« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011年1月

2011年1月30日 (日)

少将と副官とのある夜の出来事

 「副官とは、元陸海軍の司令部や部隊で、その長を助けた職。また、その軍人」と辞書には書いてある。
少将といえば司令官だと思うから副官は士官学校出の将校だったに違いない。

 「翌朝、ほのかな快感のうちに目を覚ますと、私の横には褌ひとつの少将の巨体があり、私の陰茎は少将によってまさぐられていた。
 私も少将の褌の中に手を入れ、陰毛の中で半ば勃起している弾力のある陰茎をつかむと、ぬめった一物は私の掌中でムクムクと大きくなった。
 少将は褌を外し、片膝を立てて股ぐらを開き、一物をもてあそばせたので、少将の赤黒く光る巨大な亀頭がもみしだかれて、私の指の間からはみ出し、口を開いたその先端から粘液が溢れ出て、太い陰茎や私の指を濡らすさまがよく見えた。
 少将もそのさまを見ながら、太い指で私の陰茎をしごきつつ、深い息とともに巨腹を波打たせていたが、やがて快感に耐えかねたのか、激しく腰を動かし、私の掌中で力強くけいれんする巨砲からは乳白色の精液が噴出して、少将の鳩首のあたりまで飛び散った。
 私もしごきあげる少将の手の中に射精しそうになったが、必死にこらえて腰を引くと、少将は『かまわんぞ』と言いながら私の上にまたがり、亀頭と亀頭とをこすり始めた。
 少将のやわらかい亀頭は、私の亀頭にしびれるような快感を与えながら、吸い付くように動き回っていたが、やがて少将の一物は再び逞しく勃起し、濃い陰毛の中から反り返った。
 少将は私の上に覆いかぶさり、私のものを口の中に含んだので、押しひしがれた私は、脂ぎった少将の股間にこもる休息にむせかえりそうになったが、それにかまわず少将は、私の口に熱を帯びて脈動している太く硬い陰茎を押し込んできた。
 私が、少将の大きな睾丸を包む、汗ばんだ陰嚢を軽くこすりながら、口中の大きな亀頭に唇と舌で奉仕すると、少将もそれに合わせて、口中に含んだ私のものに愛撫を返してきた。
 私は少将の恰幅のよい身体を全身で受け止め、その体温と体臭にひたりつつ、少将の熱い口中にある亀頭から、全身にしみ渡る快感に身を委ねたが、やがてたえきれず少将の口中に射精して果て、その後、ほどなく少将もうめき声とともに汗ばんだ巨体をゆるがせて、私の口中深く、二度目の精液を放ってことが終わった。
 その日、出立のときに宿舎のホテルの前で撮影した記念写真があるが、軍帽に威厳を正し、いかめしい軍服に包んだ巨体をぐっとそらし、軍刀を帯びて立つ威厳あふれる少将の軍袴の股間の豊かなふくらみや、黒光りする逞しい陰茎そのもののような堂々たる長靴を見るたびに、そのときの強烈な体験の一部始終が昨日のことのように鮮やかに思い出される。
 私は、当時の少将よりも年を重ねたが、少将に似た屈強な青年を見かけると胸が熱くなるのを覚えるのである。(東京都・E)」

 セクハラなんて言葉すらなかった時代、「少将と副官」との男と男の激しい肉体のぶつかり合い。うらやましいとも思えるし、貴重な資料と言えるだろう。
 今の自衛隊にも、このようなことってあるのだろうか。あったとしても不思議な話ではないが、こんな話を載せることができた『薔薇族』という雑誌はありがたい雑誌だったと思う。
 
Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年1月26日 (水)

忘れ得ぬ将軍との夜

 今どきの若者は兵隊の階級など関心がないだろうが、大将、中将、少将、大佐と続く。兵隊たちにとっては、神様のような存在だったろうが、将校時代にY少将に副官として仕えた元軍人が投書を寄せてくれている。

