« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月

2010年1月31日 (日)

バイロスの絵のとりこに君はなるか!

 「バイロス侯爵」と言ったって、知っている人は少ないのでは。それに「侯爵」という貴族の称号もあまり聞いたことがないだろう。

 辞書によると、5等爵の第2位とある。公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵とある中で、2位のくらいということで誰が決めたのかは知らないが、家柄の良い家に生まれた人だということだろう。

 確か日本でも戦前は爵位があったと思うが、詳しいことはわからない。

 画家としても美術史に載ってないのだから、知名度は低いのは当然のことだ。「ヴァニラ画廊」の「バイロス蔵書票展」の案内状の文章から引用させてもらうことにする。

 「薔薇の画家とも異称され、甘美で洗練されたエロティックな幻想世界を描いた、世紀末芸術を象徴する画家、フランツ・フォン・バイロス(1866〜1924)。

 彼は有名小説の挿絵や創作画集で知られると同時に、ウィーン内外の好事家たちの依頼により、蔵書票を数多く制作していました。

 秘密の花園で繰り広げられる淑女たちの淫靡な悪戯を覗き見するかのような背徳的ムードを持つ彼の作品は、蔵書票という極めて個人的な制約の下でつくられる時、その魅力を最大限に発揮されることでしょう。

 観る人を匂い立つような官能的幻想へと誘うバイロスの蔵書票。その蔵書票をここまで多く、さらに一堂に集めた展示は、おそらく日本初ともいえるのではないでしょうか。

 紙の宝石ともいうべく精緻で美しいバイロスの作品の数々をぜひご覧下さい。」

 バイロスの作品って初めて見た時、すぐにとりこになって、その魅力にはまってしまう人と生理的に嫌だなと思ってしまう人と分かれるのでは。

 僕が長い時間をかけて苦労して集めたコレクションなので、ぜひ、この機会に足を運んで見に来てもらいたいものだ。

 2月5日(金)から2月13日(土)まで。日曜は定休、12時〜19時(平日)、12時〜17時(土・祝・日)、今回は日・祝も休まず営業。入場料500円。

 2月6日(土)に特別トークイベントを日本書票協会会長で蔵書票のコレクターとしては日本一の内田市五郎さんを招いて開かれる。「西洋の蔵書票」などの著書もある方だ。僕もトークに参加するので、ぜひご参加下さい。入場料1000円(1ドリンク付き)で17時開場。

 バイロスの研究家で著書を持ち、僕にバイロスのことを教えてくれた山本芳樹さんは数年前に亡くなられている。

 山本さんは、バイロスは無類の女好きだと言っていたが、僕はバイロスがゲイだったからこそ、退廃的で淫靡な絵が描けたと確信している。

 その辺の詳しい話はトークでしゃべりたいと思っている。

 僕の貴重なバイロスのコレクション。本当はバラバラにして売りたくはない。全ての作品をまとめて購入してくれる人が現れることを期待しているのだが。

Photo_2山本芳樹さんが残したバイロスの研究書。


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月28日 (木)

大きくなった「古書ビビビ」を応援しよう!

 駒沢大学の国文科の出身で、僕のずっと後輩の馬場幸治君が経営する「古書ビビビ」が、茶沢通りに面したタウン・ホールの筋向かいにある。

 何ヶ月か前に鈴なり横丁の小さなお店から何倍も広くなったお店に移ったばかりだ。下北沢駅の南口に下車して、小田急バスが折り返している車庫が1階にあるタウンホールを目指してくれば、すぐに見つけられる。駅から5、6分というところだろうか。

 お店を移したときに、イベント好きの僕が派手にオープニング・パーティを開いたらと提案したら、即座にそういう派手なことは嫌いだと断られてしまった。とにかく今どきの若者には珍しく地味で堅実な人柄なのだ。

 家賃が倍以上になるのだから、大きな店に移るということは、かなり勇気のいることではないか。人生の賭けみたいなものだと思うけれど、彼のことだから地道に計算して勝算ありと確信してのことだろう。

 馬場君との出会いは、竜超君が編集してくれて2007年の春号(NO.392)の『薔薇族』を季刊で復刊したおりに置かしてほしいとお願いしたときからだ。最初は古書店だから新刊本を置くわけにはいかないからと断られてしまったが、何回もお願いして置かせてもらうようになった。

