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2010年6月

2010年6月25日 (金)

ルネさんの幻の『薔薇族』の表紙絵

 「ナビゲイター」というネットの会社から話があって、3度目の『薔薇族』を復刊させたいという熱心な誘いがあり、76歳の松下芳雄さんと、74歳の僕と、なんとふたり合わせると150歳のコンビで雑誌作りが始まった。

 紙で作る雑誌とネットでも見れる雑誌にするという。平成18年8月、通巻35巻・383号の雑誌ができあがった。『薔薇族』が創刊してから35年目の夏だった。

 383号の表紙は、藤田竜君が描いた創刊号のときの表紙絵を使い、384号の表紙絵は、内藤ルネさんにお願いして描いてもらった。

 その表紙絵が、ルネさんの最後の作品になってしまったとは。その上、「ナビゲイター」の担当者が、原稿が全部入稿してあったのに夜逃げをしてしまい、行方が分からなくなってしまった。4年前のことだ。

 2010年の6月7日、新潟県弥彦村の倉庫へ荷物を片付けに2泊で行ってきた。山のように積まれた段ボールのひとつから、そのときのルネさんの表紙絵と映画評のルネさんのコピーが出てきたではないか。

 まさにルネさんの幻の作品だ。それから間もなくルネさんは天国へ旅立ってしまったのだから。腕に深紅の薔薇の入れ墨をしている若者の裸像だ。

 ルネさんは、「メディアソフト社」から『薔薇族』が復刊されたときに、こんなエッセイを残している。「セクシーボーイズを描く楽しさ。時を経て輝きを増す少年たち。」と題して。

 ルネさんの表紙絵はマンネリだ。古くさい、という若い編集者の声に押されて、ルネさんを降板させてしまった。そのときのくやしさをルネさんはこう記している。

 「(前略)時の流れで表紙絵を描くことをやめることになったときの寂しさ。もっと、もっと描き続けたかったので、残念で悔しかったですよ!(私は今だって『薔薇族』の表紙をすぐにでも描きたいのです。)
 幸いなことにあれだけたくさん描いたルネ・ボーイズの表紙の男の子たちは色あせず、年を加えるごとに自分で言うのはおかしいですが輝きを増していますよ。
 まったく見ているだけで、嬉しくなってくる男の子たち、それが『薔薇族』のルネ・ボーイズなのです。それがホモ男性に、私がプレゼントした少年たちなのです。
 『薔薇族』の表紙の少年たちを描いているうちに、時は楽しく、嬉しく過ぎてゆき、その時間の経過が私の生活の苦しさを忘れさせてくれました。
 不幸な時間を忘れさせてくれたルネ・ボーイズたち、ありがとう!そして伊藤さんの復刊の幸運の持続を今はなによりも心深く祈っています!」

 メディアソフト社が発行してくれた『薔薇族』も8号出して廃刊。その後の「ナビゲイター」での復刊も、2号目、ルネさんが張り切って表紙絵を描いてくれたのに、その出来上がりを見ることなく、ルネさんは亡くなってしまった。

 ルネさんの先人の抒情画で少女の絵を描いていた画家たち。そのほとんどの方がゲイだったのに、好きな少年の絵を描いたのでは商売にならない。少女の絵を描くことで生活していたからだ。

 ルネさんは『薔薇族』と出会ったことで、理想の少年像を描き続けることができたことは幸せなことだったのでは。

 その上、ルネさんは再び脚光を浴びることができた。そんな人っていないだけに、ルネさんの人生って最高だったのかも。

 ☆『薔薇族』NO.395 「内藤ルネ、降臨」号は在庫あります。1000円分の郵便切手を送って頂ければすぐに送ります)

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★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

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★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

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2010年6月24日 (木)

東大に何人入ったかを自慢するよりも

 去る6月4日(金)午後5時から、母校世田谷学園の平成22年度の同窓会役員会が開かれたので、役員である僕は出席した。

 役員もかなりの人数がいるのだが、出席者は少なく20人足らずだった。同期の林秀穎先生が挨拶。

 今年の卒業生は東京大学に4名、一橋大学に10名、東京工業大学に7名、早稲田大学に71名、慶応義塾大学に61名と入学したことを報告。

 最近の世田谷学園は進学校として、目覚ましい発展をとげていて評判がよく、受験する学生の数も多い。校長が胸を張って自慢するだけのことはある。

 僕が世田谷学園に入学したのは、戦時中、それも空襲が激しくなってきて、日本の敗戦が色濃くなってきたころのことだ。その頃の世田谷学園は「ヨタ中」と言われるぐらい、あまり良い学校ではなかった。

