« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

2011年3月29日 (火)

『娼妓解放哀話』が僕の哀話に!

 僕の祖父、伊藤冨士雄は、大正時代に吉原などの苦界に身を沈めていた女郎たちを1000人近くも救い出した闘士だが、計算の力も強い人だったようだ。

 そろばんをパチパチはじいているところへ『娼妓解放哀話』(中央公論社刊)の著者、沖野岩三郎さんが訪ねたそうだ。
1

 「『何の計算をしているのですか?』と聞いたら、伊藤君はこんなことを言った。『実に驚いた話です。今まで僕のところへ女郎を廃業したいからと言って、救済を頼みにきた娼妓(当時は公認されていた売春婦、貧しいが故に親に売られた女たちのこと)の中の158人に樓主(娼妓を買い取った雇い主)に樓主との貸借関係がどうなっているかと聞いても、正確に自分の借金がどのくらいあるのか答えられたものはわずか70人だけでした(貧しいが故に小学校にもろくに通えなかった無学な女たちだった)。
 この70人を廃業させたときに、詳しくその貸借関係を調べてみると一人分の前借金の平均は337円74銭(今のお金にしていくらになるのか、僕には計算できない)で、総計金2万3641円80銭になっている。
 その前借金に対して70人の娼妓が悲しい稼業を強制された歳月は合計186年10ヶ月になります。即ち一人前平均2年8ヶ月稼いだのですが、樓主の帳面では、彼女らが合計186年10ヶ月の間、肉をひさいで、やっと328円55銭しか、前借金の償却ができていない勘定になっています。
 つまり彼女らは平均2年8ヶ月ずつ淫売させられて、一人前たった4円69銭3厘の借金払いしかできなかったのです。
 さんざん淫乱男のオモチャにされて、死ぬほどの苦しい思いをしながら、1年にわずか1円75銭9厘、1ヶ月に割り当てると、たった14銭6厘6毛、1日平均4厘9毛弱ずつしか借金が返せないという仕組みになっているのです。
 娼妓に自由廃業をすすめることを悪いことでもするように思う人たちは、この計算を一通り見るがいい。
 今、この70人が自由廃業をしないで、正直に樓主の言いなり放題になって稼いで、前借金のなくなる日を待つとしたらどうだろう。
 1日平均4厘9毛では、実に188年10ヶ月と6日の長い年月を稼がなければならない計算になるのです。
 いかに無病息災な元気な女性であっても、娼妓を188年10ヶ月も勤められるはずがありません。どうしても1日も早く公娼全廃までこぎつけなければならないが、まず今日のところでは、娼妓自身に、自分たちは金で買われた身体ではないという自覚だけでも与えてやりたいものです』」

 お金の価値が今の時代と違うから、ぴんとこないけれど、188年10ヶ月働かなければ借金が返せないという仕組みになっていたということだろう。

 僕の親父も、病気で倒れるまで給料を僕にくれなかったということは、女郎屋の親父と一緒だったということか。

 算数が全くできない勉強嫌いな僕は、無学としかいいようがなく大正時代のお女郎さんと同じだったとも。

 このブログを見てくれている人、本を全く読まないと、僕みたいになってしまうから、読書にはげんで勉強に精を出してもらいたいものだ。

 祖父は数字に強かったそうなのに、何で僕は数字に弱いのだろうか。79歳の僕があと100年生きても税金を払いきれない。何のたたりか、苦界から抜け出せそうもない...

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で1000円の定額小為替を購入し、下記までお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢3-9-5-202 伊藤文学宛

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月28日 (月)

アウトローとして生き続けるぞ!

 宝島社文庫に『日本「アウトロー」列伝』(2007年5月刊、本体600円)という本がある。

 「アウトロー」って、なんのことかと思って、小学館刊行の「新選国語辞典」を開いてみたら、「法律を無視する人、無法者」とあるではないか。

70581901_20070512091525

 喜ぶべきか、悲しむべきか、何とも言えないが、その本の中のひとりに僕が入っていて、別冊宝島の編集部が選んでくれたことをむしろ誇りに思っている。

 今度の東北関東の大地震、津波があって、テレビの画面に出てくる東京電力の社長、菅さんをはじめ政治家たちは、みんな小粒な人間ばかりで気骨のあるどっしりとした人間が見当たらない。こんな人間ばかりで日本は果たして復活できるのだろうか。

 僕が編集長として刊行した『薔薇族』は、警視庁の風紀係によって発禁処分を承けること4回、始末書を書かされたことが20数回にも及んだのだから、辞書にある通り「法律を無視する人、無法者」と言われても仕方がない。

 同じ雑誌で発禁4回もあって生き延びた雑誌はない。これは『薔薇族』を心の支えとして応援してくれた多数の読者がいてくれたからと感謝している。

 380号も僕は『薔薇族』を出し続けたが、「国立国会図書館」、ここは刊行された書籍、雑誌は納める義務が決められているので揃っているのは当然だが、オーストラリアの国立図書館、アメリカの名門大学のエール大学、コーネル大学にも全巻置いてくれている。早稲田大学、大宅壮一文庫にもあり、僕が死んでも、昭和という時代の日本のゲイ文化を研究している学者たちの資料として役立つことは間違いない。

 僕は、親父にバカにされた岩手県出身の小学校にもろくに通えなかったおふくろに似てしまったのか、生まれつき頭が悪い。しかし、辛抱強さは母親譲りかもしれない。

 こんな僕を入学させてくれた世田谷学園、駒沢大学には感謝しているので、誰にも負けないくらいの愛校心を持っている。

 僕が入学した頃の世田谷学園は、ヨタ中とさえ言われ、日本学園に入れなかった僕の他にも、世田谷学園い入ったものも何人もいた。

 最近、世田谷学園といえば、オリンピックで活躍した古賀とか、吉田とか名選手を輩出して、柔道といえば世田谷学園だったのが、最近、高校柔道界から名前が出て来なくなってしまった。

 いろんな事情があって柔道部はなくなってしまったようだ。勉強ができなければ入学できない東大などの一流大学に学生を送り込む進学校としての名声をかかげる学園に変わってしまい、今では東大にも何人も入り、慶応、早大などの一流大学に何十人も入るような学校に変身してしまった。

