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2011年4月

2011年4月30日 (土)

1週間働いて時計を買ったときの喜び!

 永福町にあった「朝顔園」は大学時代の4年間の夏休みになると、アルバイトに通った忘れられない場所だ。

 僕は、この朝顔園で練習して自転車に乗れるようになった。それまで自転車に乗れなかったのだ。

 小学生の頃、母が古道具屋から自転車を買ってきてくれたが、ちょっと僕の身体には大き過ぎて、何度も乗ろうと思って練習をしたが、臆病なせいもあって乗れなかった。

 かわいそうに折角、母が見つけて買い求めてきた自転車も物置の中で錆び付いてしまった。

 朝顔園の中に直線の通りがあって、そこで僕の妹の友人の園子ちゃんが自転車乗りの練習を始めて乗れるようになってしまった。

 それを見て、中学生の園子ちゃんに負けるものかと僕も練習を始めてやっと乗れるようになったのだ。

 あの時、自転車乗りの練習をして乗れるようになったから、自動車の免許も取れた。自動車を運転できなかったら、『薔薇族』を出し続けることはできなかったろう。

 営業マンなんていない小さな印刷屋で、活字を組んで雑誌を作っていたのだから、ゲラが出ると車で取りに行き、校正が終わると明け方に印刷所に届けていた。

 大輪朝顔作りの名人の尾崎哲之助さん、無地の朝顔の葉っぱに白い斑点を入れるように改良したのも尾崎さんだ。

 品種の改良に力を入れていて、朝、一番電車に乗って朝顔園に行き、雄しべの花粉を筆で取って、他の雌しべに掛け合わせる仕事もしていた。

 仕事が終わると家に帰って一眠りして、また午後になると出かけ、朝顔の鉢に水をやる仕事をしたものだ。それで日給が125円だったと覚えている。それを1週間分ためて安物のセイコー社製の時計を買うことができた。

 尾崎さんは、大きな植木鉢の中央に細い竹の支柱を立てて、その回りをらせん状に太い針金を付けて、そこに朝顔のつるを巻き付けさせるらせん作りも考案している。

 それが見事な花を咲かせる頃になると、昭和天皇に10鉢ほど献上していた。天皇陛下もお喜びだったのか、皇太子殿下(現在の天皇陛下)が学習院の高等科に通っていた頃、朝顔園に献上のお礼もあってか見学に来られたことがあった。

 僕も片思いだった阿部弥寿子さん(駒沢女子学園の高校生)を皇太子殿下が来園になるというので呼んだという。

 今なら警察の警備が大変だろうが、大げさな警備なんてしていなかった。尾崎さんも半袖のいつもの通りのシャツでお出迎えしたし、もちろん、僕らも半袖のシャツでだ。

 尾崎さんが説明をしている写真を持っているが、報道の人などいないし気軽に写真を撮らせてくれた。

 僕は忘れているけど、高校生のアルバイトの小林君の話だと、皇太子殿下にコカコーラを出したということだ。その頃はコカコーラは最高の飲み物だったのかも。

 尾崎さんは節約家で何でも捨てない人で、ひもを結んだ時に余計に長くして切ったりすると叱られたものだ。これは出版の仕事をするようになっても、今でも無駄にしないように尾崎さんの教えを守っている。

 何結びというのかわからないが、植木屋さんがひもを縛る方法も教えてもらい、本を荷造りして発送するときに役立っている。

 人に使われたのは、このときだけだったけれど、尾崎さんには感謝するばかりだ。

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★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で1000円の定額小為替を購入し、下記までお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢3-9-5-202 伊藤文学宛

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2011年4月29日 (金)

なんとも臭い話

 永福町に住んでいる植木職人の小林君からしばらくぶりに電話がかかってきた。朝から雨が降っているので仕事ができないので家にいたからだろう。

 井の頭線の永福町駅が立派になったということだ。小田急線の経堂駅前にも、おしゃれなショッピングセンターが4月26日にオープンするというチラシが新聞に入っていた。

 戦前から全く変わらず、薄汚いのは下北沢だけで、美しい駅に生まれ変わるのには5年、10年はかかるだろうから、それを見ることは僕にはできないかも。

 小林君と知り合ったのは、終戦から4、5年後の昭和25年頃のことだ。僕が駒大に入学してからのことで、彼は時計屋の息子で高校生だった。

 その頃、永福町の駅から10分ぐらい歩いたところに朝顔園があって、大輪朝顔を咲かせることで有名な尾崎哲之助さんが園長だった。

 尾崎さんの一人娘の園子ちゃんと僕のすぐ下の妹の昭子が、立教女学院に入学してからの友人で、その縁で僕は夏休み中ずっと朝顔園でアルバイトをさせてもらっていた。

 小林君は、朝顔園のすぐそばに住んでいたので、彼も朝顔の鉢に水やりなどをするアルバイトをしていて知り合った。

 僕は記憶力が悪いので、その頃のことなど忘れてしまっているが、電話でしゃべっているうちに、ああ、そんなこともあったっけと思い出してきた。

 朝顔園の近所に八幡神社があって、大きなケヤキの木がたくさん植えられていた。秋になって落ちた葉っぱを拾い集めてきて、堆肥を作るべく、山のように積み上げていた。

 その葉っぱの間に、人糞を桶で汲み、それをかついできて木の葉っぱにかけるのだ。その時代、どこの家でも水洗便所なんてものはなかった。

 大きなカメを土の中に埋め込んで、その上に便器を置いて、そこに小便も大便もするわけだ。トイレットペーパーなんてものがあるわけがない。新聞紙を小さく切ってそれでお尻をふいていた。