 それから『薔薇族』の初期の頃、藤田竜君が表紙絵を書いていた頃の針金とじのものや珍しい単行本とかも売ってもらっている。

 新しいお店がオープンのときには、新潟の「ロマンの泉美術館」で売っていた、ルイ・イカールの絵葉書を持ってきてお客さんにプレゼントして差し上げたので喜ばれたようだ。

 僕は、頭が悪くて勉強ができなかった学生だったのに面倒を見てくれた世田谷学園駒沢大学に恩義を感じているので、誰よりも愛校心が強い。同窓会には必ず出席しているし、世田谷学園の同期会は、長いことおせっかい焼きを続けている。

 そんな僕のことだから、後輩が経営する「古書ビビビ」を潰すわけにはいかない。これからも応援していくので、僕のブログを見てくれている人、ぜひ、「古書ビビビ」に足を運んでほしいものだ。

 僕の先妻の舞踏家、伊藤ミカとの出会いから事故死するまでの15年間を描いた『裸の女房』(彩流社刊・定価2100円)は、読んでくれた人は良かったと言ってくれるのだけど、まだ「古書ビビビ」に2冊売れ残っているので、気になって仕方がない。

 デザイナーであり、イラストレーターでもある宇野亜喜良さんが、もっとも活躍していた60年代。ミカのために「オー嬢の物語」「愛奴」「静かの海の恐怖」のポスターを3点とも制作してくれた。42、3年も前のことだ。これらの作品を長い間保存しておくのは並大抵のことでなかった。

 10年以上前に宇野さんが『薔薇族』の表紙をデザインしてくれていた頃、ポスターを3点持っていってサインをしてもらった。その時のポスターを額装したものを「古書ビビビ」に展示している。

 僕もそう長くは生きられないし、この3点を大事にしてくれる人がいたら、お譲りしたいと思っている。印刷はシルクスクリーンという印刷で特殊な印刷だ。お求めの方に宇野さんのサイン入りポスター集と『裸の女房』もサインしてプレゼントする。

 貴重なポスターなので、ぜひ、「古書ビビビ」に見に来てほしいものだ。

 ★「古書ビビビ」 〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-40-8 ℡03(3467)0085 午後12時〜午後9時まで、火曜定休

Photo「愛奴」のポスターの前で。宇野亜喜良さん。


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月25日 (月)

「高円寺NOHOHON」イベントのお知らせ

 「高円寺NOHOHON・こうえんじ・のほほん」は、丸ノ内線の終点、荻窪の少し手前の「東高円寺駅」から歩いて3分ぐらいのところにある。

 新宿から荻窪行きの丸ノ内線に乗って、「東高円寺」まで10分ぐらいのところだ。そこに復刊『薔薇族』の編集人、竜超君が小さいながらも一軒家の集会所を借りた。

 ゲイ・バアやハッテン場などには行けない人、話し相手がいなくて寂しい思いをしている人、本当はネットなど使えなくて話し相手を見つけられない、かつては『薔薇族』の読者だった人などに気軽に足を運んでもらいたいと考えての集会所だ。

 僕もかつては新宿に「伊藤文學の談話室・祭」をオープンさせて、ゲイ・バアやハッテン場に足を踏み入れられない読者のために開放し、多くの読者に喜んでもらったことがあった。

 竜君の考えに賛同して、毎月、最後の土曜日の3時からの会合に僕も参加している。もう3回ほど通っただろうか。集まってくれる人は若い人たちで、ネットを見てきてくれるのだから、僕のようにネットなどいじれない人には知らせようがないという悲しさがある。今月は1月30日(土)3時からだ。

 新宿の「伊藤文學の談話室・祭」には、ノートを置いていた。それに書き込む人がいると、それに応えて次の人がまた書き込む、という具合で、ノートの数がまたたく間に増えていった。

 そのうちに個人のノートを置く人も増えてきて、その人のファンが増え、いろんな悩みや感想などを書き込む。まさに今の時代の2ちゃんねるとかのはしりだったのでは。

 その中には人気のあるノートもあって、みんなが読みたがったものだ。「祭」を閉店してから20数年が経過しているが、その時のノートを大事に保存していた。ほとんどは無くなってしまったが、当時の『薔薇族』の読者が何を考えていたのかを知る、貴重な資料といえよう。それを集まった皆さん意見て頂きたいと考えている。

 それと「不思議なナゾのおじさん」と、河出書房新社から発行した『薔薇族の人びと その素顔と舞台裏』(本体2000円)の中でも紹介している、間宮浩さんが撮影した、ビデオの創世記の頃の貴重な作品もお見せしようと思っている。

 女性も遠慮なく参加してほしいものだ。「高円寺NOHOHON」の場所は、ネットで検索すると、詳しく書いてあるそうだ。

 会費は茶菓子付きで1000円だ。ぜひご参加下さい。お待ちしております。

Nohohon


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年1月18日 (月)

ホームレスの自立を応援しよう!

