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2009年8月28日 (金)

新聞、テレビは死んでしまうのか

 我が家のマンションの扉の郵便受けは、天地40ミリぐらいだから、朝日、毎日、東京と3紙を取っているので、つい1、2ヶ月ぐらい前までは無理に押し込まないと入らなかった。

 それが最近は3紙が、すぽっと入ってしまう。それだけ頁数が少なくなったことと、挿入される広告のチラシが極端に減ってきているからだ。

 新聞の「押し紙」のことを「週刊新潮」が何週かに渡って、批判記事を載せたのに対して、新聞社もなりふり構っていられない状況なんだから、そんなことを批判するのはもってのほかだと書いた。

 週刊誌は「週刊文春」と「週刊新潮」は、大体、毎週読んでいるが「週刊現代」は読んだことがない。

 新聞の「週刊現代」の広告を見ていたら、「スペシャルレポート 誰も書かない大スポンサーとの関係 新聞・テレビは死ぬのか」という記事が気になって買って読んでみた。

 6頁もの特集記事だ。ジャーナリストの井上久男さんと「週刊現代」の取材班が書いたものだ。井上さんは朝日新聞の経済部の記者だった。

 「週刊新潮」の記事は、なんとなくトゲがあるが、いかに新聞が売れなくなり、広告収入が落ちているかを数字をあげて書いている。テレビも同じことだ。インターネットだけは、毎年、広告収入を増やしているが、これは当然のことだろう。

 僕は新聞を3紙取っていると書いたが、実は1紙は無料でサービスで入れてくれている。とにかく販売店も部数を減らさないように大変な努力をしているようだ。

 若者は新聞など取らずに、ネットでニュースを見ている。取る必要がないのだろう。

 それにしても最近のテレビはくだらない、安いタレントを集めての、お金をかけない番組ばかりで見る気がしない。見るのは再放送の「水戸黄門」「暴れん坊将軍」など、古いものほどよくできていて楽しめる。

 テレビはやはりNHKのほうが見応えがある。新聞もじっくりと読みたい記事が少ない。見出しだけ見て済んでしまう。記者も皆サラリーマン化してしまって、人を感動させるような記事を書く人がいなくなってしまったのか。

 僕が6月に何年もかけて、亡き女房のことを書いた『裸の女房 60年代を疾風のごとく駆け抜けた前衛舞踏家・伊藤ミカ』(彩流社刊、定価2100円)は絶対にヒットすると信じていた。

 朝日新聞の小泉信一記者、この人は感動的な人の心を打つ記事を書く人だ。記事にしてくれると電話をかけてくれた。小泉さんが朝日に記事を書いてくれたら、これをきっかけにして、ヒットすると考えていたのだが。

 共同通信の文化部の記者が、本を読んでくれてカメラマンを連れて取材に来てくれた。僕の写真入りでインタビュー記事が全国の有力紙30紙に載ったというのに、増刷するほどの注文は来ないという。たった初版2000部の本がだ。それほど新聞の力がなくなってしまったということだろう。

 「週刊現代」の記事の通り、「新聞・テレビは死ぬのか」。いや、もう死んでいるのでは。「図書新聞」に、舞踏評論家の古沢俊美さんが「赤裸々に書き下ろされた、伊藤ミカの震撼すべき舞踏の書」と題して評価してくれた。

 本になっただけでも、ありがたいことだと思うようにしている。

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