 カメの中にいっぱいたまってくると、汲み取り屋さんが来て、大きな桶を二つ持ってきて汲み取り口(コンクリート製で指でつかむ凹んだ部分がある)からふたをあけて、ひしゃくの大きいものですくい出して桶に入れ、てんびん棒でかついで運び出すのだ(それをどうやって集めて運んだのかは思い出せない)。

 汲み取り屋さんのほとんどは韓国の人たちだった。近所にくず屋さんがあって、そこの息子は代沢小学校時代の一級上の子で、確か柳(りゅう)君と呼んでいたと思うが。体が大きくて健康優良児にも選ばれていた。

 心の優しい子で、僕のことを可愛がってくれて、よくブリキでできたおもちゃをもらったのを覚えている。

 日本人が嫌がるような仕事をみんな韓国の人がやってくれていたことを忘れてはいけない。

 小林君と僕が、朝顔園から少し離れたところにある尾崎さんの住居と事務所のあるトイレの組み取り口から糞尿をかついで朝顔園から運び出していた。途中にある家の親父さんがたまたま外にいて、「うちのも汲んでくれないか」と頼まれてしまった。

 僕は忘れていたけど、そういえばそんな臭い思い出もあった。乾燥すると黄ばんだ新聞紙だけがやけに目立っていたことも思い出してきた。

 東京に住んでいる人で、人様の糞尿を汲んだ人なんて誰もいないかもしれない。
 
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駒大生だったころの僕

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2011年4月27日 (水)

歌手クミコの笑顔は僕を元気にしてくれる!

 僕の部屋の机の上には、歌手のクミコさんとのツウショットの写真と、クミコさんと初めてであった頃の若き日の写真が飾ってある。

 僕には男の子2人しかいないが、にこやかな笑顔のクミコさんは娘のようだ。この2人の写真は、渋谷の東急文化村のオーチャードホールの楽屋を訪ねたおりに、友人のカメラマンの中嶌君が撮ってくれたものだ。

 昨年の大晦日の夜のNHK紅白歌合戦に念願の初出場を決めて、「祈り」を歌ったときの衣装を着たままのクミコさんだ。

 テレビではよくわからなかったが、首の回りは折り鶴がちりばめられている。広島で原爆で亡くなった少女が祈りを込めて祈っていた折り鶴をイメージしたものだ。

 僕は、クミコさんの笑顔を毎日見て、元気をもらっていますと、写真を入れて手紙を出したら、すぐに返事が送られてきた。

 「文学さん、お手紙ありがとうございます。あの写真は、文学さんの下北沢の『イカール館』で、初めてライブをしたときのものです。ああ、なつかしい。
 コーヒー茶碗、なんて可愛い。
 元気なうちに処分なんて、文学さんはずっと、ずっと元気でいてもらわねば困ります。そして、またパーティをしてもらいたい。
 前回は残念ながら伺えませんでした。でも、また、ぜひ。ちっちゃなものでも、私、唄いに行きます。久美子さん(僕の女房も同じ名前)にもよろしく。
 また、ワイワイしたいです。クミコ」

 昨年は、紅白歌合戦が決まった後だったので、出版記念会に来てもらえなかったけれど、一昨年は出席してくれて気軽に唄ってくれた。

 人間、脚光を浴びて有名になってしまうと人が変わってしまう人が多いけれど、苦労人のクミコさんは、いつもクミコさんのままだ。

 明日にでもクミコさんに、アンティークのコーヒー茶碗を贈ろうと思っている。

 『薔薇族』の表紙を長いこと書き続けてくれた恩人のような内藤ルネさん。相棒の竜さんがコロリと悪い奴に騙されて7億ものお金を騙し取られ豪華なマンションの部屋まで失ってしまった。

 ルネさんが長い間にコレクションしたお宝を、新潟に住む僕の女房の兄が10数年も預かっていた。修善寺に美術館を建てたので、トラックでルネさんのコレクションはお返ししたが、しばらくしてまだ人形がひとつ足りないから調べてくれと言われたことが何度かあった。

 僕は買うときは、いいなと思えば買い、執着心は全くないが、そんなに大事にしていたルネさんのコレクションも亡くなったらすぐさま処分されてしまった。

 そのことを思うと(ここまで書いたときに千葉県沖を震源地にする震度3の地震があり、横揺れがした。この前の地震のとき、ランプが倒れやしないかと心配したが、壁の額ひとつも落ちなかった)、生きているうちに全て処分してしまおうかと思う。

 骨董品なんてものは、次から次へと愛してくれる人のところに移っていくもので、人間は死んでしまえば土に還るだけだが、「物」は大事にしてくれさえすれば、また、手にした人の心をいつまでも和ませてくれる。

 もう79歳、僕はそう長くは生きられないと思うものの、クミコさんの笑顔を見つめていると、まだ、まだ、生きていたいと思う。

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2011年4月24日 (日)

若き日の思い出はつきない...