 下北沢駅の南口、井の頭線のガード下に雑誌を高くかざして立っている男性がいる。この雑誌は、ホームレスの仕事を作り自立を応援する「THE BIG ISSUE JAPAN ビッグイシュー日本版」だ。

 「ビッグイシューは、ホームレスの人々に収入を得る機会を提供する事業として、1991年に英国ロンドンで始まりました。ビッグイシューを創刊し、その基礎を作ったのはジョン・バードです。
 雑誌販売者は現在ホームレスか、あるいは自分の住まいを持たない人々です。
 最初、販売者は、この雑誌10冊を無料で受け取り、その売り上げ3000円を元手に、以後は140円で仕入れ、300円で販売し、160円を彼らの収入とします。」とある。

 月に1日と15日の2回発行されていて、2010年1月1日号で134号になる。

 この雑誌は創刊された頃は、マスコミも取り上げていたので、どういう雑誌かということを僕も知っていて、渋谷の街頭で何度か買い求めたことがある。

 下北沢で販売者を見かけたのは最近のことだが、下北沢の街を歩いている若者たちは、この雑誌がどういう雑誌なのかを知らないのでは。

 最近、不景気のせいか、ホームレスの姿を見かけることが多くなってきた。僕が住んでいるマンションの向かい側のビルの1階は、「ととしぐれ」という居酒屋だが、店の周りが縁側みたいになっていて、店に入らなくても、縁側に座って飲んだり食べたりできるようになっている。

 昼間の店が開く前に日当りのいい縁側でいつも寝転んでいるホームレスがいる。そこを通るたびに気になるので、わずかばかりのお金をあげている。

 我が家のマンションのテラスから見えるところが小さな公園になっている。ベンチが二つあるのだが、朝からずっと座っている人がいるので、女房に1000円札を1枚持たせてやった。

 男性かと思ったら老婆だったようだ。夕方近くまで座っていたから、どこに寝泊まりしているのか、コンビニで弁当でも買って食べたかもしれない。

 「ビッグイシュー」という雑誌、34頁という薄い雑誌だが内容は濃い、よくできた雑誌で300円の価値は充分にある。

 2003年の9月創刊以来、2009年8月末までで、ビゥグイシューの実売数は約349万冊となり、ホームレスである販売者の人々に4億4480万円の収入をもたらすことができたとある。

 新春号の特集は「緑の地球ネットワーク」の18年で、中国での山西省大同の、年間400ミリしか雨が降らないという土地に、18年間で1770万本の苗木を植えてきたという話が紹介されている。それも日本人の手によってでの話だ。

 戦前にパールバックというアメリカの作家が書いた「大地」という本を父が勤めていた第一書房から出版され、ベストセラーになって輪転機で印刷したという話を父から聞いたことがある。

 ほとんど忘れてしまっているが、中国の農民を描いていて大地に生きる農民のたくましさを力強く表現していたと記憶している。

 すごい日本人がいたものだ。たかみ・くにおさんという人、1年の3分の1を中国の山西省農民で過ごして植林活動をしているという。

 「中国には『木を育てるには10年、人を育てるのは100年』という古い言葉がある。緑の地球ネットワークの活動は、大地に木を植えるだけでなく、人の心にも木を植え続けているかもしれない。」

 何事も長く続けるということが大事なことなのだ。街で雑誌を売っている人を見かけたら、買ってあげてほしいものだ。

Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月14日 (木)

人間ひとりでは生きられない!

