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2011年1月14日 (金)

伊藤文学の談話室「祭」とは?

 僕のブログのタイトルを「伊藤文学の談話室・祭」と名付けているが、若い人は「談話室・祭」なるものを知っているわけがない。

 昭和51年(1976年)のことだから、今から34年も前のことだ。昭和46年7月(1971年)に『薔薇族』を創刊させてから5年が経っていて、雑誌も軌道に乗り好調だし、僕も若かったので、思いついたことはすぐに実行に移していた。

 読者が昼間から集まれるお店のオープンは革命的な出来事だった。今は亡き親友の国学院大学教授の阿部正路君が命名してくれて「祭」とした。

 廊下を隔てた真ん中には美輪明宏さんのクラブ「巴里」があるので、両方併せて「巴里祭」ということにもなる。いい名前だった。

 多くの読者が集まってくれた「祭」、時代が変わってしまって10数年して店を閉めてしまったが、その時の店名をブログに名付け、多くの人に見てもらいたいと命名したものだ。

 昭和51年8月号に保利精作さんがリポートを「祭の幕はあがった! 5月18日、開店披露パーティルポ」を寄せてくれている。

 当日の熱気が伝わってくるような文章なので紹介しよう。

 「5月18日午後6時少し前、新宿厚生年金会館(今はない)の向かって左側、しょうしゃな白いビル、Qフラットの赤いカーペット敷きの廊下を2階に上がると、奥の突き当たり、右手に美輪明宏さんの『巴里』、それに向かい合って、今夜オープンする『祭』がある。幕が上がる前の緊張した空気が開け放たれた扉口にまであふれてきている。
 浴衣に祭はんてんでピシリときめた中年紳士が受付を預かっていたが、これがなんと間宮浩さん(創刊以来の協力者)、もう一人明るいチェックのブレザーにちょびひげの小柄な嵐万作さん(文章も絵も書き、万能の人でラブオイルのデザインもしてくれた協力者だった)が助手格で。
 定刻前、タクシーで駆け付けた伊藤文学氏に付き添う奥様は、紺色の紗の御召しをきりっと着こなし、どこのマダムかと見紛うばかりの変身ぶり(生来、社交的で男っぽい女房は、その後も着物で店に出て、読者にしたわれた)。
 華やいだサロンに開店を祝いに集まった男たちがたむろし、はじめは人見知りのぎこちなさも流れたが、飲み物もいきわたるにつれ、会話もはずみ、和風に統一されたサロンの提灯が熱気にゆれる。
 伊藤さんが挨拶に立ち、ついで流しの演歌40年の阿部徳二郎さんの喉に100人を越す仲間も入れ替わり唱和したので、近所から騒音公害だと文句が出て、おまわりさんが遠慮がちにかけつける一幕があった。
 10時過ぎに一応、三原橋医院の松原仁ドクター(性病にかかった読者がどれだけお世話になったことか。もう高齢で診療所は閉めている)の音頭による万歳と三拍子の手締めで締めくくった。
 帰る客に挨拶し、送り出す列に藤田竜さんも加わり、『お久しぶり!』と如才ない。
 今宵の集まりは家族的で暖かく明るく、『祭』の誕生にふさわしいイベントでした。さあ、君も『祭』に行こう!」

 竜超君が「祭」について質問している。「どうしてこのような仕事をされているのですか?」

 「間宮浩さんに案内されて神宮外苑の森を深夜訪れてショックを受けました。トイレ、映画館、公園でしか仲間と出会えない。これでは世間から隠花植物と言われても仕方がない。明るいところで仲間で出会えたら、そう思ってオープンさせたのが『祭』でした」

Photo

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コメント

「祭」はリアルタイムには知りませんが、古い薔薇族か薔薇族関係の単行本を読んだ時に、「祭」に初めて行った地方の高校生のことが書いてありました。ドキドキしながら行ったら、数名のお客さんがいて、いろいろ話し相手になってくれて嬉しくて、もっといたかったけど、帰る時間があるから後ろ髪をひかれる思いで店を出ました‥みたいな高校生の感想がありました。それ読んで、すごく温かいほのぼのした気持ちになった記憶あります。とうぜん携帯電話もなくネットも無かった時代、同じ立場の人と話せる機会が少ない時代に、その高校生にとってのかけがえのない時間だったことが想像つきます。きっとそんな体験「祭」でした人たくさんいたことでしょう。温かかで大切な時間提供してくれたであろう「祭」が、たしかに存在した何十年前の人間の温かさ感じる時代が愛おしく感じられます。

投稿: サトシ | 2011年1月17日 (月) 02時55分

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