 母校が進学校として世間から評価されているのは、卒業生としてこんなにうれしいことはない。

 僕の長男は頭がよく、京都大学の理学部にストレートで入学し、現在はソニーに勤めているが、その息子のことだ。

 国士舘中学には入れたのだが、僕が世田谷学園を進めて前校長の桜井さんにお願いして入れてもらった。

 孫は、僕に似てしまったのか、数学、英語がまったくできない。ずっと塾にも通っていたのだが、高校3年に進級するときに、単位が取れなくて退学処分になっていたのだ。

 孫はそのことを僕に言えずに隠していて、他の高校に転校して大学を受験した。孫はなぜか小学校の先生になりたいという希望を持っていて、教育学部のある大学を何校か受験したのだが、すべて失敗。代々木ゼミナールに通って1年間浪人生活を送り、今年も何校かは落ちたのだが、なんとか「明星大学」の教育学部に入学でき、今張り切って大学に通っている。

 今日、校長の話を聞いていて頭をよぎったのは、僕が会長を20数年も引き受けていた芝信用金庫代沢支店の「芝信会」の総会のときのことだ。

 本店から理事長が総会に出席して、今期は何十億も利益を出し、信用金庫の好調なことをアピールする。

 世田谷学園の校長と同じことだ。信用金庫は街のためにつくしているようなことを言う。会社が利益を上げて儲かっているときはチヤホヤするが、落ち目になったときは悲惨だ。

 江戸時代の悪代官のように農民から搾り取るだけ搾り取る。それとまったく変わりはない。あの手この手で搾り取るだけ搾り取って家と土地まで取り上げてしまう。

 僕の言いたいことは、東大に何人入ったかということも、学園の評判を良くするために大事なことだが、出来の悪い学生も何とか切り捨てないで卒業するまで面倒を見るべきではないだろうか。

 僕のように頭の悪い人間でも、よき仲間の手助けもあって、良い仕事を残せたではないか。

 信用金庫の総会も、学園の同窓会の総会も誰も質問する人はいない。みんな拍手をしてそれで閉会。ばかばかしい話だ。

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2010年6月22日 (火)

昭和の良き時代の異端絵模様に酔いしれよ!

 去る6月7日(月)12時、「バイロス挿絵展」の初日、ブログでも「会場にいます!」と書いてしまったので、10分前に「ヴァニラ画廊」に行く。

 「待っていました!」とばかりに入ってきたのは若い男性。続いては、可愛い色白の美少女だった。

 若い男性は、版画の好きな人で、もちろんバイロスのことはよく知っていた。

 少女も熱心に見ているので声をかけたら、僕のブログを見て知り、静岡からわざわざ見に来たのだという。バイロスのことを全く知らずにだ。

 昨年、東京の大学を受験して失敗、今年もまた失敗して二浪中で、来年に備えているという。

 話を聞いていて、すぐさま孫のことが頭に浮かぶ。僕は浪人をした経験がないが、代々木ゼミナールに通っていた孫の姿を1年間、見続けてきたので、浪人生活ってつらいのではと思ってしまう。

 少女のお父さんも大学受験で二浪したそうなので許してくれているという。少女の家庭環境を聞いて、何となく少女がバイロスに魅せられて見に来た思いが、僕には分かったが、それ以上は聞かなかった。

 丁度、昼時だったので、食事にでも誘おうかとも思ったが、次から次へとお客さんが入ってきたのでやめてしまった。来年はなんとしても目的校に入学できればと祈るばかりだった。

 会場を閉める7時までいたが、若い女性が多く見に来てくれたのはうれしかった。

 次の「ヴァニラ画廊」での展示は、「美濃村晃(喜多玲子)生誕90周年記念展示・昭和異端風俗絵模様」だ。

 美濃村晃さんは、SM画で有名な伊藤晴雨の最後のお弟子さんだ。美濃村さんは、喜多玲子という女性の名前で、大阪で刊行されていた『奇譚クラブ』(昭和27年・1952年6月に創刊され、オイルショック後の1975年、発行人の死により終刊)に挿絵を書かれていた方だ。