 今年も300人もの友人、知人から年賀状をいただいた。ありがたいことだ。

 20年も前に女房の古里、新潟県の弥彦村に「弥彦の丘美術館」と「ロマンの泉美術館」をオープンさせたので、そこで出会った人も、かなりの数になる。新潟の人たちだけでも50名から年賀状が届いた。

 「ロマンの泉美術館」を失った新潟は寂しいです。でもファンは沢山いますので、新潟を忘れないで下さいね!と添え書きしてくれたのは、新潟市に住む柳京子さんだ。

 美術館でイベントを開くと、いつも参加してくれたオシャレな奥様で、家中、薔薇のグッズでうずめつくされている。

 柏崎市に住む土田新吾さん。海沿いにでっかいホテルを経営し、トルコ文化村といくつかの事業も。しかし、不況には勝てなかった。「いろいろあった昨年でした。それでもしぶとく生きております。」

 短い言葉から、すべてを失ってしまっても生き抜いている土田さんの姿が見えるようだ。

 本の問屋の最大手の「トーハン」の副社長を最後に引退された安井一男さん。仕入れの窓口にいた頃からの長いお付き合いだ。僕が開くイベントには、いつも出席してくれた方だ。「出版情熱には敬服しています。益々のご活躍を祈念いたします。」

 この方は、「トーハン」の雑誌仕入課の課長時代、『薔薇族』の創刊号の見本を持って、全国の書店に配本してほしいとお願いしたときに引き受けてくれた恩人だ。

 かつて『薔薇族』のような雑誌は、扱ってくれなかったのだから、ゲイ雑誌すべての恩人といえる。笹子冨士彌さんの名前を忘れてはいけない。「トーハン」の重役にまでなられて引退されている。「いろいろと、ご活躍のご様子、感服いたしております。今後も頑張ってください。」うれしい言葉だ。

 お二人とも講談社で長いこと活躍されて引退されている方だ。

 白川充さん、奥さんに先立たれて落ち込んでいたが、少しずつ元気を取り戻してきているようだ。「いやな時代ですね。しかし生きなければ。」

 田中忠宏さん、この方も講談社が元気な頃働いていた方だ。「いろいろな苦境にめげず、頑張っておられるお姿に感服しております。」

 人間一人では生きられない。多くの人たちが僕の支えになってくれているので、なんとか生きていられるのだ。

 この方とは『薔薇族』の編集に努力をしてくれていたM君と新宿高校時代の友人だ。M君の息子さんが結婚式を挙げたおりに、偶然隣り合わせになった方だ。

 東大の法学部出身の方で、当時は刑事局長だったと記憶しているが、『薔薇族』の話などを食事をしながらしゃべったと思う。

 それからのお付き合いで、『薔薇族』が発禁処分になるようなことがあったら、この方にお願いして助けてもらおうと思ったこともあったが、そんなことをしないで終わってしまった。

 松尾邦弘さん。年賀状だけのお付き合いだが、なんと松尾さん、どんどん出世されて、最後は検察庁長官にまでのぼりつめてしまった。現在は引退されて弁護士さんになられている。

 一度しかお会いしたことがないのに、それも20年以上も前のことだ。短い添え書きには重みがあった。「どうぞ、お元気で今年も御活躍下さい。期待している者も多いことと思います。」

 「期待している者」とは、『薔薇族』の読者のことだろう。ありがたい言葉ではないか。

Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 7日 (木)

「バイロス蔵書票展」がヴァニラ画廊で!

 1991年(平成3年)3月に、読売新聞社から『アール・ヌーボー・アール・デコ』(本体価格2330円)という「よみうりカラームックシリーズ」という豪華な大判の雑誌が出ていた。

 第5集とあるから、不定期ではあるけれど次々と出されていたに違いない。このシリーズの他に『西洋骨董』というシリーズも出されていた。

 この号に、僕は「イカール追想ーー人との出会い、モノとの出会いーー」という原稿を書かせてもらっている。

 同じ号に山本芳樹さんという方が、「ウィーンの装飾画家・侯爵フランツ・フォン・バイロス」という記事を載せている。僕が一番関心を寄せていたバイロスのことなので、ぜひ、山本さんという方に出会ってみたかった。

 編集部に電話をして、山本さんの電話番号を聞き出して電話をかけた。神戸に住んでいられて、上京したおりに会いましょうということになった。

 1992年2月20日とある、山本芳樹さんの豆本『バイロス侯爵の蔵書票』をサインしていただいた。おそらく初めてお会いした赤坂のホテルでのことだろう。

 それから急速に親しくなって、山本さんが館長をしていた、神戸風月堂が経営する「ゴーフルリッツ」というホテルの中の一室で、山本好みの本ばかり集めた図書室に、何度もお邪魔したことがあった。