 僕の孫は代沢小学校の3年生だが、同級生の母親たちは子供を世田谷学園に入れたいという願いをもっていて評判がいいようだ。

 「ヨタ中」なんて、冗談にも言えなくなってしまった。世田谷学園が進学校として着々と実績を上げていることを批判することはない。自分の母校が有名な進学校になっていることを喜ぶべきだと思う。

 ただ言いたいことは、世の中、頭のいい人間ばかりはいない。いろんな人間がいるから世の中うまくいっている。

 僕は頭が悪いけれど、美意識とか、豊かな感性は持ち合わせていると思う。誰でも個性を伸ばして辛抱強く長く続ければ、いい仕事を残せる。僕は劣等生だったけれど、誰にも負けない仕事を残して死にたいものだ。その模範になりたい。アウトローとして...。

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月24日 (木)

医師と患者のほのぼのとするようなお話

 『薔薇族』の読者には、ただ女性を愛せないというだけのことではなく、目が見えない人、耳が聞こえない人、下半身麻痺の人、二重苦、三重苦の悩みを持っている人がたくさんいました。

 東京都のF・F君は、こんな悩みを投書している。

 「僕は去る昭和42年(当時小学6年生)に父の酒を買いに出かけて、交通事故に会い、背骨を強度に損傷、以来、下半身麻痺でもう12年間も車椅子使用の生活を送っています。
 僕がホモの傾向に気付いたのは、高校生の頃でした。周囲の友人は、みな健康で、勃起したPサイズについて、オナニーについて、射精について、早い者ではセックスについて話しましたけれど、僕の身体は下半身麻痺なので、性的快感はまったくありません。
 オナニーも射精もまったくダメです。自分の身体がそんなせいでしょうか、女性の肉体には全く興味を感じません。それに反するように健全な男のPには?と疑問を抱きました。友人に聞きたくも、自分が不能であることをまざまざ恥をさらすようでどうしても聞けませんでした。
 下校をして病院に戻っても、それらの『知らない』という悩みは強く残る毎日で、僕がそんな悩みを持っているためか、僕をうかがう医師の目には気付かれてしまい、『悩みでもあるのか?』と問いただされ、その医師にことのすべてを打ち明けてしまいました。
 その医師は36歳、体格が良く、優しい人でしたので、常日頃から僕は憧れていました。僕の悩みを気遣ってか、S先生は休日の誰もいない自分の医務室で話を聞いてくれました。
 その部屋は12畳ほどで、当直用のベッド1台と、その他、わけのわからない医学書がところ狭しと本棚に並んでいました。(中略)
 僕の心の中に好奇心からとんでもないことが浮かんできました。S先生に対して、『先生のも大きいのですか?』と聞くと、苦笑しながら、『そんなに大きくないよ』と言って顔を赤らめていました。
 僕はS先生と二人きりをいいことに、勇気を出して、先生のズボンの膨らみに手を伸ばし、『写真じゃなくて宝物を見せて下さい』って言いながら、ズボンの上からつまみました。すると先生は『誰かが来たらどうするんだ。僕はまずくなるよ』と言いながら、ドアの方に行ったので、『帰りなさい』と言われるのかと思ったら、S先生はドアをロックしたのです。そして、僕の真横に立っていました。
 僕の手はいつしか先生のズボンのチャックを下げ、ブリーフに手を差し入れ、Pをつまみ出して握っていました。
 先生のPは天井を向いていました。そして、僕に言うのです。『おい、お前は男に興味があるんじゃないのか?』
 僕は恥ずかしくて、でも、正直に『先生に憧れていました』と告白すると、『そうか、そうか』とやさしく頭をなぜてくれて、『これはふたりだけの男同士の秘密だけど、実は俺もそうだった。しかし、医師になり、結婚もして子供もいるので、自重しているんだ』と言って、ズボンを脱ぎ、ブリーフを脱ぎ、下半身裸になり、ベッドに横たわった。
 僕もベッドに乗って、先生の硬くなったPを握りこすっていました。『おい、君は尺八できるか?』と言われたので、僕は先生のPを口にくわえました。
 そのS先生は、その後、アメリカの病院に移り、もう二度と会えません」

 この若者、まったく性欲はないのに、尺八をする喜びだけを覚えてしまい、相手を探しているのだが、身障者だけに相手もなかなか見つからないようだ。

 この時代、おおらかで、ほのぼのとするようないい時代だったのでは。

  1

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年3月22日 (火)

昔の人は辛抱強かった!

 今の世の中、男も女も結婚しないで、一人で生活している人がたくさんいる。ゲイだから女性と結婚しない、レズだから男性とは結婚しないというだけの理由ではない。いろんな事情で、一人で生活している人が増えてしまった。

 30歳、40歳を過ぎているから、ゲイではないか、なんて言われた時代は昔の話になってしまった。

 30数年前も前の話だ。その頃の『薔薇族』の読者は、女性との結婚は、どうしても通らなければならない関所のようなもので、どんなに悩んだことか。その頃の話だが、小学校の若い教師の話は深刻だ。

