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2010年9月22日 (水)

ドイツの少年たちが下北沢に!

 講談社発行「昭和二万日の全記録」(平成元年2月発行・全19巻)の昭和13年〜15年を見ると、「ヒトラー・ユーゲント来日=日本の青少年団統合に一石」の見出しがある。

 ドイツの独裁者、ヒトラーの名前を知らない人はいないだろうが、日本は昭和11年11月に日独防共協定を結んでいる。

 「昭和13年8月16日、横浜に入港したナチ党公認のドイツの青少年組織、ヒトラー・ユーゲントの一行30人は翌日、午後零時半、グナイゼウナ号から上陸した。
 横浜港で歓迎を受けた一行は、その日、列車で東京に向かい、小橋一太東京市長、竹下勇大日本海洋少年団連盟総長、鈴木孝雄帝国少年団協会理事長、二荒芳徳大日本少年団連盟理事長、オット駐日独大使らの待ち受ける到着ホームに着いた。
 ヒトラー・ユーゲントは、この日以来、11月12日に神戸港から帰国するまでの90日間、日本に滞在し、各地を巡遊して交歓会を開いた。
 ユーゲントの来日は、11年11月に結ばれた日独防共協定に付随した文化交流の一環だった。
 ヒトラー・ユーゲントは、1922年(大正11年)、ヒトラーが提唱したナチ党青少年運動に端を発し、1926年(大正15年)、ナチ党公認の唯一の青少年組織とされた。
 15〜18歳の青少年からなり、10〜14歳までは少国民隊(ユングフォルク)として組織され、ユーゲントへの準備訓練を受けた。
 1936年(昭和11年)には、ヒトラー・ユーゲント法が成立して、全ての青少年の参加が義務づけられ、1939年には、10〜18歳までの青少年800万人が組織された。
 ユーゲントではナチズムの教育が徹底して行われ、軍事訓練、集団スポーツ、野外訓練、労働奉仕が課せられた。
 来日したユーゲントは、その軍隊式の規律と統制された行動、スマートな制服で強い印象を与えた。」

 ユーゲントは、日本の青少年の一つの目標とされた。昭和6年生まれの作家、山中ひさしさんは「ヒトラー・ユーゲントは、栄養になるものなら、一滴のスープも残さないし、ひとかけらのビスケットも残さない。われわれは、それを見習うべきである」(ボクラ少国民)と教育された経験を記している。

 そのヒトラー・ユーゲントの一行が、なんと下北沢を訪れたという記録が残されている。なんで下北沢を訪れたのかはわからないが、駅前の商店街で歓迎され、整列している写真を見たことがある。

 僕も中学1年生のとき、軍事教練を受けたことがある。それは厳しいものだった。今どきの若者は、全く強制されて訓練を受けることなどまったくない。嫌なら学校に行かなくてもいい。

 何をするのも個人の自由で行動できる。どっちがいいのかは、自分で考えるしかない。

 戦前にドイツのナチスが宣伝用に作られたものだろう。手のひらに入ってしまうぐらい小さな写真集を、僕は2冊持っている。

 ヒトラーという人は、子供が好きだったのだろう。子供たちに囲まれたヒトラーは、にこにこしている。なんでこんなものを僕は買ってしまったのか。どこで買ったのかは全く記憶にないが値段が小さく書いてあった。

 1冊1万数千円、7、80年も前に作られた豆本だから、決して高いとはいえないだろうが...。

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