 利益にはならなかったのだろうが、東京から講師を招いてイベントを催したりもしていた。いい時代だったのだろうが、こんな贅沢なことをさせてくれていた風月堂の経営者もすごい方だ。

 山本さんの書かれたものによると、「ロココの艶治な装飾性と優美なアール・ヌーボーの優越感を兼ね備えた耽美幻想の世界を精緻に描いた彼の作品は、エロス的な題材をテーマにしても、優雅で気品を漂わせた見事な出来映えである。とくに蔵書票の制作では世界最高の画家といわれながらも、彼の名は一般の美術史にはない。
 その理由は、彼が主に挿絵と蔵書票の専門画家、しかも、その作品の相当数がエロス的で、富豪や愛書家のための秘められた少部数限定の特殊豪華本の挿絵や蔵書票が主な仕事であったため、一般の人々の眼に触れる機械が少なかったことと、彼の経歴や作品の全貌がいまひとつはっきりしないことにも原因があるように考えられる。」

 同じ時代に活躍したビアズリーは、日本で知られているが、バイロスの名を知っている人は少ない。

 京都のサバト館(難しい字なので、今思い出せない)から、10数年前だったろうか。『バイロス画集』が出版されたことがある。神奈川に住む男性が、勤め先の帰りに東京駅の近くの書店でこれを見たら、オチンチンが丸出しではないか、これはワイセツだと神奈川県警にたれ込んだ。

 警察も美術館に問い合わせをしたりしたが、誰もバイロスを知らない。これはワイセツだとサバト館の女主人は10数日、留置場に入れられてしまった。

 京都大学の教授だった生田耕作さんをはじめ、京都在住の知識人が、いっせいに警察に抗議をしたので警察も驚いて不起訴にしたのだが、この時、新聞に大きく報道されたので、バイロスは妙なことで世間に知られることになってしまった。

 『薔薇族』も4回も発禁処分を受け、NHKのニュースでも取り上げられたので、かえって知名度が上がってしまったのと似ている。

 バイロスが兄一人と姉二人の兄妹の末っ子であること、ヨハンシュトラウスの長女と結婚して1年足らずで離婚してしまったことなどから、僕はバイロスは同性愛者だったと思っているが、山本さんはそういわれることを嫌っていた。

 なにはともあれ、僕がコレクションしていたバイロスの素晴らしい作品を2月5日(金)から13日(土)まで、、銀座のヴァニラ画廊で「バイロス蔵書票展ーー世紀末の甘美な夢」として開催される。入場料は500円。2月6日(土)17時開場で、『西洋の蔵書票』の著者でもある、日本書票協会会長・内田市五郎先生を迎えて、特別トークイベントを開催する。入場料1000円(ドリンク付き)。僕も参加するので、ぜひ、見に来てください。もちろん、作品も即売します。これだけのコレクションをすることは、もう不可能でしょう。山本芳樹さんも故人だし、すでに神戸風月堂のホテルも存在しない。

Photo


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 4日 (月)

僕は人との出会いにめぐまれていた!

 「蔵書票」といっても、その意味を理解できる人は少ないのでは。中国から伝えられて、印鑑を本に押す「蔵書印」といえば知っている人は多いだろう。

 欧米には、印鑑というものがないから、500年ぐらい前にヨーロッパの貴族たちが、その家に伝えられる紋章を所有する本に貼ったのが蔵書票の最初だといわれている。

 その当時の書物は羊の皮に書かれていて、それを綴じて本にしていたので、その数も少なかった。

 印刷技術がドイツなどで進歩してきて、印刷されたものが本になる時代になってきて、書物の数が増えてきた。

 貴族の家に書物の数が増えてくると、その所有をはっきりさせておくことが必要になり、サインのかわりに考えだされたものが蔵書票だった。

 蔵書票のことをエキス・リブリスともいう。それはラテン語で「誰々の所有」とか「誰々の著書」という意味だ。

 蔵書票を貼る位置は、本の表紙を開くと見返しと呼ばれる無駄な頁がある。そこに貼ったものだから、書物よりも大きいものはない。

 最初は、貴族の紋章を銅版画で刷ったが、19世紀になってからは版画家に依頼して、それぞれの好みの絵を書かせるようになってきた。

 絵というものは大きいからすぐれていて小さいからよくないというものではない。蔵書票というのは、葉書大ぐらいの小さな絵だが、僕は短歌や俳句のようなものだと考える。

 小さな絵の中に、必ずエキス・リブリスという文字を入れる。それと依頼者の名前、制作した版画家の名前も。そうしないと普通の銅版画との違いがわからなくなってしまうからだ。

