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2009年3月17日 (火)

「『薔薇族』の人びと」その5〜ホモ・ポルノ写真の草分けー大阪のオッチャン

 昭和46年10月12日、夜、男は誰に見届けることなく、ある病院で永眠した。死因は胃がんである。享年54歳。

 10万枚に近い、男のポルノ写真を撮り続けていた男で、「大阪のオッチャン」と呼ばれている。

 17年間に10万枚に近い、男性ヌードの写真を撮りまくった男だ。そのモデルの数は、約2000人ともいわれる。計算からすれば、3日に1人は彼のカメラの前で、ヌードになっていることになる。

 そのモデルの職種だが、学生、工員、自衛隊員、店員、ヤクザ、バーテン、農業、漁業、土方など、数え上げればきりがない。

 この種の撮影は、自分の好みに傾くが、彼の場合は、相手の需要に応じて、タイプを様々に撮り分けなければならないことになるので、その日によって彼のカメラの前には、たくましい若者がいたり、美少年がいたりした。

 こんなエピソードがある。近所の男の子に焦がれている男が、「あの子のヌード写真が欲しいけれど、無理でしょうね」と、半ばあきらめ顔で頼んだことがある。

 「お任せください。できるだけやりましょう」

 その男は、できないという言葉がイヤであった。数日後に、その男の子のヌード写真が送られてきた。話しをしてみれば、それだけのことだが、男の子の家の前に、2時間も、3時間も出てくるのを待っている。その男の粘り強さは大変なものだった。

 10万枚の男性ヌード写真を撮った男。世界広しといえども、こんな男はいないだろう。今でならギネスものである。

 ある人が、若者、それも見知らぬ男に声をかける人は、自衛隊員の勧誘員か、ゲイの男だといったが、その時代、世間の人がホモの存在など知らなかったから、声をかけても怪しまれることがなかったのだろう。それに大阪のオッチャンは、背が低く、あまり風采のあがらない男なのが幸いしたようだ。

 ヤクザの連中が男の家に殴り込みをかけてきたこともあったらしい。殺されそうになった話しも2度ばかりあったと聞いている。それでも撮り続ける、この男の根性は、なんだったのか。男性ヌードを撮ることに、すべての生きがいを感じていた男だ。それ以外のことは、何も考えない男であった。だからこそ、これだけの枚数と人数を撮り尽くされたのかもしれない。

 『薔薇族』の創刊は、昭和46年の7月のことだ。創刊2号目には、オッチャンの写真が初めてグラビアページを飾った。

 それまでは、悪い紙に刷られた写真だったのが、グラビアページに。オッチャンは亡くなる前に雑誌を見て、喜んでいたそうだ。オッチャンとは、お会いすることはなかったが、オッチャンの写真を提供してもらったおかげで『薔薇族』は船出することができた。

 亡くなる少し前に、オッチャンは妻子とも別れている。警察に10万枚近いネガを没収されて、オッチャンは生きていく張り合いをなくしてしまった。

 藤田竜は言う。
 「日本のホモの歴史において、形にならずに、世に知られずに、一つの華やかな時代は消滅したのである。
 すべては幻の花火となった。合掌。」

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