 今にしてみれば貴重な投書なので紹介しようと思う。少し長文なので何回かに分けて。

 タイトルは「忘れ得ぬ将軍との夜」とある。

 「私は自適の身にある元軍人であるが、かつて少壮将校時代にY少将に副官として仕えたことがあった。少将は当時50歳ぐらいで、黒々としたひげを鼻下にたくわえた浅黒い精悍な顔と軍服に包んだ壮年の精気がみなぎる恰幅の良い身体からは、将としての威厳をおのずとあふれて部下を圧していた。少将は軍律にはきびしかったが、無頓着な一面もあった。
 例えば、ある年の冬に広い弾薬庫を巡視したときのこと、寒気のきびしい中を長時間の巡視で小便がたまったせいか、少将は本部前に戻った車から降りるや、そこにいた幕僚たちの目があるにもかかわらず、軍袴の前を開き、黒ずんだ陰茎を引き出し、長い放尿を始めたことがあった。そのとき私は、尿の勢いよくほとばしり出る少将の巨大な一物に圧倒されるとともに強く引きつけられる思いがした。
 その翌年の初夏、Y少将の満州巡察に随行したことがあり、なかなかの強行軍であったが、新京を最後の視察地としての任務を完了した。
 宿舎のホテルの一室で陸軍省に提出する報告書を仕上げ、少将に労をねぎらわれてくつろいだ雑談のうちに、いつしか話がその方のことに移ったが、少将はふと声をひそめて話しだした。
 『実は以前、わしが尉山の連隊長だったとき、当番兵にふと魅力を感じて。尺八をやらせとったことがあったが、じつによいものだと、その味が忘れられんのだ。どうだ貴官もひとつやらんか!』
 と思いがけず誘われた。磨き上げられた長靴をつけた太い脚を開いて、どっかりと腰をかける少将の股間は大きくふくらみ、むっくりと動いていて、私は思わずそこに手をやると、かたい大きなものが軍袴の下でうずいていた。
 『閣下、ちょっと出してごらんなさい』と言うと、少将は『では頼むぞ』と言って立ち上がったので、私は少将の軍袴の前ボタンをはずして巨大な一物を取り出したが、隆々と勃起して黒光りする陰茎はゆったりと巨腹を打とうとし、はじけんばかりにふくれた大きな茶褐色の亀頭は赤みを帯びて輝き、二つに割れた先端はにじみ出た粘液で濡れていた。
 一物を口に含むべく少将の長靴の間にひざまづくと、肥厚した亀頭冠の当たりに立ちこめる恥垢のむれた匂いが、私の鼻孔を刺激し、私の陰茎は激しく勃起した。
 少将の脈打つ陰茎は、私の口中で、力強く反り返ろうとしたが、弾力のある巨大な亀頭の先端から太く硬い陰茎の方へ、唇でしごき、舌で刺激を与えながら、喉の方へ陰茎を進ませると、少将は『う〜む、よいのう』とうめくように言いながら、私の頭を押さえ込み、軍服に包んだ巨体をむちのようにそらせ、硬直させて快感を味わっていたが、やがて絶頂に達した少将は長靴で床を踏みならすとともに、私の口中に多量の精液を放出し、それと同時に私も自らの軍服の中に精液を放っていた。(東京都・E)(続く)」

 アメリカの軍隊でも、同性愛者をどう扱うか悩んでいるようだが、男ばかりの世界だから、このようなことがあっても不思議ではあるまい。

 投書してくれたEさんは、ゲイだろうが、少将の人がゲイだったかはわからない。こういう投書をしてくれたEさんには、今となっては感謝するばかりだ。
 
Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年1月21日 (金)

人間ひとりでは生きられない...