 前回、手のひらに乗るような豆本歌集「渦」と友人の相沢一好君の「夜のうた」のことを書いたが、本を出せば必ず出版記念会を催す。この病気?はこの時が最初で、出版記念会は下北沢北口(現在はスーパーピーコックなどが入っているビルになっている)の「ミルクホール小清水」で1963年12月6日に20人程の人を集めて催した。

 ミルクホールの裏手には、和風の料理屋があって、そこの宴会場での会だった。半世紀も前の事だから、現在、生きておられる方は数人しかいない。

 前列一番左側は、後に国学院大学教授になった阿部正路君(もう何年も前に亡くなられている)、その隣は、僕が先妻の舞踏家ミカと昭和33年に結婚式を挙げた時に仲人を引き受けてくれた山下陸奥先生(歌詩・一路の主宰者で木下利玄先生のお弟子さんで後列右から4番目が奥様だ)、この先生にはどれだけお世話になった事か。

 前列左から3番目が「夜のうた」の著者、相沢一好君、お父さんもお母さんも教師で熱心なクリスチャン、彼も高校の校長になり退職してから教育委員にもなっていたから、僕が『薔薇族』を出してからは姿を現さなくなってしまった。

 相沢君の後ろに立っているのが中西進先生(万葉集研究の第一人者)で、再婚した時に仲人を引き受けてくれた。

 最初の結婚と再婚の時の仲人が同じ席にいるなんて不思議と言えば不思議だ。前列の右側から2番目が、我が家の末娘で、その後ろが、心臓病で亡くなり「ぼくどうして涙がでるの」で話題になった僕が可愛がっていた妹だ。

 後列左から2番目の篠弘君は、小学館の重役にまでなり、今は歌壇の最高峰と言える人になっている。

 下北沢の北口、戦前は何にもなくて、タクシーではなく人力車が何台か客待ちをしていた。

 そんな時代から80年も代沢に住んでいるのだから、記憶をたどって下北沢の移り変わりもこれから書いてみようと思う。下北沢の事を書いている本を見ると、書いている人が若い人で、ここ2、30年の下北沢のことしか書いていない。

 南口商店街で創業者がお店をやっているところはほとんどなくなってしまった。定休日じゃないのにシャッターをおろしていると思ったら洋服屋のオヤジさんが亡くなったそうだ。

 花屋さんも店を休んでいたので、耳が遠くなっていたオヤジさんも亡くなったに違いない。今の世の中、葬儀などやらないから人が亡くなっても全くわからない。

 お店がめまぐるしいばかりに変わっているから、以前、何のお店だったか忘れてしまう。

 我が家の回りの年寄りも、いつの間にかいなくなってしまって、僕が最長老になってしまっている。喜んでいいのか、悲しむべきか。

 豆本歌集の出版の翌年、渋谷の駒大分校(今は野村証券のビルになっている)で、僕の企画で「結社解散論」をとなえた詩人の江口榛一さんを招いて短歌討論会を開いた。

この企画は当たって朝日新聞の学芸欄に紹介され、僕の名前が新聞に初めて載った。歌詩の「短歌」でも紹介された。

 今の若い人には理解できないだろうが、歌の世界には「アララギ」とか「コスモス」とか、それぞれ主宰者がいて弟子たちが参加している。そうした制度をやめろという江口さんの言い分だったが、今もって結社はなくならない。お花とかお茶の世界と同じように。

 下手な文字だけど、看板まで買いて、僕は夢中だったのだ。

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2011年4月21日 (木)

世の中、暗い、ちょっと息抜きを!

 柴山肇さんは、『薔薇族』を創刊するずっと以前に、小さい出版社はエロ本を出すしかない、と路線を変えて「ナイト・ブックス」と名づけた新書判を出し続けていた。

 昭和30年代の頃だ。武野藤介さんの「わいだん読本」が最初で、清水正二郎さんの「女性残酷物語」など、毎月1冊ずつ出して、全部で60数冊は出しただろうか。

 まあまあの売れ行きで、経営状態も安定するようになってきた。そのシリーズの1冊で「365日しびれる本」が柴山さんの艶笑コント集だ。

柴山さんは東急の社員で、東急文化寄席も企画して定期的に開いていた。この本の出版記念会には、著名な落語家さんも多数出席されて楽しい会だった。落語の台本も書いておられたからだ。

 柴山さんとは、その頃からのお付き合いで『薔薇族』誌上に「江戸男色考」を長いこと執筆してくれて、これは批評社から3冊もの単行本になっている。

 『薔薇族』向きに「コント69」というコーナーも作って、これも長いこと続けてくれた。世の中、暗いので笑えるコントを紹介しよう。

 ●遅すぎた恋

 会長の山口虎之助翁が、料亭のテーブルを叩いて、専務の石本氏に言った。
 「わ、わしは昨夜、生まれて80年目にして真実のホモダチを見つけたんじゃよ」
 「ほ、ほーっ」
 石本氏は驚いて言った。
 「歳はいくつですかな。そのホモダチは?」
 「少年じゃよ、まだ18歳の。だが、ペニスなどはなかなか立派なもんでのぉ」
 「そこ、そこ、お爺さん、すばらしい!そこの先をお願い、噛んで!と言いおったよ」
 「それで?」
 「いや、石本君、わしは歯というもんがないんじゃよ」
 柴山さん、尺八をするには、歯がないほうがいいということを知らなかったのでは。

