る伊藤ミカ

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2009年2月 2日 (月)

『薔薇族』の人びと・その1〜ゲイ雑誌にゲイの文化を取り入れた=藤田竜

 稲垣征次君の個展を紹介するに当たって、3年前に出版した、僕の著書「『薔薇族』の人びと=その素顔と舞台裏」(河出書房新社刊・本体2000円)を読み返してみた。

 この本には、『薔薇族』を支えてくれた14人の人たちのことを紹介している。しかし、もっと、もっと多くの人たちの支えによって、『薔薇族』は出し続けることができた。

 僕のブログを見てくれている人たちは、恐らくこの本を読んではいないと思うので、どういう人たちの働きで『薔薇族』を出し続けることができたのだということを紹介していきたい。

 まず最初は、創刊の時から力を貸してくれた藤田竜さんを紹介しよう。

 「ゲイ雑誌にゲイ文化を取り入れた藤田竜」と、僕は見出しを付けている。

 千駄ヶ谷のマンションに竜さんを訪ねた時のことである。当時、億ションと呼ばれるマンションで、招き入れられた部屋は、何から何まで、真っ黒の部屋だった。

 扉が開いて、お茶を出してくれる方がいたが、すぐに引っ込んでしまうので、どんな方なのかわからない。老人の手のように思えたが。

 僕は、竜さんがひとりで住んでいるとばかり思っていた。何回か通っているうちに、竜さんはお母さんを紹介してくれた。東北の出身だそうで、僕の母と同じような朴訥な方だった。

 隣の部屋に誰かがいる。人の気配を感じていたが、一緒に住んでいるルネさんを紹介してくれたのは何年も経ってからだった。

 竜さんは、仕事の関係では、ルネさんの影の存在だ。『薔薇族』では、創刊号から20何号まで表紙絵を描き続け、レイアウトから企画まで、全て竜さんの世界だったので、ルネさんを僕に紹介したくなかったのだろう。

 僕は単行本の出版でずっとやってきて、雑誌のことは全くわからなかった。雑誌の仕事をずっと続けていた竜さんに出会わなかったら、『薔薇族』は続けられなかったろう。

 竜さんは才人である。イラストも描き、文章も堪能で、企画はもちろん、写真も上手、何でもこなす人だった。

 後にルネさんは、竜さんのことを「いじわるオネエ」と呼んでいた。短気でお天気屋で、他人の気持ちを思いやるなんてことは、一切なかった。自分の気に入らない人は、みんなやめさせてしまった。

 ルネさんは、金銭的なことは一切ダメな人だったので、全て竜さんにまかせていた。お金の面ではシビアな人だった竜さん。

 20数年前、胆石の手術で、僕は関東中央病院に入院していた。後で聞いた話しだが、医師から女房に、ガンの疑いがあるとまで言われていたそうだ。

 そんな手術の前の日に、竜さんから手紙が送られてきて、給料を増やしてくれとのことだった。こんなお金にうるさい人なのに、ルネさんの全財産を詐欺師につけ込まれて、7億円のお金を失い、あげくの果てには、マンションまで失ってしまった。

 伊藤さんはノンケだからと、竜さんは言い続けていたので、僕はゲイのことをより理解しなければと努力してきた。それが良かったのではないだろうか。

 全く性格が違う竜さんと僕。よくも30数年も続けられたものだ。ルネさんと竜さんは、40数年も一緒に住み、仕事を続けてきた。それはルネさんが辛抱強かったからだろう。それと同じことが僕にも言えるのでは。

 竜さんのことは、まだまだ書きたいことがいっぱいある。竜さんに出会えて僕は幸せ者だった。竜さん、ありがとう!!

Photo

藤田竜描く創刊号の表紙

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