 「自殺者3万人超す 13年連続で」の2011年1月8日の毎日新聞の記事はショックだった。

 それはひとつの街の人たちが1年間で消えてしまうということだから。自殺者のうち、男性は2万2178人、女性は9382人で、圧倒的に男性の自殺者の方が多い。

 男性の自殺者2万2178人の中で、男性同性愛者の比率がどのくらいかということを調べることはできないが、僕が思うにはその率は高いと考える。それは結婚(女性と)しないで、ひとりで住んでいる人が多いからだ。それと親族から変わり者扱いされて、親族との付き合いがない人が多いからだ。

 『薔薇族』を出すことによって知り合った読者で自殺した人を思い出すだけでもかなりの数になる。

 『薔薇族』の読者で自殺した人の理由はいろいろあるだろうが、性格的に内向的な人が多いから、うつ病になっても回りの人が気付かずに悪化してしまうということだ。

 それと親身になって相談に乗ってくれる人が少ない。というよりも他人と関わりたくないという人が多いからだ。

 『薔薇族』を出していた頃は、頻繁に読者から電話がかかってきて、いろんな相談に答えたものだ。その頃の電話が今でもあるから遠慮しないで電話をかけてほしい。朝早いのは困るけど。

 僕はひとりで暮らした経験がまったくないので、一人暮らしってどんなものか想像がつかないが。古い『薔薇族』を見ていたらこんな投書が載っていた。「老後を思う」と題してだ。

 「私は今、51歳なので老後(経済生活、病気、死亡、孤独など)のことを非常に心配している。
 この問題はホモの人の問題に限らず、万人共通の問題であるかもしれない。しかし、ホモの人(特に一生独身で通した人、通そうとしている人)にとっては、人一倍、重大な問題だと思う。
 一生独身の人は妻や子がいない。そこが問題なのである。いざというとき、手を貸してくれる人、力を貸してくれる人がいないのである。自分だけなのだ。
 私は今まで、ずっと独身を通してきた。今後もおそらくそうであろう。だから万が一に大病にでもなり、あるいは老衰して、寝たきりの生活になったら誰が自分の世話をしてくれるのであろうか。とても心配だ。それと自分が死ぬ時は、いったい誰に世話になったらいいのであろうか。それが心配だ。
 経済生活の不安に備えては、安月給の中から毎日少しずつ貯金して、あとは年金に頼るつもりだ。しかし、老い過ぎて働けなくなったらと思うと、貯金の額は少ないし心配だ。
 この頃、新聞の自殺記事やひとり病死したという記事がやたらと目につく。自分自身の何年か先の姿を見るような気がしてならないのだ。(東京都・初老生)」

 30数年前は51歳でも初老生だと思っていた。この人の心配事は今でも同じことが言える。

 マンションに住んでいても、部屋の番号だけで氏名が書いていない。出会って挨拶してもそっぽを向いてしまう女性もいる。

 交通事故より、圧倒的に多い自殺者の数、さて、どうしたら少なくできるだろうか。

 うわさによると、この4月の区議会選挙に何人かのゲイの人が出るようだ。この人たち何を訴えて立候補するのだろうか。みんなで考えるしか解決方法はない。

 ★『薔薇族』創刊時からの良き相棒だった藤田竜君が、1月10日に亡くなった。74歳だった。今、ちょっと落ち込んでいるが頑張るしかない...

Photo
藤田竜君が描く表紙画

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年1月19日 (水)

波賀九郎さんの芸術的な縛りを見せたかった!

 「伊藤文学の談話室・祭」での夏季教室、週1回の日曜日に催され、国学院大学教授の阿部正路さん、詩人の高橋睦郎さん、歌手の美輪明宏さん、画家の富田英三さん、そして、最後の週が作家の団鬼六さんを招いたが、団さんとの出会いはこのときが最初だった。

Photo_2

 演題が「責め--その方法と実際」としたのだから、いつもは後ろの方から席がふさがっていくのが、この日ばかりはかぶりつきの前の方からふさがって、定刻頃には立ち見席も満員で外にはみ出すほどの盛況だった。