 そうした約束事というか制約があって、その中で表現し、小さな紙片の中に依頼した人と制作する版画家との思いがこめられる。

 そんな制約の中で凝縮して表現され、しかも小宇宙が存在するゆえに「紙の宝石」とも呼ばれるゆえんでもある。

 1991年の正月のことだった。内藤ルネさんがコレクションするアンティークのお人形を展示する「内藤ルネ・ロマンチック人形コレクション」が宇都宮の東武デパートの催事場で開かれた。

 藤田竜さんに誘われて見に行ったが、催事場の片隅でこじんまりと地元のお医者さんの関根蒸治さんという方が、ご自分のコレクションの蔵書票と豆本を展示しているのが目についた。

 それを見た瞬間、足がすくんでしまった。蔵書票の存在は知っていたが、実物を見たのは初めてで。「これはすごい」と、ただただ感じ入ってしまった。そのとき偶然に会場を訪れた関根さんと出会わなかったら、それほど蔵書票にのめり込むことはなかったろう。

 もっと西洋の蔵書票を知りたいという思いが強くわいてきて、渋谷のパルコの地下にある洋書屋に、蔵書票の参考書がないものかと訪ねてみた。そのとき親切な女店員さんに出会って、ドイツ人で蔵書票に詳しい人を紹介してくれた。

 日本語が上手な方だということで、教えられた電話をかけたら、荻窪駅の前までクルマで迎えにきてくれた。

 この人に出会わなかったらドイツのオークションに入札して、次々と蔵書票を手にすることはできなかったろう。

 人との出会いって不思議なもので、いろんな人との出会いから世界でも初めての蔵書票を展示する美術館をオープンさせてしまったのだから。(つづく)

Scan_1


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 2日 (土)

娼妓をした女の結婚は幸福

 祖父が体を張って、多くの娼妓たちを自由の身にさせても、すぐに元の娼妓に戻ってしまうのではと沖野岩三郎さんも考えていて、祖父にそのことを質問した。それに対して祖父はこんな風に応えている。

 「その質問の裏には、自由廃業にケチをつけたいという気持ちがあるのでは。世間の人たちは、そこに疑念を抱いて自由廃業を面白いやり方でないと避難する人が多いようだが、それは娼妓稼業がどんなに苦しいものだということを知らない人がいうことです。
 今、私がある期間に取り扱った300人の廃業者が、どんな人と結婚したかをお目にかけます。といって伊藤君はノートブックを机の上に置いて、大きな手でそのしわをのばした。そのノートブックには、美しい文字で左のような統計が記されていた(全部を書くことはできないが、いろんな職業の男性と結婚している)。
 工場職工・37 会社員・16 人力車夫・11 日雇い労働者・10 大工職・10 印刷職工・9 船頭・6などなどだ。
 娼妓をした女の結婚は、意外と幸福です。なんといっても人生のどん底を見て来た人間ですから普通の女の知らない苦労を知っているので、自然と亭主に対する心遣いもいいのでしょう。
 ただ一つ悲しいことは、子供ができないことです。しかし、まったくできないわけでなく、この統計中の理髪師の妻君となったひとりは、5年間も娼妓だった女でしたが、結婚後、間もなくまるまるとした男の子を産みました。
 それから工場の職工の妻君になったのも、会社員の妻君になったのも、男の子が生まれ、建具屋の妻君になったのも、同じく男の子を産んで4人が4人とも達者に育っています。
 この300人中に、廃業前に出産したものが18人ありました。ところが不思議なことに、そのうちの17人までが女の子でした。しかも、その18人の子供は、たった4人しか育ちませんでした。
 娼妓稼業中に産む子供が9分9厘までが女の子で、廃業後産まれた子が、みんな男の子だということに何らかの理由があると思われます。」