 ●ゴールド・ラッシュ

 大学生がもう一人の大学生に、「登校中のバスの中でスリにあったんだって?」
 「そうなんだ。満員のバスでね、前にいた会社員風の男の手がソロソロと虫のはうように僕のズボンのポケットの財布に伸びていくにも気がついてね。その手が財布に達するまでに3分もかかったね」
 「3分も?どうしてその間に〝スリだ!!〟って叫ばなかったんだ?」
 「だって、その手がどっちの金を狙っているのか、最後の最後までわからなかったからね。財布の中の金か、パンツの中の金か」
 車内での痴漢行為は今もなくならないのでは。女性専用の車両を作ったりもしているようだけど、世の中には女性で女性を触りたい人もいるものね。無駄な話だ。

 ●寝苦しい夜

 狭い簡易ホテルのベッドで、旅芸人の父と息子が背中をくっつけて寝ていた。
 「おい、安夫!頼むから早く眠ってくれよ。お前がモゾモゾしていると眠れないじゃないか」
 「わかるよ、お父さん。でも、俺も同じなんだよ」
 「同じ?」
 「俺も両足の間がモゾモゾして...」
 安夫は布団の中に向かって叫んだ。
 「おい、せがれ!早く眠れよ!」
 親父と息子とセックスしてるって訴えを読者から聞いたことがあったっけ。
 
 それにしても柴山さん、長いことご苦労様でした。

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2011年4月18日 (月)

万葉学者、中西進さんはすごい先輩だ!

 1953年、なんと今から58年も前のことだ。その頃、各大学の短歌会の連中を集めて「大学歌人会」を結成した。

 会の運営は、国学院大学の阿部正路君と僕がやっていた。駒大からは僕一人、劣等感の塊だったが、東大で開かれた歌会で、先輩の中西進さんが僕の作品をほめてくれた。

 このことは僕の人生に明るい希望を投げかけてくれ、アイデアマンだった僕は、タテ90ミリ、ヨコ65ミリという掌に乗るような32ページの歌集を出すことを考えた。

 僕の歌集は「渦」、友人の教育大学生(現在の筑波大学)の相沢一好君は「夜のうた」、1000部発行で原価は5円、それを10円で売ったのだから5000円の利益が出て多くの人に読んでもらえる。これは大成功で仲間たちが次々と発行した。

 「渦」の序文は中西進さんが寄せてくれた。

 「淡いデリカシーが吐息のやうな愁ひをもって青春の姿をととのへる。そうだ。明るすぎる陽光。光をたたへる事は若い詩の魂を羅(うすもの)のやうな憂愁に追ひやる事ではないのか。陰翳の礼参讃はきらきらしい静謐のうちに行はれる。
 プレリュードが徐々に、しのびやかに誘なひを高めてゆく。華麗な序幕。だがタクトが上げられようとする寸前の、みなぎって罩(こ)められた沈黙、ああそれは果てしなく長い茫洋だ。時のためらひが、瞳を投げかけてくれる。
 光は寂しいのだ。華麗は寂しいのだ。暁(あか)ときに目覚めてみよ。夜の名残りが羞(やさ)しく、未だ若い今日と戯れてゐるだろう。
 清浄に素朴な湧水の渦がしっとりと魂をうるほしてくれる。ひざまづけば永遠(とわ)な生の意味がそこにある」

 僕の作品をほめてくれているのだろうが、その意味が難しくて僕には理解できない。

 その後、僕らが結婚した時には仲人も務めてくれたし、次男夫婦の結婚式を挙げたときも、ご夫婦で出席してくれた。僕にとっては大恩人だ。

 昨年の暮れの事だったか、中西さんが女性の方と新聞紙上で対談してて、前半は理解できたが後半は難しくてわからない。

 「渦」の序文と対談の話が理解できないと手紙を出したら、なんと返事が寄せられて、58年ぶりに「渦」の序文を書き直してくれたではないか。「渦」のもう一つの序と題して。ちょっと長いけれど削るわけにはいかない。辛抱して読んでほしい。