 「大学を出て教師になった。何を隠そう、私は小学校の教師。そして、私の同性愛は少年愛というジャンル。学校生活は楽しかった。少年愛の若い青年教師が少年たちに囲まれて毎日を過ごす。それは本当に薔薇色の天国であった。
 この世界を知っていたらば、次々と少年たちを犯したろう。けれど私は何も知らなかったから、積極的にセックスなんて求めなかった。相撲をとったり、抱き合ったり、さわりっこしたり、中学生同士が遊ぶのと変わりはなかったのである。それで良かったのだ。
 ある年齢がきて、親に勧められて、なんとなく女性と結婚してしまったが、それほど悩みはしなかった。本当に無知だったから。
 そして、初夜。結婚したからには男と女がするようなことをしなければならないのだろう(いくらかはそういう知識はあった)と思い、女に抱きついていた。
 女も初めてであった。けれども私のものは全然エレクトしなかった。それどころか、逆に縮こまってしまって、その上、女の鼻息が首の方にかかるのが気持ち悪く、暗い部屋で何か蛇にからまれているような、熊に抱きつかれているような、たまらない嫌悪感を抱いた。
 身震いしそうで、ジンマシンでも出そうな、イヤな感じに襲われたのである。あの男の子と抱き合ってじゃれあう時の快感、いつの間にか、みんな性器を硬くして、さわりっこしたり、大きいとか、小さいとか遊び回った快感とは似つかないイヤな感じ。
 日が過ぎた。夜が来るのが恐かった。夜が来るのがイヤでたまらなかった。一緒に寝るのは寝た。そうすることが義務だと思ったから。
 妻も初心だったけれど、毎晩私に挑んでくるようになった。妻の方からキスしたり、抱きついたり、もう私は気持ち悪くて逃げ出したかった。
 とうとう1年間、セックスはできなかった。女にとってこんな不幸なことがあるだろうか。離婚話が持ち上がっても不思議ではない。けれど、私の妻は、離婚話など一度も持ち出さなかった。
 学校の宿直室が待ち遠しかった。一人で寝られる。好きな男の子を呼ぶことができ、抱き合って寝られる。
 ある夜、必死の思いで、一所懸命、一番好きな少年のことを思いながら、妻と結合できたのである。私は泣いた。うれしかったのか、安堵したのか、でも、汚いと思った。
 もう二度としたくないと思った。(中略)
 その後の性生活で子供は2人できたのだ」

 こういう読者から、どれだけ相談を受け、どうしたら性生活が続けられるかということを僕は伝授したものだ。

 この人の場合、女性も初体験だから続いたので、今どきの女性のように何人も男を知っていたら即離婚ということになってしまう。

 この人も義理マンを何十年も続けたというのだから、昔の人は辛抱強かったというしかないだろう。

Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月19日 (土)

大変な時だからこそ、いつもの通りで!

 こんな大変な時にブログに何を書くべきかと地震以後、ずっと思い悩んできた。

 当方は、次男夫婦と小学三年生の男の子と、そして女房との5人暮らしだが、移り住んでいる2階建てのマンションは頑丈にできているのか、地盤がいいのか、物一つ落ちず、被害は全くなかったので、安心していただきたい。

 ただ被害にあった『薔薇族』の読者の方も多数おられると思う。

一人住まいの方で、不自由な生活をしておられる方もおられると思うので、こんなときに話し相手になれればと考えているので、連絡いただきたい。電話は03(3413)9411

 しかし、電話もつながらない今の状況では何もできないかもしれないが、今まで通りにブログは書き続けていこうと考えている。書き込みをしてくれてる方もいるようだが、僕にはそれを読むことができない。こんなときこそ平常に落ち着いていることが大事だと思う。

 僕は、戦争末期で米軍の空襲が激しくなってきた頃に中学に入学したので、小学校時代にも、修学旅行にも行けなかったし、卒業式もなかった。

 京都、奈良に行ったのも、長男が京都大学に入学して初めてのことだったから修学旅行の楽しい思い出など全くない。

 読者の投稿で、とんでもない高校時代の面白い修学旅行のときのことを投稿してくれた人がいた。25歳の名古屋の人だ。

 「修学旅行で面白かったといえば、やっぱり夜の旅館での出来事、夜、先生たちが眠った後が僕たちの天下、ビールを飲んだり、煙草をみんなで吸ったりするのは序の口で、ドボン(ポンド遊びのこと)をやったりしたものでした。
 そうやって騒いでいるうちに、『最初に寝た奴をみんなで押さえつけてズリセンかいてやるぞ』と言い出した奴がいたものだから、みんな警戒して朝まで起きていました。
 一泊目は何事もなかったのですが、二泊目はさずがにみんな疲れてきて、とうとうN君が犠牲者第一号になった。
 『おい、Nの奴寝てしまったみたいだぞ』『どれどれ、あっ、本当だ。一発やったるか』
 言うが早いか、みんなでN君に襲いかかって、あっという間に素っ裸にしてしまった。N君、必死になって噛み付いたりして抵抗したけれど、六人対一人じゃ、どうしようもなく身動きが取れません。
 みんなでN君のPをたたいたり、こすったりしたら、だんだん大きくなってきて、それに誰が持ってきたのか、エアーサロンパスをたっぷり振りかけて、みんなでこすってやったら、ピューって、とうとう出してしまった。
 N君、後から泣いていたけど、二人目の犠牲者のK君のPを一番喜んでこすっていたのはN君でした。
 不覚にも僕が三番目の犠牲(僕の場合は待ってましたという感じ)になってしまった。はっと気付いた時、もう六人に押さえ込まれて、下半身は裸、みんなで触られるので、僕の分身は元気いっぱい。
 それにエアーサロンパス(ここでコマーシャル、『ラブ・オイル』にしてもらいたかった)をたっぷりかけられたから、さあ大変、熱いような痛いような感覚、ヒリヒリして目から涙が流れて、止まらないぐらい痛いんだけど、押さえつけられてどうしようになく発射してしまった。正直言って気持ちよかったな!」

 今の高校生、こんな野蛮なことをするのかな。おそらく草食系が多いそうだから、しないのでは。

 僕は修学旅行に行けなくて良かった。こんなことされていたら、どうなっていたことやら。

Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月18日 (金)

オカマという、イタイお話。

 『薔薇族』を創刊して何年か経った頃だったろうか。裁判所の検事さんから電話があり、同性愛者の事件を調べるのに同性愛のことを知りたいから教えてもらいたいということで、裁判所に出向いたことがある。