 救世軍のすごいところは、廃業して自由な身になった女たちに、職業訓練をさせる施設を作り、和服の仕立て方を教えたりしたようだ。

 僕の代になって、無宗教なので救世軍からお誘いの手紙が来るが一度も行ったことがない。

 多磨墓地に立派な救世軍の墓地があって、祖父、祖母、父、母の遺骨も分骨してあるが、最初何度か墓参りに行ったが、今は伊藤家の墓にしかお参りに行っていない。

 救世軍の本営は神田の神保町の小学館の隣のビルにあり、父も母も救世軍の会館で葬儀をしてもらった。

 救世軍は、今も日本で活動を続けているが、今の時代に合わないのか、軍律が厳しいのか、救世軍人の数は数千人しかいないようだ。

 救世軍の創世記には、山室軍平という偉大な指導者がいて、その下で働いた祖父は働きがいがあったのだろう。

 僕のブログを読んでくれている若者たち、廃娼運動なんて興味を持たないだろうが、ひとりでも興味を持って、その歴史を研究してくれる人が出現することを期待している。

Photo


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年1月 1日 (金)

188年、働き続けなければ、借金が返せない!

 僕は数学の才能はまったくないけれど、祖父は数字に強かったようだ。遊郭の樓主に雇われた暴徒らに重傷を負わされた1ヶ月後に、『娼妓解放裏話』の著者、沖野岩三郎さんが、救世軍の本営に伊藤君(僕の祖父)を訪問すると、頭部へななめに包帯をまいた伊藤君は、しきりにそろばんをぱちぱちいわせていた。

 樓主に買われた女性たちが、どんなに毎日男にもてあそばれて働き続けても、借金は減らずに増えてばかりだという計算をして、女たちを自由廃業させて救い出すことが大事だということを数字で示したかったのだ。

 「実に驚いた話です。今まで僕のところへ廃業したいからといって救いを求めて来た娼妓の中の158人に、樓主との貸借関係がどうなっているかと聞いた問いに対して、正確に自分の借金がどのくらいあるかを答えられた女は、わずか70人だけでした。
 この70人を廃業させたときに、くわしくその貸借関係を調べてみると、一人分の前借金は、平均337円74銭(今どきの人には、現在ならいくらくらいなのかわからないと思うが)、総計で金2万3千6百41円80銭になっていました。
 70人の娼妓が悲しい稼業をさせられた、歳月は合計で1百86年10ヶ月の間、肉をひさいで、やっと3百28円55銭しか、前借金を償却できていない勘定になっています。つまり彼女らは平均2年8ヶ月ずつ、淫売をさせられて、1人前、たった4円69銭3厘の借金払いしかできなかったのです。
 さんざん淫乱男のオモチャにされて、死ぬほどの苦しい思いをしながら、1カ年にわずか1円75銭9厘、1ヶ月に割り当てると、たった14銭6厘6毛、1日平均4厘9毛弱ずつしか借金が返せないという仕組みになっているのです。
 娼妓に自由廃業を救世軍がすすめることを悪事でも犯すかのように思う人たちは、この計算をひととおり見るがいい。今、この70人が自由廃業をしないで、正直に樓主の言いなり放題になって、稼いで前借金のなくなる日を待つとしたらどうでしょう。
 1日平均4厘9毛では、実に188年10ヶ月と6日の長い年月を稼げなければならない計算になるのです。
 いかに病気をしない女性であっても、娼妓を188年10ヶ月も勤められるはずがありません。どうしたって1日も早く、公娼全廃まで、こぎつけなければならないが、まず今日のところでは、娼妓自身に「自分たちはお金で買われたからだではない」という自覚だけでも与えてやりたいのです。
 伊藤君は、もう洲崎に起こった、恐ろしい迫害も、暴行も、とんと忘れてしまったように、熱心に自由廃業のことを考えているらしい。」

 いくら働いても借金が返せない仕組みになっていた女性たち。みんな貧しい家の娘たちで、教育を十分に受けられなかったから、樓主の言うままに働き続けたのだろう。
 
 祖父たちの働きもむなしく、公娼制度は昭和32年の売春防止法の成立まで続いたのだから、なんとも情けない話ではある。

 売春防止法は、男と女との話で、男と男の売春は禁止されていないというのも妙な話だ。

 桜の花が咲く頃になると、「おいらん道中」などを観光の目玉にしているのんきな町があるが、こんな悲惨な話が長い間続いていたことを知ってからにしてもらいたいものだ。

Photo


★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから

◆ご感想・ご相談はこちらへbungaku@barazoku.co.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »