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2010年1月 2日 (土)

娼妓をした女の結婚は幸福

 祖父が体を張って、多くの娼妓たちを自由の身にさせても、すぐに元の娼妓に戻ってしまうのではと沖野岩三郎さんも考えていて、祖父にそのことを質問した。それに対して祖父はこんな風に応えている。

 「その質問の裏には、自由廃業にケチをつけたいという気持ちがあるのでは。世間の人たちは、そこに疑念を抱いて自由廃業を面白いやり方でないと避難する人が多いようだが、それは娼妓稼業がどんなに苦しいものだということを知らない人がいうことです。
 今、私がある期間に取り扱った300人の廃業者が、どんな人と結婚したかをお目にかけます。といって伊藤君はノートブックを机の上に置いて、大きな手でそのしわをのばした。そのノートブックには、美しい文字で左のような統計が記されていた(全部を書くことはできないが、いろんな職業の男性と結婚している)。
 工場職工・37 会社員・16 人力車夫・11 日雇い労働者・10 大工職・10 印刷職工・9 船頭・6などなどだ。
 娼妓をした女の結婚は、意外と幸福です。なんといっても人生のどん底を見て来た人間ですから普通の女の知らない苦労を知っているので、自然と亭主に対する心遣いもいいのでしょう。
 ただ一つ悲しいことは、子供ができないことです。しかし、まったくできないわけでなく、この統計中の理髪師の妻君となったひとりは、5年間も娼妓だった女でしたが、結婚後、間もなくまるまるとした男の子を産みました。
 それから工場の職工の妻君になったのも、会社員の妻君になったのも、男の子が生まれ、建具屋の妻君になったのも、同じく男の子を産んで4人が4人とも達者に育っています。
 この300人中に、廃業前に出産したものが18人ありました。ところが不思議なことに、そのうちの17人までが女の子でした。しかも、その18人の子供は、たった4人しか育ちませんでした。
 娼妓稼業中に産む子供が9分9厘までが女の子で、廃業後産まれた子が、みんな男の子だということに何らかの理由があると思われます。」

 救世軍のすごいところは、廃業して自由な身になった女たちに、職業訓練をさせる施設を作り、和服の仕立て方を教えたりしたようだ。

 僕の代になって、無宗教なので救世軍からお誘いの手紙が来るが一度も行ったことがない。

 多磨墓地に立派な救世軍の墓地があって、祖父、祖母、父、母の遺骨も分骨してあるが、最初何度か墓参りに行ったが、今は伊藤家の墓にしかお参りに行っていない。

 救世軍の本営は神田の神保町の小学館の隣のビルにあり、父も母も救世軍の会館で葬儀をしてもらった。

 救世軍は、今も日本で活動を続けているが、今の時代に合わないのか、軍律が厳しいのか、救世軍人の数は数千人しかいないようだ。

 救世軍の創世記には、山室軍平という偉大な指導者がいて、その下で働いた祖父は働きがいがあったのだろう。

 僕のブログを読んでくれている若者たち、廃娼運動なんて興味を持たないだろうが、ひとりでも興味を持って、その歴史を研究してくれる人が出現することを期待している。

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コメント

いつも興味深いお話ありがとうございます。

いつか勉強したいです。

投稿: にかめ | 2010年2月 5日 (金) 22時26分

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