 最初に聞かれたことは、「ホモとオカマはどう違うのか?」という質問だった。

 1979年の『薔薇族』10月号に面白い読者からの投稿が載っていたので紹介しよう。

 「昔、ある国の殿様が下々の社会にオカマというものがあることを誰からか聞かされて、そのオカマなるものがどんなことをするのか知りたくてたまりませんでした。
 話によれば、オカマは大変痛くて苦しまなければならないとのこと。それならば悪いことをした者にオカマなるものの罰を与えてやろうとお考えになりました。
 たまたま悪いことをした家来が引っ立てられて、殿様の前に座らされました。事の次第を聞かれた殿様は罰としてオカマの刑を下されました。
 オカマを突く役目には、側近の屈強な家来が選ばれました。居並ぶ家来の前で、オカマの罰をせよ、との殿の命令。屈強な家来は、殿の命令とあらば、背くことは許されず、致し方なく悪いことをした者にオカマの刑を処することになりました。
 尻を丸出しにされた罪人は、覚悟を決めてじっと刑の執行を待っていました。屈強の家来は、丸出しの大きな尻を見ると、猛りきった巨根をその穴めがけて突き刺そうとします。が、なかなか入るものではありません。
 (ここでコマーシャル。こんなときに小社発売の「ラブ・オイル」をたっぷり塗れば簡単に入るのに)
 オカマのことを前から知っていた屈強な家来は、殿様にわからぬように唾をつけたことは言うまでもありません。
 罪人は未だかつて、そんなことをされたことはないので、それこそ飛び上がるほどの痛みを覚え、思わず大声を出して「痛い!痛い!」と叫びました。
 『うん、話に聞いたようにオカマというのは痛いのだわい』と思われた殿様は、くだんの家来に『もっと突け、もっと突け!』とせき立てる。そのうちに家来は我慢できなくなり、殿様の手前、よがり声をあげるわけにはいかず、大きな気合いをかけながら、突きに突きまくり、とうとう果ててしまった。「痛い!痛い!」と泣き声をあげていた罪人は、いつしかその声は本当に痛いのではないように見えてしまった。
 果ててしまった家来は力つき、『殿、私はもうダメでございます』とお許しを請うのでした。
 もっと痛い目にあわさなくては気がすまぬ殿様は、『よし、それならば余がじきじきに罰を与えてくれん』と庭に降り立った。罪人は殿様じきじきのお仕置きとあって、びっくり仰天、ひらにお許しをと謝っても殿は聞き入れず、オカマのやり方を家来に習って突き始められてしまった。
 『痛いか?痛いか?』と殿様は容赦なく攻めまくる。
 だんだん気持ちよくなってきた殿様は、激しくこれでもかと罪人の尻を攻め立てる。頭の芯が急にじ〜んとしてこられた殿様は、思わず罪人の腰に手を回し、顔を真っ赤にして、『痛いか!痛いか!』と声を出しながらとうとう果ててしまった。
 罪人はオカマの刑の後許され、家に帰されました。それからはオカマの刑は、殿様が直々に執行されることになったそうな」

 検事さんと僕と実演はできなかったけれど、2、3時間しゃべって電車賃を頂いて無罪放免と相成りました。
 
Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月17日 (木)

とんでもない、チン談。

 人それぞれ、悩みを抱えている。自分の身体のことだ。もう何年も前まで耳の中がかゆくて困ったことがあった。耳の中をいじくりまわすことがくせになってしまって、ついつい耳かきを使ってしまう。まあ、オナニーのような状態だ。

 森茉莉さんが通いつめていた喫茶店、邪宗門。僕も常連で時々通っているが、そこでのお客さんで、ゴルフの世界ではかなりの女性だそうだが、そのご婦人からかゆい耳によく効く薬だと教えられた。

 アロエ製薬の「間宮アロエ軟膏」だ。効能書きを読むと、ひび、あかぎれ、切りきず、しもやけ、やけど、打身、ぢとある。

 だまされたという思いもあったが、綿棒につけて耳の中に塗ってみた。何日かしたらかゆみが全くなくなってしまった。

 何年も悩み抜いていたのだが、うそみたいに。そのご婦人のお孫さんが、僕の孫と同級生で、少年野球チームの「CCペガサス」の仲間だった。

 もうひとつ、ついでに悩みを告白してしまうと、それは陰のうがかゆくなる、「インキンタムシ」で、辞書には白せん菌による頑癬(がんせん)無菌性の陰のう湿疹などがあると書いてある。

 長いこと皮膚科の医師にも診てもらったが、頑固な菌なのか、いまだに治らない。

 1979年10月号の「人生薔薇模様」のコーナーに軍隊帰りの読者が、いんきんの面白いチン談を投稿している。

 「サルチリ酸といっても、若い人にはピンとこないであろう。外用皮膚薬で、今ならば『キンカン』や『トクホンチール』のようなもので、軍隊ではインキンの治療に用いたそうだ。しかし、刺激が強く、皮膚につけるときは相当の覚悟が必要とされたと聞く。
 ある上官、インキンになってしまい、日夜、陰のうをかきむしったために見るも無残な肌になってしまった。
 意を決してサルチリ酸を用いることにしたが、その痛みは大変なものなので、部下を呼んで、ウチワを持たせ、『よいか、俺が薬をつけてよしと言ったら、すぐにウチワであおげ、命令だぞ!』。
 かしこまった部下の兵士は命令の下るのを今や遅しと待つ。
 上官殿、やおらズボンを脱ぎ、褌を外してだらんとした一物を恥も外聞もなく、ご開帳である。ことあればそそり立つであろうものが、力なくぶら下がっているのは、あまりいい眺めではない。そして、ただれている肌のいたましさ。
 目をつぶって上官殿、ピンセットにはさんだ綿にたっぷりと薬をふくませて、それこそ清水の舞台から飛び降りる気持ちで患部にあてがう。
 『よし!』。
 まともに上官殿の持ち物を見ては申し訳ないと、目をつぶってウチワであおぐ。
 いっこうに『もう、よい』の声がないので、変だと思った部下、目を開けてみてびっくり。上官殿の姿がない。
 股間を握りしめ、それこそ跳ねるようにして、営庭を駆け回っている上官殿の勇姿があったとか」

 うすい陰のうの皮膚にそんな刺激の強い薬をつけたらたまったものではない。

 今、僕は医師から、グラクソ・スミスクライン株式会社の「キンダーベート軟膏0・05%」という薬をもらって塗ってはいるが、一時的にかゆみは止まるが、また、かゆくなってくる。

 これは死ぬまで治らないかもしれないと諦めている。まあ、僕の身体に住みついてしまった、かゆくなる菌と仲良くして一生を終わろうと思っている。
 
 Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年3月14日 (月)

おおらかな世の中にしたい!

 ブログに書こうと思って、記事を切り取っておこうと考えていたら、まったく新聞を読まない女房に、さっさと資源ゴミの日だというので捨てられてしまった。

 こんなときにネットで調べれば、すぐにわかるのだろうが、ネットに触れない僕には、裏覚えで書くしかないとは情けない。

 春の高校選抜野球大会は、毎日新聞が主催している。夏の大会は朝日新聞だ。もちろん新聞社だけで選ぶのではなくて、高校野球連盟の人たちが会議をして出場校を決めるのだろうが。

 毎日新聞の販売に携わっている人だったと思うが、正式に発表する前に、内定している高校に教えてしまい、それだけならまだしも新聞の購読を頼んだというのだ。

 そのことをライバル紙が、鬼の首を取ったように記事にする。

 それは朝日新聞にしたって、今、新聞をほとんどの学生が読んでいない。なんとか購読させようと、朝日は安い購読料で購読を勧めている有様で、お互い様ではないか。

 何年か前だったか、僕の母校のS学園も選抜に選ばれたことがあった。1回戦で敗退してしまったが、そのとき新聞の購読を勧められたり、その頃は試合を撮影したビデオを買わされたり、写真集も買わされたことがあった。

 甲子園球場の駐車場にバスを停めるにしても、新聞社の息がかかったバス会社のバスでないと停められないということも聞いたことがある。

 最近の朝日新聞にしても、1頁広告、2頁広告がやたらと多過ぎる。昔の新聞は広告に使う文字の大きさも決められていたと思うが、今は目立てばいいというような広告ばかりだ。朝日に1頁広告を出すなんていったら、高額の広告料で載せられなかったのをかなり安くしているのだろう。

 社会面の一番下に八ツ割という本の広告が載っているが、僕が単行本を出していた、昭和30年、40年代には高くてとても朝日に広告など載せられなかった。それが昨年、一昨年と僕の本を出してくれたS社の人の話だと、定期的に広告を出しているので、とんでもなく安く載せてくれているという話だ。

 『薔薇族』が100号の記念号を出したとき、「週刊文春」が記事にしてくれて、「ホモ界の朝日新聞『薔薇族』」というタイトルを付けたら、朝日が怒って訂正させられたことがあった。

 それは営業の社員を使って、広告を出すことを頼みにいかなくても、広告主の方からの依頼があるので、営業の必要がなかったからだ。その時代、朝日も『薔薇族』も広告効果は抜群だったということだ。

 それがネットの普及とともに、売れ行きが落ち、『薔薇族』は廃刊に追い込まれてしまった。僕が言いたいことは、新聞にしても雑誌、本、みんな売れなくなっている。ネットで用が足りてしまうからだ。

 そんな時代に、春の高校選抜野球大会に販売店の人たちが、少しでもこのチャンスを捉えて、購読者を増やそうとするのは当然のことだろう。

 みんな苦しんで商売を続けているのだ。近所の毎日新聞の販売店も店をたたんでしまった。悪いことには違いないが、大目に見てやれないものだろうか。

 NHKの名古屋支局のディレクターが、カメラを鞄に仕込んで、裸になる男たちの映像を撮ろうとして逮捕されクビにされてしまった。なんで寛大な処置をとれなかったのか。

 相撲界の八百長問題にしても騒ぎ過ぎだ。世の中、長い間、景気が悪くて暗いから、少しのことでも騒ぎ過ぎる。もっとおおらかな世の中になってもらたいものだ。

【注意】この記事は震災前に書かれました。

Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年3月13日 (日)

昔のゲイは辛抱強かった!!

 地方に生まれ住んでいれば、女性と結婚しないわけにはいかなかった。どんなに苦しい思いをして耐え、しのんできたのか、この手記を読むと涙が込み上げてくる思いがする。

 山形県に住む28歳のゲイの男性、彼の人生は幸せだったのだろうか。「必死に妻を愛す」というタイトル。見合いで巡り会った女性も素晴らしい女性だったのでは。32年も前の話だ。

 「私が自分の忌わしい性に気がついたのは、中学の時だろうか。自分の愛すべき対象が女ではなく、男であることに私は一人悩んだ。
 ものの本に青春の一時期、同性を愛することがあるが、これはほんの過渡的なもので、時が来れば自然と異性愛に目覚めるものであると書かれているのを見て、いくらか救われた気持ちであった。私もいつかは女を愛せるようになると。
 しかし、高校生になって、私の心の中では、いっそう男を求める気持ちが強くなったのを感じたとき、私はがくぜんとした。
 ーー私は女を愛せない、結婚できない、あたたかい家庭を持てない、子供もできない。神は私に天涯孤独でいろというのか...。
 私はこれまで3回見合いをした。相手の女性から嫌われるようなことばかりしたにもかかわらず、不思議なことに3人とも私との結婚を望んだ。
 3人目の女性を母が選んだ。私は自分の結婚相手すら選ぶ資格のない男である。私たちは結婚することになった。私が25歳、妻が23歳の時だ。
 これで私も普通の男になろう。こう決意した私は、これから起こるかもしれない恐ろしい展開を考えて、不安におののくのだった。
目前に迫った結婚を前にして、私は眠れない日々が続いた。
 結婚式が終わって新婚旅行での初夜、私は生まれて初めて女に挑んだ。妻も初めてであった。当然のように私たちは性ができなかった。
 普通の男女でも初めて同士だったら結合できずに初夜を終えることが多いそうだ。私の場合は、初めてということに加えて、女を愛せないという意識がある。
 そんな私が上手に妻を喜ばせることができるわけがない。
 『ごめん、やっぱりできない』
 がっくり肩を落として屈辱に耐えている私に妻は言った。
 『できなくてもいいの、最初からうまくいかなくてもいいの。こういうことは何年も、何十年もかかってふたりで作り出すものよ。ねえ、夫婦ってそんなものでしょう』
 最初がダメでも、これからふたりして力を合わせ手やっていけば、必ずなんとかなるーー妻はこう言うのだった。
 私は嬉しかった。この一言が、絶望のどん底にいた私を救ってくれた。そして、このとき、生まれて初めて女を愛する感情を自分の心の中に見た。
 突然、ムラムラとしたものが私を襲い、私は夢中で妻を抱いていた。妻よ、ありがとう!
 私はこれからの自分の一生を、お前を愛するために使うよ。私は心の中でそう誓った。私たちはその夜、初めて結ばれた」

 彼には女性を見る目はなかったけれど、母親が、嫁として、やさしくて、そして意志の強い女性だということを見抜いていたのだろう。

 女性のアソコがどうなっているのか、全く知らない読者もいたし、どれだけ女性とうまく性ができるかを具体的な話をして、相談にのったことを思い出す。

 この話は、これからも続く...。
 
Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年3月10日 (木)

読書が趣味なんて、自慢できない!

 本当に長い間、購読していた「毎日新聞」を3月から止めることにしてしまった。経済的に一番大変なのが毎日新聞だろうと思うから、なんとか購読を続けたかったが。

 「朝日新聞」と「東京新聞」は、取り続けることにした。

 東京新聞の2月28日夕刊に、こんな記事が載っていた。

 「読書大貧民の時代 読者・編集・流通・劣化は円環する」という見出しで、評論家(出版編集部)の鷲尾賢也(わしお・けんや)さんが書いている。

 「大学の授業冒頭で、毎年アンケートを実施している。『一ヶ月の本代は?』『最近読んだもので印象に残るもの(コミックも可)』といった、ごく当たり前な設問なのだが、回答は驚くことばかり。
 本代は1000円が大多数。その中身も、サッカーや格闘技、ファッション雑誌である。だからコンビニで済んでしまう。(「この1年何も読んでいません」が7、8割に達する。コミックスすら読んでいない)。ケータイ使用料の1万円前後に比べるとあまりにもひどい。書店に行く習慣はなくなったと断言していいだろう(中略)。
 もちろん読書家がいないわけではない。しかし、圧倒的に少数である。さらに仲間うちではあまり「自慢できる趣味」ではないようで、彼らは孤独である。このように読書力格差は広がり、読書大貧民がどんどん増えている(中略)。
 編集現場もおかしい。編集会議にパソコンが同居する。販売時点情報管理(POS)システムのデータが判断材料になる。初版の部数、初速の売れ行き、重版の有無、現在の状況。即時にわかるので、それによって企画が決まる。
 売れ行きの良かった著者の本や似たようなタイトルの本があきれるほど刊行されてしまうのはそのせいでもある。しゃべったものをまとめる類いの書籍も多くなっている。編集から流通まで、読者から著者まで、このような劣化は円環し、出版・読書環境は悪化の一途をたどっているのだ(後略)」

 子供の時から本を読む習慣をつけないと、このままだとお先真っ暗ということだろう。


 僕も一昨年、昨年と彩流社から本を出してもらったが、どのくらい売れたのかを教えてくれない。本にしてしまったものは、それをどうしたら売れるかなんて考えている暇がないのだろう。

 毎月、毎月、決まった数の本を出し続けなければならないから、というよりも、それが止まってしまったら、即倒産してしまうからだ。

 今、大手の出版社に新書版になるような内容の本の企画を持ち込んでいる。これはもう6ヶ月にもなるが、結論が出ない。新書版の責任者の編集長にお会いしてから、もう、3ヶ月にもなる。待たされるというのはイヤなものだ。

 僕が現役で出版をやっていた頃は、出す出さないは即決で決めた。社員がいないのだから会議など開く必要がまったくなかったからだ。

 渋谷のT百貨店の7階だかに、ワンフロア全部を使った書店がオープンした。本が売れない時代になぜと不思議に思ってしまうが、おそらく最初に棚をうずめる本は、各出版社が請求しない、タダの本なのだろう。そうでなければ、あれだけの書棚をうずめつくす本代を払ったら大変な金額になってしまうからだ。

 噂によると、建物そのものを建て替える計画があるそうで、書店ならすぐに撤退できるからということのようだ。

 僕も読書を始めようとしたら、歳のせいか目がしょぼしょぼして、長くは読んでいられない。何事も思うようにならないものだ。

 Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 7日 (月)

クミコさんの素晴らしい歌!

 世の中にあまり名前が知られていなかったひとりの女性の歌手が、ついに昨年の大晦日のNHK紅白歌合戦に初出場した。

 その人は「クミコ」さんだ。「INORI〜祈り〜」は、広島に落とされた原爆に被爆して命を亡くした少女を歌った歌で、多くの人々を感動させた。

 クミコさんと僕との最初の出会いは、22年も前にさかのぼる。『薔薇族』が200号を発刊したのを記念して、新宿の「ヒルトンホテル」でお祝いの会を催したことがあった。

 そのとき、歌ってくれたのが最初だったと思う。ところがどうしてクミコさんと知り合ったのか、どうしても思い出せず気になっている。クミコさんが30代のときだったが...

 それから下北沢の喫茶店「イカール館」で何度も歌ってくれた。新潟の弥彦村の「ロマンの泉美術館」へも、ピアノの伴奏者の上條さんとふたりを招いて、何度か演奏会を開き、新潟の人たちを感動させた。

 ピアノの上條さんは女性だが、その演奏はダイナミックでクミコさんの歌を引き立てた。

 演奏会が終わってから、のんべの僕の女房を交えて、夜遅くまで談笑した楽しい思い出もある。

 朝日新聞に「届かなかったラブレターコンサート」の広告が大きく載っていて、会場が渋谷の「オーチャードホール」とあったので、近いから女房と行くことにしてチケットを購入した。

 一昨年の6月、銀座のキャバレー「白いばら」で、「裸の女房」の出版を祝う会を催したおりに案内状を出したところ、出席してくれて気軽に伴奏なしで歌ってくれた。

 昨年の11月の「やらないか!」の出版を祝う会には、紅白の出場も決まり、忙しくなって参会してもらえなかった。

 しばらくぶりにクミコさんに会いたいと思い、演奏会が終わってから楽屋を訪ねてもいいですか?と書いたハガキを送った。

 早速、返事が返ってきて「おハガキありがとうございます。『届かないラブレター』のコンサートにお越し下さるのですね。うれしいです。もちろん楽屋にお越し下さい!!この寒さと同じように世の中も厳しいのですが、文学さん、ずっとお元気でいらして下さい。クミコ」とある。

 2011年2月11日16時半開演、広いオーチャードホールは満席だった。

 クミコさん、紅白で歌った時のあの折り鶴をイメージした衣装で、アンコールに応えて「祈り」を歌ってくれて、拍手が鳴り止まなかった。

 楽屋を訪ねたら、多くのファンも来てたので、少し待っていると、楽屋を出て、あの衣装のままで廊下に出てきてくれて女房と抱き合った。

 テレビの画面ではわからなかったが、首の回りは折り鶴がたくさんついている。友人のカメラマンの中嶌君が撮影に来ていたので、一緒に写真を撮ってもらった。

 クミコさんの笑顔がいい。かわいい。そして美しい。苦労に苦労を重ねて売れない時代を生き抜いて生きてきたクミコさん。

 どんなに有名になってもえらぶらない。クミコさんはいつまでもクミコさんだ。

 Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 6日 (日)

桜の老木に励まされて!〜森茉莉さんを語る会を開く〜

 ソメイヨシノという桜は、寿命があって、7、8年ぐらいということだ。我が家のそばに、かつては代田川があり、淡島の東急バスの車庫から環七まで両岸が桜並木になっている。

 僕の子供時代には堤防などはなくて、田舎の川と同じように美しい水が自然に流れ、コイやフナやドジョウなどが生息していた。

 戦後から畑が住宅に変わり、多くの人が住むようになり、川は汚れ、ゴミ捨て場と化してしまった。

 現在は地下に下水を流し、その上が公園化され、下水の水を再生してきれいにし、せせらぎのようになり、区民の憩いの散歩道になっている。

 両岸には、桜の木が何百本と植えられ、4月の桜が咲く頃は、花見客で大にぎわいになる。

 僕は、青山の隠田(おんでん)というところに、3月19日に生まれ、100日経ったころ、代沢の地に移り住むようになった。

 父が撮った貴重な、その頃の写真がある。小さくてよくはわからないが、桜並木を歩いている母に抱かれいるのは79年前の僕だろう。

 桜も植えられたばかりで倒れないように木で支えられている。桜も僕と同じように年齢を重ねたということだ。

 世田谷区の土木課のお役人は、強風が吹いて老木が倒れ、けが人でも出たら大変だと、まだまだ生きられる老木を切り倒し、植え替えている。

 若い木を植え替える費用は、1本で何十万もかかるそうだが、予算を取って徐々に老木を切り倒している。

 丁度、僕と同じ年齢の桜の木だ。僕だって徐々に身体は老化し、弱ってきていることは確かだ。

 桜の老木だって、まだまだ生き続けて花を咲かせている。無残にも切り倒されてしまった、太い老木の切り口から、また芽が出て大きくなってきているではないか。まだ生きているんだ!桜の老木は叫んでるようだ。

 しかし、造園業者だって仕事が少なくなってきているのだろう。区の仕事をもらって桜の木を植え替えなければお金が入らない。仕方がないことなのかもしれない。

 SM作家の団鬼六さんが、講談社から「死んでたまるか」というエッセイ集を出された。

 僕の「やらないか!」(彩流社)の出版を祝う会を昨年の11月に、銀座のキャバレー「白いばら」で開いたが、団さんも出席してくれた。

 12月28日には、団さんも「白いばら」で出版を祝う会を開かれたので、僕ら夫婦も出席したが、団さんはいくつもの病気を持っていて、僕と同じ年齢だが、衰えが目立つ。ちょっと心配である。

 

 僕は、他人様の書かれた本をほとんど読まなかったが、あと数年の命と思ったら本を読みたくなってきた。

 まず手始めに森茉莉さんの「戀人たちの森」を読んでみた。平成19年の「ユリイカ」が、森茉莉特集出した時に、「『薔薇族』的森茉莉考」を書かせてもらった。まったく森茉莉さんの本を読まずにだ。

 ところが本を読んでみると、見えなかったところが見えてきている。3月19日(土)午後2時から午後5時まで、森茉莉さんが仕事場と憩いの場にしていた喫茶店「邪宗門」で、森茉莉ファン、『薔薇族』の読者だった人にも来てもらって、僕の話を聞いてもらいたい。森さんも住居跡も案内します。

 会費は1000円。下北沢駅南口から20分ぐらいのところだが、ネットで調べて、ぜひご参加下さい。

 「邪宗門」:155-0033 世田谷区代田1-31-1 電話03(3410)7858
 
Photo
Photo_2

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 5日 (土)

未知の世界に挑戦する限り老いない!

 僕が編集長をやっていた『薔薇族』が廃刊になってから、すでに7、8年になる。雑誌には「伊藤文学のひとりごと」というコーナーがあって、毎号、僕は様々なことを書き続けてきた。それらの原稿をまとめて本にしたのも何冊かある。

 『薔薇族』が廃刊になって、発表する場がなくなったとき、「お父さん、ブログをやってみたら?」と次男の嫁が声をかけてくれた。それから原稿用紙に4、5枚の原稿を書くと、嫁がネットで見れるようにしてくれていた。

 僕だけしか知らない話、『薔薇族』を長い間、出し続けてきて知った話、いろんな読者と出会った話、児童ポルノの問題など、僕しか発言できないようなことなども。

 次男の嫁が勤めに出るようになって、ブログの更新をできないと投げ出され、困っていた時に、僕の理解者というか、ファンというかのS氏が、僕に任せてくれと言ってくれて、S氏がここ数年、更新を続けてくれているので感謝していた。

