『ぼくどうして涙がでるの』が45年ぶりにまた新書版になる!
僕の末の妹、紀子(みちこ)が、二度目の心臓手術の甲斐なく亡くなったのは、昭和48年12月20日(1973年)、享年32歳だった。
翌日の朝日新聞の社会面のトップに、10段抜きで「死の宣告から11年・愛の生きて・『限りある日を愛に生きて』の草薙さん死ぬ・結婚、二児を産み、二度の心臓手術むなし」の見出しで取り上げられた。
一庶民の死が朝日新聞の社会面のトップに取り上げられることは異例なことだ。その下段には、関西の大物女優、浪花千栄子さん死去と報じられている。
昭和40年1月(1965年)僕と妹の共著で出版した『ぼくどうして涙がでるの』が話題になり、日活で十朱幸代、佐藤英夫主演で昭和40年度の芸術祭参加作品として映画化された。
その頃は、S学会の折伏活動がすごかった時代で、病気で悩んでいる人たちを信仰に引き込もうと、我が家を訪ねてくる人が多かった。僕も信者の会合に連れて行かれ、我が家は曹洞宗だと言ったら、さんざん禅宗の悪口を言われてしまった。
浪花千栄子さんも信仰にこっていて、お誘いを受けたこともある。『ぼくどうして涙がでるの』の試写会を見に来られた、代議士の松谷天光光さんのお宅にお邪魔したこともあった。ご主人は厚生大臣を勤められた方だったが、九州の方で地元の名水を飲むと心臓病に良く効くとすすめられていただいたことがあり、あきれかえってしまったことがある。
いろんな宗教の人に誘われたが、病気をしたりして弱気になっている人の心の中に入り込もうとするのは許せない。
僕は、まったくの無宗教で、神とか霊などを信じない。長いこと妹が東京女子医大の心臓病棟に入院していたので、多くの心臓病の人たちと知り合うことができた。
人間、心臓が停止すれば、その時が死だ。
今から45年も前のことで、、日本で心臓手術が行われるようになってから、そう時間が経っていない頃だったから、医療器具もそれほど進歩していなかったのだろう。手術後、亡くなる患者が多かった。
前の日に会って、次の日に病室に行ったら名札がつけかえられ、新しい患者さんが寝ていたなんていうことが度々あった。
そんなことが度重なって死というものに達観してしまったようだ。先妻の舞踏家、ミカが風呂桶の中で酸欠でこと切れていても、「ああ、死んでしまった」と思っただけだ。父や母が死んでも涙を流すということはなかった。
それだけに生きている今を大切にと思い続けている。どんな電話がかかってきても、がちゃっと切ってしまうようなことはしない。できるだけ誠実に答えるようにしている。
初めて出会って人でも、お茶をおごったり、食事をしたりしている。『薔薇族』の読者はやっとの思いで電話をかけてくる人だし、訪ねてくるのも勇気がいることなので、できるだけ親切に応対するようの心がけてきた。
妹が長い間、心臓病棟に入院していたので、様々な人たちに出会い、広く世間に目を向けるようになってきた。それが『薔薇族』の誕生につながっていったというわけだ。
45年も前に出版した『ぼくどうして涙がでるの』を新書版にして出したいという、ある出版社から依頼があった。本当にしばらくぶりに読み返してみたら、自分で言うのもおかしいが感動させられてしまった。
この時代の患者たちが、みんな助け合って病気と闘っている姿は胸を打つ。妹の日記もすさまじいものだった。今の時代に生きている人たちが失ってしまったものが、この時代にはあった。早く本になってもらいたいものだ。
★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。〒155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学
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コメント
私も人に殺害された、自殺もしくは遺体が
惨い状態になるを除き、死に恐怖心はありません
只、その時に醜態を、晒す事を恐れます。
編集長が全く霊=魂の否定はありえないと
思われますが、直ぐお金と権利をちょうだい
しようとするタイプは、99.9%でしょうね。
なかなかブログが、更新がないので、内心心配
しておりました。
どうぞお体をご自愛下さい。
投稿: momo | 2009年12月16日 (水) 14時22分