お女郎さんは、囚人よりもひどい生活を!
僕の祖父は、救世軍の軍人として、吉原などのお女郎さんを大正時代に1000人近い人を自由廃業させた闘士でした。
この伊藤冨士雄さん、ユーモアのあった人だったようで、こんなことを書き残している。
刑務所に収監されいる人たちは、何らかの法を犯している人たちだ。ところが吉原や洲崎などの廓で働かせられている女郎たちは、家が貧しいがために親に売られた女たちだ。
人を傷つけたわけでもなく、ましてや人を殺したわけでもない。本人に何の罪もないのに貧しさ故に苦界にほうりこまれた女たちだ。貧しいが故に小学校すら出てない女も多く、廓の樓主の言うがままに、身体を売って働き続けている。
祖父は女郎たちと囚人との生活を比較している。誰にでもこの非道さを理解できるだろう。
1.懲役人(罪を犯した人)は柿色(当時の囚人服の色)のお仕着せが別段、借金にもならず、暑さ寒さに着せてもらえるのに、娼妓の着物は、下着の果てまで高利の借金をしなければ着ることができない。
2.懲役人は四分六(白米と麦などを混ぜた割合)の食物ではあるが、1日に3度は頂けるが、娼妓は1日2食で、しかも昼夜働かねばならない。
3.懲役人は堅固な一室を無料で拝借できるが、娼妓は部屋代を遊客から払ってもらえなければ、自分の座敷にも入ることができない。
4.懲役人は夜分静かに眠ることができ、祝日には教誨師の教話を聞くことができるが、娼妓は夜分安眠の時間がなくて、祝日は平日の数倍働かなければならない。
5.18人の妊娠した娼妓は、みんな8ヶ月まで稼がせられている。在監中、妊娠した女性は自動車にすら乗せず(揺れるので)、人力車で静かに裁判所に通わせている。
6.在監中に逃走しても、48時間以内に逮捕されたときは、罰則の手心があるが、娼妓は自由廃業して真人間になりたいために、救世軍を訪問したとしても、7日の拘留処分を受けたものが数多くある。
7.在監人は逃亡しても、柿色の囚人服の衣服横領の罪にはならない。娼妓は廃業して廓外に出るときは、その着衣をすべて樓主にとられてしまう。もし、羽織などを着て出るときは衣服横領の訴えを受ける。
8.在監人は刑務所の中でも精勤次第で刑期の3分の2で、仮出獄を許されるが、娼妓には、この待遇法がないばかりか、働いても、働いても借金が増えるような仕組みになっている。
9.在監人は、所内で5、6年働けば5、60円のお金をもらって出所できる。しかし、娼妓には、そんな望みはない。
日本で売春防止法が全面施行され、売春業者に懲役10年以下、罰金30万円の罰則を規定されたのが昭和33年(1958年)4月のことだ。
徳川時代から明治、大正、昭和と貧しいというだけで、奴隷以下の生活を強いられていたことを忘れてはいけない。
安部譲二さん(ヤクザの世界から作家に転向)の「塀の中の懲りない面々」がベストセラーになり、映画にもなった時代。
もう23年も前のことだが、『薔薇族』No.178、1987年11月号に入獄3回、計8年の獄中びっくり話をウリセン・マスターと22ページもついやして僕が対談している。よくもまあ、こんな話をしてくれたものだ。
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コメント
相当娼婦はひどい待遇だったんですね…
知りませんでした
投稿: | 2018年3月19日 (月) 10時43分
とても明確な比較でした。
分かりやすい!目から鱗、です。
多くの方々に読んでほしいです!!!
投稿: おとひめ | 2016年6月 5日 (日) 20時41分