 僕との出会いは、昭和46年、『薔薇族』を創刊する以前に、「ナイト・ブックス」と名付けて、エロ本を次から次へと刊行していた頃のことだ。

 その中の5、6点のSM小説ばかりを集めて刊行したときの挿絵とカバアに使った色付きの絵を大事に保存していたのだ。

 いくらも画料を払っていなかったと思うが、実に丁寧に描いてくれていて見事な出来映えだ。上品で身体の線が美しい。

 『奇譚クラブ』は、姿を消した後に、多くのSM雑誌が発行されたが、昭和50年代、60年代には確固として存在し、ため息とともに失われた。わが国が誇りとすべき、知的SM文化がそこにあった。

 『奇譚クラブ ダイジェスト復刻版』(A5判・270ページ、税込み価格2000円)は、(株)ワンツーマガジン社から刊行されている。まだ在庫はあると思うので本格的なSM小説や手記を読んでみて下さい。

 『薔薇族』も初期の頃に掲載された小説、手記も素晴らしい作品があるが、現在の出版不況の中では、本にできないのが残念だ。

 45年もの間、美濃村晃さんの作品を大切に保存していたので、今、みなさんにお見せできることはこんなに嬉しいことはない。

 6月26日(土)午後4時から6時、SMの女王、早乙女宏美さんと美濃村さんのお弟子さんの鏡堂みやびさんを招いて、トークショーを「ヴァニラ画廊」で開く。会費1500円で僕も参加するので、ぜひ、お出かけを!!

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2010年6月13日 (日)

同性愛を違法としているアフリカ諸国

 僕は、「朝日新聞」「毎日新聞」「東京新聞」の3紙を購読しているが、5月25日、26日と3紙とも社説で「児童ポルノ」の問題を取り上げていた。

 3紙とも言わんとすることは同じだ。

 「毎日新聞」はこう書いている。

 「児童ポルノの写真や動画がインターネットで簡単に観られる。ネットに流されると回収不能になり、被写体になった子どもにとっては自分のわいせつ画像が永続的にさらされる。
 児童ポルノがはんらんすることで、子どもへの性犯罪を誘発する恐れも指摘されている。
 09年にネットを使った児童ポルノ事件の摘発は、507件で前年の約2倍となったが、違法サイトは絶えず発生しており、追いつけないのが実状だ。(後略)」

 これだけ3紙が社説で取り上げ問題になるということは、全世界で児童ポルノを観ようとする人たちが数多く存在するという証拠と言えよう。

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 5月25日の「毎日新聞」朝刊に、「アフリカ諸国 強まる同性愛敵視」という見出しで記事が載っている。

 「アフリカ各国で最近、同性愛者への敵視や〝締め付け〟風潮が強まっている。アフリカ南部マラウイの裁判所は、婚約の儀式を行った同性愛者カップルに今月、〝同性愛は不自然な行為でわいせつ罪にあたる〟として、懲役14年の有罪判決を言い渡した。こうした風潮に、アフリカ内外から非難の声が上がっている。(後略)」

 アフリカ53カ国のうち、少なくとも37カ国が同性愛を違法としているそうだ。

 同性愛者は、世界中のどこの国でも、同じ比率で存在している。少年愛者、少女愛者も同じことだ。

 少年愛者、少女愛者がどのくらいの比率で存在しているかは、その数を調べることは誰にもできないが、これだけ「児童ポルノ」の問題が騒がれていても、見ようとしている人がいるということだ。

 どんなに「児童ポルノ」を法律を作って規制し、ネットから抹殺したとしても、どんなことをしても見たいと思っている人たちをなくすことはできない。

 少年が好き、少女が好きということは趣味でそうなった訳ではない。ほとんどの人たちがなりたくてなったのではなく、本能だということだ。

 この問題は、長い間、『薔薇族』を出し続けてきての一番の難問だ。規制する法律を作ることも大事だが、頭のいい人たちが少年愛者、少女愛者が、どのようにしたら法を犯さないで生きて行けるかを考えてほしい。

 児童ポルノを所持しているだけで、暗い所に入るなんていうことがないようにしたいものだ。

 ジンバブエのムガベ大統領は、「同性愛は西洋から持ち込まれた」と発言したこともあるそうだが、こんな国でサッカーのワールドカップが開催され、世界中からサポーターが訪れて大丈夫なのかと心配になってくる。

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2010年6月12日 (土)

人との出会いって、不思議なものだ!

 待ちに待ったイギリスのゲイ雑誌『OUT THERE』(アウト・ゼア)の創刊号が送られてきた。

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 誌名を訳すと、「そこを出よう」とか、「やろうぜ」という意味だそうで偶然だが山川純一君の名セリヅ「やらないか!」に通じるものがある。

 かつてのゲイ雑誌と全く違ったものになるに違いないと想像していたが期待通りの内容になっている。

 1年に2度発行で、全ページオールカラー、200ページ、価格は10ユーロで、編集長とデザイナーと営業の3人だけで制作したそうだ。刷り部数は不明である。

 内容は、世界のゲイ・カルチャー、ゲイ・アーティストのインタビュー記事、アート、そして旅行などを紹介していて、ポルノ雑誌という感じは全くしないが、写真はかえってセクシーさを読者に与えるのでは。

 竜超君のサロン、「NOHOHON 高円寺」(現在のノハラ セイサクショ)で出会った写真家のEKI MORI君、アメリカに留学していたこともあり英語は堪能だ。

 そのMORI君が、僕を取材してくれて写真を撮り、英訳してインタビュー記事をイギリスに送ってくれた。

 別扱いでMORI君の写真も載っているが、『薔薇族』と僕に関する記事を6ページも掲載してくれている。

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 20代の頃の親父とのツウショット写真、スクーターに乗っていた頃の若き日の写真、アメリカのサンフランシスコでのゲイ・パレードに女房と一緒に参加して知事さんと撮った写真など、珍しい写真も載せてくれている。

 1ページを使っての僕の写真、頭がハゲているせいか、かすんでハレーションを起こしているのは年のせいというものの現実は悲しい。着ている背広は700円均一の古着屋で買ったものだが、なんとなく英国製に見えるではないか。

 「FAIRY GODFATHER」とタイトルを付けてくれたが、果たしてふさわしいと言えるかどうか?

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 MORI君、『薔薇族』の創刊から今日に至るまでを事細かに書いてくれているようだ。果たしてイギリス人の目にどのように映るだろうか。メールの番号まで書いていてくれているので、どんな反響があるのか、楽しみである。

 人との出会いって不思議なものだ。竜君のサロンで出会った写真家のMORI君、その人のお陰でイギリスのゲイ雑誌に紹介されるなんて。これからまた、どんな出会いがあるのだろうか。

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2010年6月11日 (金)

初めて救急車に乗せられて

 僕が住んでいるマンションは、茶沢通り(三軒茶屋と下北沢を結ぶ通り)に面している。僕の部屋は茶沢通り沿いではなく裏側なので、車の騒音は入ってこない。

 しかし、消防車、救急車のサイレンの音は微かに聞こえて来る。救急車が1日に何度か通り過ぎることがあり、どんな人が運ばれているのかと考える。

 僕は幸いなことに、78歳になるまで救急車を読んだことはない。女房は十二指腸潰瘍で夜中に痛みだし、3度ほど救急車を要請して、一緒に病院に行ったことはあった。

 まさか僕がタンカで運ばれて救急車に乗せられ、病院に担ぎ込まれるとは。

 5月23日朝、遅い食事をして最近すっかりはまり込んでいる「時代劇専門チャンネル」で、「鬼平犯科帖」と「剣客商売」を見終えて、新聞を見ようと広げたら、なんと新聞がグラグラ揺れだすではないか。

 今までに経験のないことだ。脳卒中かなんかで、このままおさらばかと思ったほどだ。女房がそばにいたので、家庭用の血圧計で計ってもらったら、かなり血圧が上がっているという。

 すぐにベッドで横になったが、グラグラはおさまらない。女房は救急車を要請した。4、5分で救急車は来てくれた。大きなマスクを付けているので顔はよくわからないが、ベテランらしい人と若い男性と若い女性の3人。

 すぐに血圧を計ってくれたが、やはり高いらしい。あちこちの病院に電話をかけて受け入れてくれるかを頼んでいるようだが、日曜日なので、どこも断られ、大橋にある東邦医大病院がやっと受け入れてくれることになった。

 2階から2人に支えられて階下に降り、タンカに乗せられ、スルスルと救急車に乗せられた。ベテランの救急隊員は、僕のことをテレビで見て知っているらしい。

 少し落ち着いたので、『薔薇族』の話をしているうちに、あっという間に病院へ。救急車ってガタガタ揺れて乗り心地が悪い。

 救急治療室に運ばれて、心電図をとったり、指を動かして目の動きを見たりしてくれたのは若いお医者さんだった。

 点滴をされた、レントゲンとCTスキャンとかをとるというので、車いすに乗り、女房が押してレントゲン室へ。

 普段は口うるさい女房であら探しばかりしているが、こんなときは女房ってありがたいものだ。

 どこも悪い所が見つからず点滴も終わったので、タクシーで帰ってきた。日曜日に具合が悪くなると、なにからなにまで高くつく。それでも医療費は1割負担なので、4000円足らずしか取られなかった。

 30年ぐらいまでに『薔薇族』のグラビアページに格調高い写真を撮ってくれていた木村健二君がアメリカから帰ってきて、しばらくぶりに訪ねてきてくれた。

 元大学の教授だったアメリカ人のパートナーが、パーキンソン氏病になり、その看護でまさに地獄を見たそうだ。

 アメリカでは保険に入っていても3割は取られ、医療費に莫大なお金がかかったそうだ。

 僕は、その日の夜には一眠りして、元の元気さを取り戻すことができた。なんだかんんだと言っても、日本に住んでいることは幸せなことだ。

 救急車の乗り心地が悪い方がいいのかも。リムジンのようなのに乗せられたら、それが最後かもしれないからだ。

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2010年6月 6日 (日)

ストライキの戦場が、居酒屋に!

 女房の古里、弥彦村の倉庫を片付けに行って、山のように積まれた段ボールをひとつひとつ開けて、必要なものだけを選び出す仕事は容易なことではない。

 なにしろ75年も住み慣れた家を明け渡したのだから、時間もなく、なにもかも選んでいることができず、トラックで運び込んでしまったからだ。

 僕が自分の目で確かめながらの仕事だから、段ボールの箱をきりくずすのは、2、3日、泊まってのことでは、はかどるわけがない。

 そのひとつの段ボールの中から、こんなものを見つけ出した。昭和34年9月2日発行(1959年)今から51年前のものだ。

 昨年、出版した先妻の舞踏家、伊藤ミカとの出会いから事故死するまでの15年間を描いた『裸の女房』(彩流社)に使わせてもらった、若き日の写真は、すべて当時、主婦と生活社のカメラマンだった橋本信一郎さん(現在は古里の熊本県で娘さんと一緒に暮らしている)が撮影してくれたものだ。

 橋本さんとは永福町にあった朝顔園で、夏休みにずっとアルバイトで働いていたときに、写真大学の学生だった橋本さんが花の写真を撮りにきて知り合った。

 ミカと出会った夜汽車の中でも同行してくれたのは橋本さんだった。橋本さんは写真大学を卒業してから写真雑誌を発行している出版社に勤め、その後、主婦と生活社のカメラマンになった。

 段ボールの中から見つけ出した雑誌のようなものは、『ざ・くら・ばんーーわれわれはかく闘う』主婦と生活労働組合「闘争200日特集」だ。

 橋本さんは、組合員100人の中のひとりで、もうひとり竹内達さん(すでに亡くなっている)は、「週刊女性」に僕ら夫婦をモデルに使ってくれたり、初めて記事を書かせてくれた忘れられない方だ。

 今の若者たちは、働くもののストライキの光景を目にすることはないが、都内のあちこちで赤旗がひるがえり、資本家と労働者はすさまじい対決をしていた。

 『主婦と生活』『週刊女性』を買わないで下さいと組合側は訴える。

 「闘争200日。ロックアウト、暴力殴り込み、官憲の弾圧をひとつひとつはね返された会社が、今はただ一つ頼りにしているスト破り雑誌。文化人の執筆中止を受け、売れ行きが定価し、卑劣な非組合員とスキャップ共によって必死の発行を続ける、この会社の最後の脉膊に、私たちはいま集中攻撃を加えつつあります。ストを長引かせ組合崩壊の幻想を会社に抱かせる拠り所となっている、この雑誌の息の根を止めねばならないのです。(後略)」

 当時の『主婦と生活』と『週刊女性』は、かなりの売れ行きだった。会社側は編集部をどこかに移して、組合側が「買わないでください」と都内のあちこちにビラ配りをしたり、チラシを巻いたりしたが、結果的には一号も雑誌の発行を止めることはできなかった。

 水道橋にある『主婦と生活社』の建物に組合員を入れさせないので、縄梯子をかけて3階まで上り下りしていた。

 資産家と労働者との対決。その憎しみもすさまじいいものがあり、この雑誌を読むと、当時の光景が思い出される。

 僕も橋本さんと一緒にビラ配りをして、あっちこっちと駆け回ったこともあった。

 まさかネットの出現で、『主婦と生活』は廃刊になり、『週刊女性』も部数を落としているとは世の中、変わってしまったものだ。そして、その建物が居酒屋になっているとは。

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