 団さんの話の内容は、35年も前のことだから記憶力の悪い僕には、全く思い出せないが、読者からの手紙が残っているのを引用させてもらう。東京のT・Hさんからのものだ。

 「団さんは話は苦手だと前置きにもかかわらず、なかなかの能弁でよく話をされた。
 ただ話の内容があまりにも作りものめいていて、小説だったら、そのつもりで読むので抵抗を感じないのですが、ご自分の体験として話されると、何か嘘を感じてしまって、白々しく、むなしく、質問をする気にもなれませんでした。
 しかし、最後のカメラマンの波賀九郎氏の実演?は、若い頃の山谷初男を思わせる非常に素朴な感じのモデルとともに大変にすばらしいものでした。
 気持ちよく太陽の下でいぶされた肌に、レンガ色のランニングシャツとひまわり色のズボンをつけたモデルを波賀九郎氏がシャツを首元までたくしあげ、後ろからぐいぐいと髪を引っ張られて、のけぞったときの半ば開いた口と若々しく伸びた喉、それはロダンの彫刻『囚われ人』を思わせる美しさでした」

 波賀九郎さんは、もうこの世にいないから、あの見事な縛りを見ることはできない。

 団さんはもしかしたら、ご自分では縛ることはしないのではと思うけれど、確かなことはわからない。

 このモデルを見つけ出したのは、僕のようだ。こんなことを書いている。

 「一度、モデルを使って縄で縛ってみたら。そう考えたものの、果たしてモデルになってくれる人がいるだろうかと心配でした。
 ある日、『祭』に来ていた青年の中に、日焼けして真っ黒な青年がいた。何気なくモデルのことを話したら、『何でも経験だからやってみようかな』と、その青年は承諾してくれた。伊豆の海で1週間もかけて焼いたという肌は文字通り真っ黒でした。
 下着は真っ白な六尺褌。ああ、彼ならやってくれるな。そうは思ったものの、当日、彼の顔を会場で見つけたときは、本当にホッとしました。
 そこへお客として現れたカメラマンの波賀九郎さん、波賀さんの顔を見たとき、そうだ、波賀さんに縛ってもらおうと頼んでみた。これは全くのハプニングで始められたのだ。
 いきなり髪の毛を引っ張ってのけぞらせる。縄を、鮮やかにできぱきと、そう手品師のようにかけてから、真っ黒な肌に食い込んでいる真っ白な褌をいきなりほどきにかかる。みんな息をひそめる。見えそうで見えないところで、褌が垂れ下がる。
 そこへコップに水を持って来させて、口に水を含むと、いきなりモデルの顔に吹きつける。首から胸へ、腹へと。
 亀甲縛り。鍛えられた美しい肉体に食い込む縄。それは見事なものだ。団さんがつぶやくように言った『波賀さんの縛りはたいしたものですよ』の言葉が、いつまでも耳に残っている」

 ビデオなんてなかった時代。芸術的な波賀さんの縛りを若い人に見せられないのは、何とも残念なことだ。

Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年1月14日 (金)

伊藤文学の談話室「祭」とは?

 僕のブログのタイトルを「伊藤文学の談話室・祭」と名付けているが、若い人は「談話室・祭」なるものを知っているわけがない。

 昭和51年(1976年)のことだから、今から34年も前のことだ。昭和46年7月(1971年)に『薔薇族』を創刊させてから5年が経っていて、雑誌も軌道に乗り好調だし、僕も若かったので、思いついたことはすぐに実行に移していた。

 読者が昼間から集まれるお店のオープンは革命的な出来事だった。今は亡き親友の国学院大学教授の阿部正路君が命名してくれて「祭」とした。

 廊下を隔てた真ん中には美輪明宏さんのクラブ「巴里」があるので、両方併せて「巴里祭」ということにもなる。いい名前だった。

 多くの読者が集まってくれた「祭」、時代が変わってしまって10数年して店を閉めてしまったが、その時の店名をブログに名付け、多くの人に見てもらいたいと命名したものだ。

