60年代のあの熱気は、今どこに?
ミカが「伊藤ミカ・ビザール・バレエ・グループ」を結成したのは、1966年(昭和41年)の10月のことだ。その旗揚げ公演に選んだ作品は、フランスの地下文学の最高傑作といわれる「O嬢の物語」(ポーリーヌ・レアージュ作、澁澤龍彦訳)の河出書房版である。
この写真は、「週刊朝日芸能」(昭和42年11月19日号)のグラビア頁に載ったものだが、フクロウの羽毛の仮面を頭からかぶせられて、O嬢が夜の舞踏会に鎖で引かれていく、ラストシーンだ。
舞台の幕が静かに降り、観客席の真後ろから少女に引かれて、観客席に入って来る。その瞬間、観客はただの観客でなくなり、夜の舞踏会に招かれたお客に変身させられる。
観客席の中央に置かれた台の上に乗った、伊藤ミカが扮するところのO嬢の姿を見ながら帰っていくという、小説のラスト・シーンさながらの演出になっていた。
初演は、昭和42年の10月30日と31日の2日間、新宿厚生年金会館小ホールで行われた。「週刊新潮」をはじめ、いろんな雑誌に紹介されて好評だった。
再演は、暮れの12月26日、同じく新宿厚生年金会館の小ホールで開かれた。週刊誌で紹介されたこともあって、遠くは北海道から駆けつけてきた人もあり、開演前に長蛇の列ができたほどだった。
台の上のO嬢である、ミカを見ながら観客は扉を出て行く。再演のときだった。O嬢の周りを取り囲み、何十人かのギラギラした男たちの目が、ねばりつくように注がれる。
公演の前日のことだった。ミカは全身の毛を剃り落して童女のようになっていた。その裸体に、鶏の白い羽毛を、1枚、1枚、のりで貼付けたのだ。
下半身には、ビキニの薄いパンティをつけて履いたが、それがわからないように羽毛を貼付けていた。
ミカは、周りを取り囲んだ観客の目に異様な殺気を感じた。全ての会場のライトは消されて、ミカの白い羽毛に覆われた裸身だけを浮き立たせるように、そこだけにライトが当たっていた。
その中の一人の男が、パンティの上から手を入れた。それを待っていたかのように、下からも、横からも、何人かの男の手が、パンティの中に滑り込む。
潜り込んだ指が、そこにあると思ったものがないのを察するかのように、ぴくっと手を引っ込める。のっぺりとして、そこに何にもないからだ。
上から入れられた指と、下から入れられた指とが、パンティの中で触る。お互いにぎくっとして手を引っ込める。
ミカは、完全にオブジェになっていた。身じろぎもしないで立っていた。完全にO嬢になりきっていた。その後、そのたくさんの指が何をしたかは知らない。
静止した何分かが過ぎた。
「お疲れさま」
天井のライトがいっせいについて、舞台から舞台監督の荒木君が飛び降りて来る。もう観客席には一人の客もいなかった。
数日して一通の手紙がミカのところに舞い込んできた。白い羽毛が1枚と、完全にO嬢になりきっていた、ミカをほめたたえる手紙が入っていた。
当時は、『薔薇族』を創刊するずっと前のことで、僕はゲイのことをあまり知らなかったが、今になって思うことは、前衛芸術を担っていた人は、ほとんどがゲイだし、観客もゲイの人が多かったのでは。
60年代のあの熱気は、今どこに行ってしまったのだろうか?
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