 「伊藤文学君の作品には、繊細な、まるで吐息のような愁いがある。これこそが伊藤君の作品の青春性といってよいだろう。
 確かに君の青春を形作るものとして、あまりにも明るい太陽の光がある。しかし、君が太陽の光を礼賛することは、逆に作品が薄い衣をまとうように、ある憂愁を宿してしまうらしい。君は通りいっぺんの太陽の礼賛者ではないのだ。光が持つ微妙な陰翳、それを君は愛する。しかも、その時の、言いがたい静けさ。
 作品は作者の、このように豊饒な青春性を余すところがなく歌い出している。君の作品には、遠くから伝わってくるような音楽がある。静かに前奏曲がゆっくりと、そしてひっそりと訪れてくる。それにともなって歌い出される作品。
 わたしたちは、この徐ろな調べの中に、作品の世界へと誘われていく。
 十分、華麗な世界が一音、一音の中に展開していくのだが、そこへ踏み込む前の序幕のような緊張感がある。壮大な交響曲がいざ始まろうとする時、指揮者がタクトをあげ、そのまま一秒、一秒と時が経っていく時の、あの瞬間には、水が漲りわたるような沈黙がある。
 いい方をかえれば、途方もなく無限につづく、茫洋とした沈黙といっていいだろう。長い時間のためらい。
 君の作品をよむと、こうした比喩を思いつく程に、きらびやかな物が今しも始まろうとする時の、緊張感と期待感と、それでいて何もかもが未来にある心が感じられる。
 君の中で、時間が未来へと進むことを恐れているのかもしれない。『時のためらい』といった物が、じっとこちらに瞳を向けているように思える。
 この未来を恐れて佇んでいる現在、それこそ青春が青春たり得る生き方なのだろう。だから暁の光は寂しい。華やかに射し込む光の条も、寂しい。
 たしかにわたしたちは暁に目をさましてみると、あたりはまだほの暗い。夜の名残りは去ってはいない。そして一方に、夜は白々と朝を迎えようとしている。
 夜が、若い今日という日の朝とやさしくはじらいながら戯れているように見える。
 伊藤君の青春詠を、こんな比喩でいってみるのも、一つの方法だろう。
 暁の空気は湧き出た清水が、徐々に体をひたすように、あたりに漂っている。この湧水の清浄で素朴な渦。暁の空気という水の渦。
 君が処女歌集を「渦」と名づける心意をわたしはそのように収得することができる。
 やさしく戯れる光と水の渦を仰ぎ見て体に受けとめると、命の永遠に向けて、魂が問われているように思う」

 中西進さんは、今は奈良県立万葉文化館長をされていて、わが国の万葉集研究の第一人者で、数々の賞を受けておられる。そのような方が、58年も前に出した歌集を読み直してわかりやすく序文を書き直してくれた。

 こんな幸せなことってあるだろうか。僅か数年しか短歌を作らなかったが、79歳になっても「青春は今も」と思って生きている僕にとっての最高の応援歌ではないか。

 朝日新聞夕刊に毎金曜日に連載している「ナカニシ先生の万葉こども塾」、これは子供のために万葉集から一首を選び出してやさしく解説してくれているので、僕にも理解できる。

 劣等生の僕をいつまでも忘れないで面倒を見てくれる中西進さんに感謝するばかりだ。

 Photo(表紙は「主婦と生活社」のカメラマンとして活躍し、今は熊本で娘さんと住んでおられる橋本信一郎さんの撮影)
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2011年4月14日 (木)

寺山修司君が『薔薇族』に贈ってくれた生原稿を!

 「寺山修司と天井桟敷◎全ポスター展」が、2011年4月16日(土)から5月8日(日)(18日・25日は休廊)、渋谷の「ポスターハリスギャラリー」で開催される。

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 「1966年代から80年代半ばにかけて世界を駆け抜けて活躍した寺山修司が主催した『演劇実験室◎天井桟敷』。横尾忠則、栗津潔、宇野亜喜良、林静一、合田佐和子などの一流のアーティストが手がけたポスターは、時代を鋭く切り取りポスター自体が発するメッセージは今でも輝き続けています。現在美術的評価も高く、公演用に限られた数しか製作されなかったたま現存する枚数は僅かです。この貴重な機会をお見逃し無く!」とチラシに書いてあるが、この通りで、ぜひ、多くの人に見て頂きたい。

 1960年代という日本が最も活気に満ち満ちていた時代の息吹きを若い人にかぎとってもらいたい。

 僕は、赤坂のクラブ「スペース・カプセル」のチラシなどのデザインを受け持っておられた、栗津潔さんとも出会い、先妻の亡き舞踏家、伊藤ミカのポスターを3点もデザインしてくれた宇野亜喜良さん、多くの芸術家たちが拠点にして活躍していた原宿の「セントラルアパート」、その一室でアシスタントを何人も抱え、「マックス・ファクター」の専属デザイナーをしておられ、輝いていた宇野さんともここで出会った。

 林静一さんとは、我が家のすぐそばにあったギャラリーで知り合うことができた。

 今の沈滞している日本、ここから抜け出すには若者しかいない。若い力でもう一度活力を見つけ出してもらいたいものだ。

 「ポスターハリスカンパニー」の代表取締役である笹目浩之さんが、「PARCO出版」から昨年の10月に「ポスターを貼って生きてきた」(本体1600円)を出版された。

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 ギャラリーでも販売されているが、もちろんネットでも購入できる。あまり他人様の本を読まない僕が一気に読んでしまったほど面白かった。

 難しいことが書いてあれば読まないが、僕でも理解できる文章で老眼の僕でも読めるように文字も大きく、それにゴシック体、どうしても強調して読んでもらいたいところは文字を大きくしている。

 「僕の仕事はポスター貼りだ。演劇や映画、イベントのポスターを繁華街の居酒屋やバーの壁に貼るのだ。この仕事を始めて、もう30年になる」とはじめに書いている。

 僕も女房の舞踏家、伊藤ミカの旗揚げ公演の「オー嬢の物語」を再演もした。

 今はなくなってしまったが、新宿厚生年金会館の地下に小ホールがあり、椅子席が700席、3日間開催したのだから2100人もの観客を集めなければならない。

 その頃の舞踏家の公演は1回限りで、それも親族、友人、知人に義理でチケットを買ってもらうしかない。「ぴあ」なんて雑誌もなく、新聞も舞踏の公演なんて取り上げてくれない。

 その頃の「週刊新潮」の力は偉大だった。全くコネもないのに新潮社の受付を訪ね、会ってくれた記者がすぐさま記事にしてくれたが、その効果はものすごかった。当日売りの客が並んだのだから。

 その時代、ポスターを貼らせてくれるお店はほとんどなかった。笹目さんが長い時間をかけて仕事にしてしまったのは、ポスター貼りを体験をしている僕には頭が下がる思いがする。

 会場にはやっと見つけ出した寺山修司君が『薔薇族』50号の時に贈ってくれた詩の生原稿を展示するのでじっくり見てもらいたい。それと43年間、大事に保存してきた宇野さんのポスターB全判の迫力あるポスターも。

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2011年4月12日 (火)

セックス産業はしぶとく生き残る!

 唐沢俊一さんが、週刊誌だったと思うが、語っていたが、地震や津波が東北関東を襲った3月11日以降、いち早く立ち直って開業したのが、キャバクラや渋谷のストリップ劇場だったという。

 彼らは今までにも、いろんな苦難を乗り越えて生き伸びてきた人たちで根性が座っている。ちょっとやそっとのことでは負けてはいない。

 さっき、しばらくぶりに大阪でゲイの人たちが使用する下着を販売している人から電話がかかってきた。『薔薇族』を刊行していた頃には、もちろん広告を出してくれていたし、記事にもして応援もしてきた人だから長いお付き合いだ。

 下着が売れなくて困っていると、泣き言を言って電話をかけてきたこともあったが、最近はかなりよく売れているという。

 セックス産業は、ほとんど関西の人が始めて、それをマネして東京でもということが多かった。

 こんなお店があって繁盛しているそうだ。関西の人って考えつくことがすごい。70歳以上の男性を雇って商売しているという。

 僕みたいにお腹が出ているような人はダメで、加山雄三さんや岡田真澄さんのように背が高く、がっちりしたタイプでないと採用してもらえない。

 お店は並通の喫茶店だそうだが、コーヒー代はちょっとお高いようだ。お客さんは女性ばかりで若い女性も多いとか。

 人生経験豊かな人ばかりだから女性の悩みごとの相談に乗ったりしてくれる。話題も豊富だからおしゃべりするだけでも楽しいのかもしれない。第一、お年寄りだから女性に下心を持つこともない。

 僕も「邪宗門」で、知らない森茉莉ファンの女性とおしゃべりしているが、東京でもこんなお店があったらいいなと思う。

 これも喫茶店だが、イケメンでお尻がぷりっとして魅力的な若者だけを揃えているそうだ。Tシャツは着ているそうだが、下着ははいていない。短いエプロンだけをつけていて、かわいい熊の絵などが書いてある。

 女性専用で、男性は一人では入れない。もちろんお尻を触ったりしてはいけないことになっているそうだ。かがんだりすると、ちらっとアソコが見えたりするのが楽しいとか。

 毛むくじゃらのお尻なんか見たくないけど、森茉莉さんの小説に出てくるような美少年のお尻なら見たいと女性は押し掛けるのでは。

 最近、ゲイのためのビデオ(今はDVD)も、ほとんどは無修正のようなものだそうだが、ネットで見れるのだから、あまり売れないようだ。

 ところがノンケの青年をモデルに雇って無理矢理嫌がるのを押さえつけてセックスしてしまい、その場面を映写する。これが刺激的なのか、欲情をそそるのか売れるそうだ。もちろんモデル代ははずむようだが。

 もっと頭のいい人がいて、最近、銭湯もお客が減って営業が苦しい。そこに目を付けて1週間とか、10日間とかを50万ぐらい出して借り切って、高いところにカメラを備え付けてお客の裸を隠し撮りするという。

 中には、若い子でアソコをおっ立ててマスターベーションしていたりするところなどを撮ったりしたものは売れるそうだ。

 大阪にゲイの映画館を作った人がいた。オヤジさんは昔、日活の関西支社で働いていた人だ。

 昭和40年の秋の芸術祭参加作品になり、文部省の推薦映画にもなった、僕と妹との共著の「ぼくどうして涙がでるの」が、封切りより早く作品が完成したので、妹役の十朱幸代さんが初めての主演映画ということで、大阪にも十朱さんと宣伝に行ったことがあった。

 その時、関西支社の社員だったゲイ専門の映画館を作ったオヤジさんが何かとお世話をしてくれた人だった。

 初めてマスコミを集めての記者会見というのを体験したが、さすがに十朱さんの注目度は高かった。御堂筋ホールで試写会を催したが心臓病の子供たちのために義援金を集めたが、小間使いをためた袋を持ってきてくれた子供もいて、関西の人の熱い人情に触れた思いがした。

 最近、ゲイ専門の映画館も経営が苦しくなってきて、舞台でみだらな実演をさせたりして、警察に息子さんが逮捕されてしまったそうだ。オヤジさんは僕より年上だから元気でおられるのだろうか。何があっても人間の欲望はなくならないから性産業はしぶとく生き延びるのでは...。

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★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で1000円の定額小為替を購入し、下記までお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢3-9-5-202 伊藤文学宛

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★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

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2011年4月 9日 (土)

ゲイの高齢者をゲイの若い介護士が!

 一通のメールが入ってきた。息子が紙焼きにしてくれたので読むことが出来た。

 「都内在住のKと申します。今年50歳になりました。人生の後半を人のためになるような仕事に就きたいと考え、介護の道を選びました。
 現在、職業訓練校介護サービス科にて、東京都介護職員基礎研修を受けており、6月で修了予定です。
 ゲイの高齢者や障害をお持ちで介護を必要とする方、また、介護が必要なパートナーと同居されている方、親の介護を余儀なくされているゲイの方など、たくさんいらっしゃると思います。そんなゲイや同一性障害などのセクシャル・マイノリティの方々は、介護を頼みたくても、ご自分たちの生活を他人に知られたくないために、サービスを利用できていないのでは?と思うんです。
 そんな方々に理解ある在宅介護事業所ってあるのでしょうか?研修修了後、そのような事務所に勤められたらと考えています。ご存知であれば教えて頂きたいのです。
 もし無いのであれば、将来そんな在宅介護の事務所を立ち上げたいと考えています。
 また、ゲイの高齢者はどのような生活を送っているのか、介護を必要とされている方たちの現状などをご存知ではないでしょうか?
 私の住んでいる杉並、中野あたりでは、高齢者の方々は、全くお目にかかったことはありません。
 浅草とかの下町におられるのでしょうか?私が高齢者が集まるような場所を知らないだけなのかも知れませんが、ご存知でしたらお聞かせ下さい」

 K君の考えていること、僕も大賛成だ。僕も79歳、もう2、3年したら介護を必要とするようになるかもしれない。

 『薔薇族』が廃刊になってから、もう7、8年にもなる。読者の名簿、書留類など、住所がわかるものは一切焼いてしまった。

 『薔薇族』の読者だった人たちも、かなりの高齢になっていて、介護を必要とする人たちも多数いるだろう。

 雑誌が廃刊になってしまっているのだから、そういう人たちを見つけ出すことは難しい。僕のブログだって見てくれている人は女性か、若い人に限られるだろう。

 介護士の仕事ってゲイの人には向いている仕事だと思う。優しいし、細かいところに気がつく人が多いからだ。

 介護士を目指している人って、女性が圧倒的に多いのでは。介護されるゲイの高齢者にとっても、女性よりも、できれば男性の方がいいに決まっている。若い男性に介護してもらったら元気になってくるだろう。

 だからK君の考えていることは理想に近いのではないか。相当な時間をかけなければ実現するのは難しいだろうが。

 
 4月2日(土)、喫茶店の「邪宗門」でコーヒーを飲んでいたら、栃木からわざわざやってきた青年が入ってきた。森茉莉さんの大ファンで、僕は、森茉莉さんの住んでいた「倉運荘」と「代沢ハウス」を以前に案内してあげていたようだ。何人もの森茉莉さんファンを案内してあげたので、彼の顔など忘れてしまっていたが、彼の方はよく覚えていたので、何時間かおしゃべりしてしまい、食事をご馳走して別れた。

 彼の職業を聞いたら、栃木で介護の仕事をしていて、高齢者の面倒を見ているそうだ。ところが正社員ではないので、仕事したときの時間給は、おそらく安いと思う。

 政府も給料を上げるように指導しているようだが、大変な仕事のわりにはまだまだ低賃金のようだ。

 さて、K君の質問、これに答えるのは難しい。どなたか、いい知恵を!

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2011年4月 7日 (木)

苦界にあえいでいた娼妓たちのことを考えて「花魁道中」なんて止めたら!

 女房の古里の新潟県弥彦村のすぐ近くに分水(ぶんすい)町がある。今は燕市と合併したようだ。

 桜の季節になると、毎年、川岸に植えられた桜並木の下で、多くの観光客を集めて「花魁道中」がはなばなしく催される。ところが今年は、東北・関東の大地震のことがあり、自粛して中止ということになってしまった。

 ポスター・チラシはもちろん、いろんなグッズも用意されていたが、無駄になり、寂しい花見になってしまうようだ。

 祖父から話を聞いて書かれた中央公論社刊「娼妓解放哀話」について、こんな興味深い話が書かれている。

 吉原の廊(くるわ)の中で、一番大きな店の「角海老」の娼妓、白縫(しらぬい)が、樓主に虐待されて神経衰弱になったから、今日限りで廃業したいと救世軍の祖父のもとにかけこんだ。

 警察で祖父と樓主と白縫が話し合うことになり、祖父がどんな虐待を受けたのか、一通り話をしてごらんと白縫に問いただした。

 「頭痛のする私の頭へ入髪(いれがみ)をたくさん入れて、何十本という櫛(くし)やこうがい(日本髪のまげにさす髪飾りのこと)をさすんですからたまったものではありません。その上に長い厚ぼったい着物を着せられ、大きな帯を前で結び、蒸し暑いのにどてらのようなものを着せられ、高さ一尺、重さ二貫目の三枚歯の下駄をはかせられ、仲之町の端から端まで八文字をふませられたのです」

 樓主はたまりかねて叫んだ。

 「それは花魁の道中ではないか。それが虐待だとは途方もない!」

 白縫は白い手をふって樓主を制するようにして言った。

 「旦那はご自分の頭にあんな重いものをのせたことがありますか。旦那のはいている、その桐の下駄は何もんめありますか?
 私は近頃、リューマチでスリッパをはいて段梯子を昇り降りするのさえ苦しいのに二貫目の下駄をはかされて、すっかり神経衰弱になってしまいました。それに持病の脚気が再発しそうです。これでも虐待ではないとおっしゃるんですか」

 白縫の申し立てがあまりにも意外だったので、樓主も警部も唖然としてるところへ白縫はさらに言葉をつぎ足した。

 「ねえ、警部さん、私は思いましたの。今は昭憲皇太后陛下の御諒闇中で、まだ、どなたも喪章をおつけになっているのに、仲之町だけが治外法権じゃありますまい。いけませんわね。今頃、花魁道中なんてあんな騒ぎをするなんて...」

 「二貫目もある三本歯の下駄をはかせられては、誰でもびっくりして神経衰弱を起こしましょう。とにかく名簿削除のお取り計らいを願います」と祖父。

 「前借金はどうしてくださるのか?」と樓主は声をやわらげて言った。

 「それは私が働いてお返しします」

 白縫が治外法権という言葉を使ったり、諒闇中をかつぎ出したりしたのは、彼女が古里の高等女学校を卒業していたからであった。

 「やっぱり教育のお陰だ。高等女学校を出ていなかったら、二貫目の下駄で神経衰弱と脚気は起こらないよ」と祖父は笑った。

 分水町の花魁道中、スポーツで鍛えた強い女性を選んで花魁にしていたようだが、吉原の廊の樓主たちが客寄せに考えたこと、来年からもっと健康的なパレードでも考えたらいかが。

 女性蔑視の時代の催しなのだから、苦界にあえいでいた娼妓たちの苦しみも知るべきでは...

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2011年4月 4日 (月)

娼妓と結婚した男は幸せだった!

 祖父、伊藤冨士雄が命がけで身体を張って娼妓を自由廃業させても、また、他の職業につけずに無学な女性たちはくるわに戻ってきてしまうのではと誰もが考えてしまう。

 「娼妓解放哀話」の沖野岩三郎さんも、同じように祖父に聞いたようだ。

 「伊藤君は小型のノートブックをポケットから取り出して、『そこです。君たちのような人でも、そんな質問をする。その質問の裏には、君だって自由廃業にケチをつけたいという気持ちがあるからでしょう。
 それは娼妓稼業がどんなに苦しいものか知らない人が言うことです。今、私がある期間に扱った300人の廃業者がどんなところへ縁づいているかをお目にかけましょう』と言って、伊藤君はそのノートブックを机の上において大きな手でそのしわを伸ばしたかった。そのノートブックには奇麗な文字で左のような統計が記されてあった。
 工場職工・37 会社員・16 人力車夫・11 日雇い労働・10 大工職・10 印刷職工・9(など、51の職業に従事した数が書かれている)
 その次に少し大きな文字で看護婦の手伝いとなった者・2 樓主に引き戻された者・8 料理屋の酌婦に売られた者・3 犯罪監者・1 行方不明の者・13 親元に戻った者・87 と書いてあった。ずらりと並んだ、その職業別に興味をひかれて、繰り返し読んでいると、伊藤君はニコニコ笑いながらこんなことを言った。
 『娼妓をした女の結婚は意外と幸福です。なんと言っても人生のどん底を見てきた人間ですから、普通の女の知らない苦労を知っているので、自然と亭主に対する心仕えもいいのでしょう。
 ただひとつ悲しいことは、子供ができないことです。しかし、それもまったくできないわけではなく、この統計中の理髪師の細君となったひとりは、5年間も娼妓だった女でしたが、結婚後間もなくまるまるした男の子を産みました。
 それから工場の職工の細君も、会社員の細君も男の子を産み、建具屋の細君になったのも男の子を産んで、4人が4人とも元気に育っています。
 この300人の中に廃業前に出産したものが18人ありました。ところが不思議なことに、そのうちの17人までが女の子でした。
 しかもその18人の子供は、たった4人しか育ちませんでした。娼妓稼業中に産む子供が9分9厘まで女の子で、廃業後産まれた子がみんな男の子だということは何らかの理由がありそうです』

 祖父の所属していた救世軍の素晴らしいところは、このように統計を取って救い出した女性たちの将来のことまで、面倒を見ていたことだ。

 たくさんの男と交わった経験のある女性たちだから、そんなこと言ってはいけないけれど、結婚した男を喜ばせるテクニックを豊富に知っていたから、亭主はある意味で幸せだったのだろうと僕は考える。

 最近のテレビはくだらない番組ばかりなので、報道番組しか見ないが、今、夢中になって見ているのは、ひと昔も、ふた昔も前に作られていた時代劇だ。

 「鬼平犯科帳」「剣客商売」など、実に良く出来ている。

 世田谷文学館の友の会で知り合った、監督の高瀬昌弘さんに手紙を出したら、すぐに返事が返ってきた。

 「鬼平はプロデューサーの市川さんが台本送りに熱を入れ、原作を大切にしたことで、つぶの揃った作品になったので、やはり優れたものは、台本作りにあると思います」と。

 江戸時代のくるわの女郎の話も登場してくるので目が離せない。

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