 昭和51年8月号に保利精作さんがリポートを「祭の幕はあがった! 5月18日、開店披露パーティルポ」を寄せてくれている。

 当日の熱気が伝わってくるような文章なので紹介しよう。

 「5月18日午後6時少し前、新宿厚生年金会館(今はない)の向かって左側、しょうしゃな白いビル、Qフラットの赤いカーペット敷きの廊下を2階に上がると、奥の突き当たり、右手に美輪明宏さんの『巴里』、それに向かい合って、今夜オープンする『祭』がある。幕が上がる前の緊張した空気が開け放たれた扉口にまであふれてきている。
 浴衣に祭はんてんでピシリときめた中年紳士が受付を預かっていたが、これがなんと間宮浩さん(創刊以来の協力者)、もう一人明るいチェックのブレザーにちょびひげの小柄な嵐万作さん(文章も絵も書き、万能の人でラブオイルのデザインもしてくれた協力者だった)が助手格で。
 定刻前、タクシーで駆け付けた伊藤文学氏に付き添う奥様は、紺色の紗の御召しをきりっと着こなし、どこのマダムかと見紛うばかりの変身ぶり(生来、社交的で男っぽい女房は、その後も着物で店に出て、読者にしたわれた)。
 華やいだサロンに開店を祝いに集まった男たちがたむろし、はじめは人見知りのぎこちなさも流れたが、飲み物もいきわたるにつれ、会話もはずみ、和風に統一されたサロンの提灯が熱気にゆれる。
 伊藤さんが挨拶に立ち、ついで流しの演歌40年の阿部徳二郎さんの喉に100人を越す仲間も入れ替わり唱和したので、近所から騒音公害だと文句が出て、おまわりさんが遠慮がちにかけつける一幕があった。
 10時過ぎに一応、三原橋医院の松原仁ドクター(性病にかかった読者がどれだけお世話になったことか。もう高齢で診療所は閉めている)の音頭による万歳と三拍子の手締めで締めくくった。
 帰る客に挨拶し、送り出す列に藤田竜さんも加わり、『お久しぶり!』と如才ない。
 今宵の集まりは家族的で暖かく明るく、『祭』の誕生にふさわしいイベントでした。さあ、君も『祭』に行こう!」

 竜超君が「祭」について質問している。「どうしてこのような仕事をされているのですか?」

 「間宮浩さんに案内されて神宮外苑の森を深夜訪れてショックを受けました。トイレ、映画館、公園でしか仲間と出会えない。これでは世間から隠花植物と言われても仕方がない。明るいところで仲間で出会えたら、そう思ってオープンさせたのが『祭』でした」

Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年1月12日 (水)

NHK職員が男性の裸像を盗撮!

 僕が購読している朝日新聞、毎日新聞、東京新聞の3紙に小さな記事が載っていた。1月4日の朝刊のことだ。

 「裸体撮影目的でNHK職員侵入・静岡・容疑で逮捕」と見出しにある。毎日新聞が一番詳しく書いてある。平林由梨さんの書かれた記事である。

 「静岡県警沼津署は3日、NHK松江放送局のディレクター、O容疑者(29)(新聞には本名が明記されている)を建造物侵入容疑で現行犯逮捕した。
 逮捕容疑は同日午後4時45分ごろ、静岡県裾野市内のスポーツ施設の男性用シャワー室の更衣室に男性の裸体を撮影する目的で侵入したとしている。
 同署によると容疑を認めており、室内にセットされたカメラに男性の着替えの様子が録画されていたという。
 同署幹部によると、侵入したとされる時間はシャワー室の利用時間外。部屋から出てきた不審な男を利用客が見つけ、駆け付けた警察官が近くにいたO容疑者に聴いたところセットしたことを認めた。
 O容疑者は、この日休みだったという。」

 NHK職員とはっきり書かれてしまっているから、NHKの幹部の人たちは当惑しているに違いない。

 ゲイの人たちの噂話では、NHKの人たちにはゲイが多いと言われている。それは当然のことでゲイの人って優秀な頭脳の人が多いからだ。

 O容疑者は29歳というから『薔薇族』の読者ではないだろう。O容疑者の自宅の部屋も警察は調べるだろうから、おそらく写真やビデオなども出てくるに違いない。

 ゲイの人は、こんなこともあると予測して、普段から隠し場所を考えておくべきだ。

 たまたま妹の娘、さっちゃんから電話がかかってきて、この話が話題になったそうだ。さっちゃんは高校の英語の先生をしているが、今日何人かの仲間が集まった時の話題で、他の女性教師は「変態ね」と言ったそうだ。

 女性の写真を撮って逮捕される男性はよく新聞に載るが、これは「変態ね」とは言われない。ここが僕としても辛いところだ。「ゲイは異常でも変態でもない」と言い続けてきたからだ。

 NHKの幹部の方々にもお願いしたいが、クビなどにしないで寛大な処置をお願いしたい。

 盗撮といえば『薔薇族』が創刊されて間もない頃だったろうか。国士舘大学とか日体大の運動部の部室に学生のふりをして侵入して、カメラをカバンの中に入れて盗撮していた人がいた。

 この人からその苦労話を根掘り葉掘り聞き出して、記事にしたことがあった。これがすごい反響があって、ビデオが大売れしたことがあった。その人も学生たちに見つかったこともあったが、警察につき出されることもなかったようだ。あやまってすんでしまった。

 この人、その努力?があって、後にビデオの大手の会社の社長さんになっている。それこそ身体を張って頑張った努力が報われたのだ。

 NHKと言えば、職員の方で有能な方がおられて、素晴らしい作品を多く残された方もおふたりいる。おそらくこの人たちの作品が、今に紹介されて脚光を浴びる日が来るに違いないと僕は確信している。

 NHKの職員に採用される人って優秀な人でなければ入れるわけがないからだ。この程度のことで一生を棒に振るようなことがないようにしてもらいたいと切に願っている。

Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年1月11日 (火)

SM作家、団鬼六さんとの出会いは34年前のことだった!

 2009年6月に、僕の著書、『裸の女房』(彩流社)を刊行した時の出版を祝う会は、僕の企画で銀座でただの1店、生き残っているキャバレー「白いばら」で催した。

 「白いばら」はホステスさんが胸に出身県の名札を付けている。東京は地方から上京してきている人が多い。お国なまりの方言でホステスさんとおしゃべりしたら心が安らぐのではとお店が考えてのことだ。

P

 お店の外には大きな日本地図が貼ってあって、それぞれの県出身のホステスさんの源氏名が書かれていて指名をすることができる。

 「白いばら」はナマバンドの演奏者がいて、ショウも訓練された女性ばかりの踊り子さんで見事なものだ。

キャバレーというと男性ばかりの遊び場で女性だけでは入りにくいところだ。今の時代、好奇心旺盛で積極的な女性に受け入れなければ何事も成功しない。そこに僕は目を付けたのだ。

 「白いばら」の山崎店長に交渉したら、夕方4時半に開会してスピーチなどが終わって営業時間に入り、ホステスさんも出勤してきて席に座ってくれ、ショウも楽しめる。

 1万円の会費も「白いばら」のサービス値段で安いものだ。見事に僕が考えた通り参会者の半分が女性だった。僕の知人が女性の友人を何人も誘って参加してくれた。

 昨年の出版記念会には、なんと150名もの友人、知人が集まってくれたが、今年は不況続きで参加者が少ないのではと心配したが、それでも80名も参加してくれた。

 このくらいの人数の方が、おひとり、おひとりに声をかけられて、心あたたまるかいになった。昨年に引き続き、僕と同じ年のSM作家の団鬼六さんが奥様と一緒に出席してくれて、スピーチをしてくれた。

P_2
P_3

 団さんとの出会いは、今から34年前、僕が44歳、『薔薇族』を創刊して、5、6年が経ち、一番張り切っていた頃で新宿に「伊藤文学の談話室・祭」をオープンさせた。

 僕は決断が早い。何かをやろうと思えばすぐに実行してしまう。その「祭」の時代のことは、才人、竜超君が編集した復刊号、NO.396『薔薇族』の「特集・昭和51年 さあ、祭のはじまりだ。」を読むと、その頃の熱気が見事に伝わってくる。(この号は残部があります)

 「祭」での夏季教室というのを僕が企画したが、8月中の毎日曜日、講師を招いて話を聞くというものだ。

 その講師陣がすごいメンバーだ。今ならこんなこと実現できるわけがない。

 「日本人と裸祭(裸祭の8ミリ映画を映写)」、これは親友だった、今は亡き国学院大学教授の阿部正路君だ。

 2週目は「同性愛と文学」で、詩人・高橋睦郎さん、3週目はなんと美輪明宏さんの「『紫の履歴書』を語る」。こんな身近で美輪さんの話を聞けたなんて夢のようだ。

 4週目は画家であり、エッセイストの富田英三さん、「ゲイ」という本を出して話題の人、「ホモ風俗の今昔」。

 5週目が「責めーその方法と実際」と題して、団鬼六さんの登場だ。目の前での縛りの実演ということで大入り満員だった。

 なんでテープで録音しておかなかったのかと悔やまれる。美輪さんの講演なんて実現できるわけがないのだから。

 団さんとは、この時が最初の出会いだった。団さん、「白いばら」が気に入られて、自伝エッセイ集「死んでたまるか」(講談社刊、本体1500円)の出版記念と忘年会を兼ねて、「白いばら」で昨年12月28日にパーティを開いた。

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年1月 8日 (土)

クミコさん、紅白初出場おめでとう!

 2010年、大晦日の夜は、僕にとっても嬉しい日になった。あまり有名とは言えなかった時代からの歌手のクミコさんを応援し続けてきたのが、初の紅白に出演したからだ。

 クミコさんと僕とどこで知り合ったのかをどうしても思い出せない。平成元年、1989年の9月号が『薔薇族』の創刊200号で、そのお祝いの会を新宿の「ヒルトンホテル」で盛大に開いた。

 そのときがクミコさんとの最初での出会いで、クミコさんは30代の頃で華やかに歌ってくれた。

 下北沢のカフェ「イカール館」でも、何度も歌ってくれた。新潟の弥彦村。女房の古里に平成5年にオープンさせた「ロマンの泉美術館」、ここには豪華なレストランがあったので、東京からいろんな方を招いてイベントを開いた。

 クミコさんも何度も来てくれて、女房と気が合い、ホテルで風呂に一緒に入り、酒を飲めない僕はほったらかしで夜遅くまで酒を飲んでいたようだ。

 ついに昨年、「祈り」で初の紅白出場が決まった。クミコさんは有名になったからといって、えらぶることなく、2009年6月6日、銀座のキャバレー「白いばら」で開いた『裸の女房の出版を祝う会』には、気軽に出席してくれて伴奏なしで歌ってくれた。

 今年の「やらないか!」の11月の会には、忙しくなってしまって出席してもらえなかったが、紅白出場のお祝いの手紙を出したら、すぐに返事が送られてきた。

 「先日の会には参加できず、心苦しく思っています。『紅白』へのお祝いありがとうございました。地道にきちんと唄っていこうと思います。久美子さんによろしく。クミコ」と書いてあった。

 「紅白」での「祈り」は最高の出来だった。原爆で死んでいった少女への思いが切々と胸を打った。

 それにないよりもクミコさんの笑顔が美しかった。今までに見たクミコさんの中で、一番美しくて愛らしかった。とっても50代を過ぎた人とは思えない。原爆で死んでいった少女が乗り移ったような、あどけない顔をしていた。

 2日の朝日新聞にクミコさんのコンサートが渋谷の文化村のオーチャードホールであると大きな広告が載っていたので、すぐに電話したら、1階は完売で、2階のはじの席しかなかった。紅白の効果ってすごいなと思った。

 「クミコ ニューベスト INORI〜祈り」というCDも、1月26日に3150円で発売されるので、これはぜひ買ってあげてください。

 クミコさんは歌唱力は抜群で、地道に歌い続けてきて、大人をも感動させる歌手だったので、ついにチャンスを捉えて紅白出演をつかみとった。

 紅白、全部観たが、若い歌手の歌っている詩があまりにもお粗末だ。「トイレの神様」発想がよかったので取り上げられたのだろうが、長いだけで詩では感動させられない。

 美川憲一さんは、時間がなくて落とされてしまったそうだが、小林幸子さんの派手な衣装だけが浮いてしまった。

 音楽の世界も変わってしまったのだから、若い歌手とベテラン歌手とはっきり区別すべきではなかろうか。

 今年も僕の遺言だと思って書き続けます。
1日500人以上の人が読んでくれているようなので、少しでもいい話を書き続けなければと思っております。

Photo
   紅白のクミコさん

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年1月 6日 (木)

「死んでたまるか」 団鬼六さんも、僕も同じ歳だ!

 一昨年6月の『裸の女房』の出版記念会、昨年11月の『やらないか!』の出版記念会と、団鬼六さんは、ご夫婦で出席してくれて、スピーチもしてくれた。

 その団さんから「出版記念兼忘年会のお知らせ」が送られてきた。

 「年の過ぎ去るのは恐ろしいもので、ふと気がつけば私も79歳、一瞬、戦慄めいたものを感じます。
脳梗塞、腎不全、食道がんなど、絶えず難病に取り付かれながら、この歳まで生命を維持できたのは、私は病気との付き合いが上手だったのか、無病息災ではなく、多病息災をモットーにしていたかもしれません。(中略)
 このたび、講談社から『悦楽王』に続いて、『死んでたまるか』(本体価格1500円)のエッセイ集を出版してくれることになりました。年の暮れでもありますし、久しぶりに忘年会を兼ねてドンチャン騒ぎをやってみたくなりました」

 会場は、僕が選んだ銀座のキャバレー「白いばら」、団さんも気に入ってくれたのだろう。それも12月28日の4時とある。

 女房と一緒に出席と通知を出したのだが、女房は風邪を引いてしまってひどい咳が出る。どうしたものかと思って、ソニーに勤めている長男に電話をかけたら、すでに会社も休みで行ってくれることになった。

 僕が若い頃はキャバレーの全盛時代、『薔薇族』を創刊する以前は、単行本ばかりを出していたが、江戸川橋にある「大江紙業」から紙を買っていた。

 夕方立ち寄ると、社長が夕食をごちそうしてくれて、それから新宿のキャバレーへ連れて行ってくれる。それも息子も一緒にだ。

 今に僕も息子とキャバレーに行って、一緒に呑もうと思ったものだ。それが79歳になって夢が実現するとは。

 団さんは病気の問屋みたいな人だが、僕はそれほど身体に気を使っているわけでないのに、入院したのは胆石の手術と左膝の人口膝の手術だけだ。

 同時代を生きてきた団さんのエッセイは、時代背景がよくわかるので興味深く読めた。団さんと違うところは頭の構造だ。僕は将棋とか碁とか麻雀などはいっさいやらない。先を読むということができないからだ。

 それに人生経験が団さんとは全く違う。父が大学に入る頃に出版を始めたので、どこにも勤めたことがないし、親元を離れて一人で下宿したこともない。一人で旅行した記憶もない。これでは面白い自伝エッセイなど、団さんのようには書けない。

 講談社のような大手の出版社から本を出すと刷り部数が桁違いに多い。だから定価が上製本で1500円だが、小出版社だと刷り部数が少ないから、並み製でも2000円だ。これでは本が売れるわけがない。

 昭和30年、40年の頃は、小出版社でもベストセラーを出すことができたが、今はよほどのことがない限り可能性はない。

 団さん、昨年の僕のパーティに来てくれた時より、ちょっと元気がない。奥さんが元気な分、影が薄いようなのが心配だ。

 僕でさえ銀座と新潟の弥彦と祝う会を開いたので、ちょっと疲れが出て、2、3日寝込んでしまった。

 世田谷区の後期高齢者の無料の検査を受けたら、腹の回りの脂肪を取らねばと医者に言われてしまった。食物を減らしたのが良くなかった。美味しいものを食べないと元気がなくなってしまう。

 団さんは身体障害者の1級、僕は4級、何をやっても団さんにはかなわない。「死んでたまるか」と「やらないか!」、僕のタイトルの方が希望があるかも。

一期の夢よ ただ狂え
Photo

色気たっぷりの団さんの奥様
Photo_2

阿川佐和子さんと
Photo_3

Photo_4

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »