セピア色の古びた写真
小杉敏雄君(子供の頃は、としちゃんと呼んでいた)は、代沢小学校時代の同級生だが、男子のクラスが2クラスあったので、一緒になったことはない。
昭和7年から住んでいたわが家(芝信用金庫にとられてしまったが)の筋向かいに、としちゃんの家はあった。
としちゃんは親父の家業を継いで、大工さんで、親父さんもおじいさんも大工さんだった。
まだ家をとられる前のことだが、としちゃんの家の前を通ったら、古びた写真の束を焼こうとしているところに出くわしてしまった。
セピア色の古びた写真は、おじいさんの時代のもので、大正時代か昭和の始めの頃のものらしい。あわてて僕は焼くのをやめさせて、その写真の束を貰い受けた。
9月1週目の土曜、日曜は、僕が住んでいる町の北沢八幡宮のお祭りだ。その中の1枚は、北沢八幡宮が建てられたとき、建て前のお祝いで、関係者が晴れ着で屋根の上にまでずらっと並んでいる写真だ。
現在の建物は、鉄筋コンクリート造りなので、その前に建てられたときのものだろう。おそらく大正時代か昭和初期のものと思われる。
他にも建て前のときの写真があるが、家を新築するときって盛大にお祝いをしたようだ。
北沢八幡宮のお隣に森巌寺というお寺がある。僕の息子や孫たちもお世話になった淡島幼稚園は、その境内の中にある。
徳川のあおいの紋がつけられているから、徳川のゆかりのお寺なのだろう。徳川時代に植えられたと思われるイチョウの大木が2本そびえている。
その門前に、僕の子供の頃には茶屋があった。明治時代からあったようで、としちゃんの家で経営していたようだ。としちゃんのお兄さんも大工さんだったが、お兄さんの嫁さんとは親しくさせてもらっていた。その嫁さんの話だと、当時、茶店で使っていた氷菓子を入れるガラスの器。僕もコレクションしていたことがあったが、かなり高価で貴重品だ。
嫁さんの話だと、縁の下にそのガラスの器を埋めてあるということだった。家を建て替えるときに、ガラスの器が、続々出てくるのではと、僕は期待していた。
としちゃんにも会うたびに、その話をしてあって、掘り出したらゆずってほしいとお願いしていた。
お兄さんの嫁さん、お兄さんよりも10歳ぐらい年上の女性だったので、すでにかなりの年齢だ。ボケはじめてもいたようだ。
としちゃんの家は、昭和のはじめ頃、建てられた平屋で、かなり老朽化していた。としちゃんの息子たちも成人してきたので、いよいよ建てかえられることになった。
僕は期待に胸を躍らせていたが、土台作りをして掘り起こしても、何にも出てはこなかった。
この前、しばらくぶりにとしちゃんの家の前にさしかかったら、としちゃんが多摩川に釣りに行っての帰りだった。
あゆを何匹か持たせてくれた。青っ鼻をいつもたらして、それを洋服の袖口でふくものだから、こべこべになっていたとしちゃん。
もう近所にも子供の頃の友達って、みんな死んでしまっていない。八幡さまの祭礼の日、太鼓の音を聞くと、そわそわ、わくわくしたものだが、もう、そんな気持ちはなくなっている。いつの間にか年を取ってしまったということか。
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