 ブログの中から選び出してまとめた本「やらないか!『薔薇族』編集長による極私的ゲイ文化史論」(本体1800円、彩流社刊)も昨年、出版することができた。

 僕は今年の3月19日で79歳になる。よくぞ生きたものだと思う。親友はみんなこの世にいなくなり、寂しくなるばかりだ。

 ここ最近、ブログの更新が途絶えていたようだが、それはS氏の身辺に大変な事態が起きてしまったので、ブログの更新どころではなくなってしまったようだ。

 実は、ブログの原稿を書くのを止めようと決意していた。

 丁度、3月は卒業の月でもあるし、書くべきことはすべて書いてしまっているからだ。

 しかし、ブログの原稿を書くことが、僕の「生きている証し」のようになっていることは間違いないし、毎日、僕のブログを読んでくれている人が何百人もいるようなので、何があっても書き続けたい気持ちは十分にある。

 朝日新聞の3月3日付けの朝刊に、聖路加国際病院理事長の日野原重明さん、99歳の「挑戦する限り老いない」という記事が載っているのを読んだ。

 僕よりも20歳も年上の方だ。数年前、僕が会員になっている「雑学倶楽部」が、日野原さんに「雑学大賞」を贈るパーティを開いたことがあり、僕も出席してご挨拶したことがある。

 驚いたことに2時間ぐらいのパーティの席で、日野原さんは立ち通しで、一度も椅子に座らず、余興の似顔絵書きにもモデルとして参加された。

 僕はすでにパソコンなどをいじることを諦めてしまい、S氏の厄介になっているが、日野原先生は「今はパソコンが発達したおかげで、図書館に通わなくても文献検索が瞬時にでき、原稿用紙に時間をかけて手書きする必要もない。短時間で多くの情報を得て研究ができ、論文など生産物も多くなる。これまでの人生で、引退して悠々自適に過ごそうと思ったことはございません」と言われている。

 パソコンなど、僕にはできっこないと思い込んでいる僕は恥ずかしいし、情けない。

 「それと年を取ったから引退するのではなく、それまでやったことのない未知のものに挑戦してほしい」とも。

 ネットがない時代には、未知の世界に次々と挑戦してきた僕も、ちょっと今、とまどっている。

 S氏に電話したら、明日から僕のブログを更新してくれるという。

 よし!僕も未知の世界に再び挑戦する気力が湧いてきた!

 Photo

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 4日 (金)

「ヴァニラ画廊」ですごい催しが...

 「ピエル・パオロ・パゾリーニ」(1922〜1975)。イタリアの映画監督、詩人、小説家でもあった人で、53歳で非業の死をとげている。

 みすず書房から、四方田犬彦訳の「パゾリーニ詩集」(四六判上製・454頁・税込み4725円)が刊行され、その発刊記念特別展示「パゾリーニ・オマージュ〜ピエル・パオロ・パゾリーニに捧ぐ〜」が、2011年3月7日(月)から3月19日(土)まで、銀座の「ヴァニラ画廊」で開かれる。入場料は500円。

 稲垣征次、宇野亜喜良、奥津直道、加瀬世市、カネオヤサチコ、かふお、キジメッカ、熊谷蘭治、田亀源五郎、照沼ファリーザ、林良文、宮西計三、森栄喜の13人の作品が展示されるというからすごいことになりそうだ。

 稲垣征次君は、『薔薇族』が廃刊になるまで、少年愛者の読者のために、ひとり頑張り続けてくれた人だ。

 今回の展示には、新作を2点展示するそうだ。稲垣君は長い間、少年の絵を描き続けている数少ない画家だ。なんとしても稲垣君の作品を買ってあげてほしい。手抜きなど一切しない、魂を込めた作品だと思うから。

 平成元年の12月号・NO347を開いたら、「天使の光彩」と題して、O氏が撮影した海辺での美少年のカラー写真が8頁も載っている。いい時代だった。もう、こんな写真を雑誌に載せるなんてことはできないのだから。

 稲垣君は「少年愛万華鏡」という頁を担当していて、第42回とある。

 広島の山彦さんの投稿、「もだえる野球少年」が載っている。山彦さんは仕事のヒマを利用して、小学高学年から中学生のリトルリーグの野球コーチをしている中年男性だ。

 長い投書なので全部は載せられないが、仕事上、田舎から市内にマンションを借りて、一人で住んでいるので、練習休みのときなど、中学生の子が、野球の話とか、相談などで訪れてくるようだ。

 コーチがいないと思って、部屋に入ってきてK君がシャワーをあびて、オナニーを始めてしまったのを覗いてしまったのだ。

 「私が期待をしていた通り、K君は大きなペニスをにぎると初めはゆっくりとほぐすようにもんでいましたが、ああ、気持ちいいと言って、タイルの上に大の字になって、ペニスを激しく上下にこすっていましたが、誰か僕のチンポを吸ってとか、うわごとのように言いながら、泣き声を出したかと思うと、腰を弓なりに大きく持ち上げると、スゴイ勢いで大量に射精しました。
 もちろん、私の頭は真っ白になりました。
 (中略)さすがに若い者にはスタミナがあるなあ〜と思いました。風呂場でした時のオナニーより全ての点で激しかったので、自分はまるで夢を見ているみたいでした。
 そして、K君は、卓上に留守に来てシャワーをあびさせてもらいましたと、私がいたのを知ってか知らずか、書き置きを置いて帰っていきました。
 次の日にグランドで顔があった時に、何事もなかったように、ニコニコしながら、コーチおはようございますと言っていました」

 児童ポルノをどんなに法律で規制したとしても、少年愛の人がこの世からいなくなるわけがない。

 いつの世でも少年が好きな人は、少年に近い仕事を選ぶだろうし、何の変わりもないだろう。死ぬまで少年が好きだということをやめるわけにはいかないのだから...。

Photo
1

ヴァニラ画廊は銀座松坂屋の裏通りにあります。ネットで検索して訪ねて下さい。

★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で千円の定額小為替を作ってもらってお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢2-28-4-206 伊藤文学

399

★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

◆永遠のベストセラー「愛の潤滑液 ラブオイル」一度お試しあれ。

Nurnuru2 Nurnuru3

 

◆お求めはこちらから


◆ご感想・ご相談はこちらへ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »