苦界にあえいでいた娼妓たちのことを考えて「花魁道中」なんて止めたら!
女房の古里の新潟県弥彦村のすぐ近くに分水(ぶんすい)町がある。今は燕市と合併したようだ。
桜の季節になると、毎年、川岸に植えられた桜並木の下で、多くの観光客を集めて「花魁道中」がはなばなしく催される。ところが今年は、東北・関東の大地震のことがあり、自粛して中止ということになってしまった。
ポスター・チラシはもちろん、いろんなグッズも用意されていたが、無駄になり、寂しい花見になってしまうようだ。
祖父から話を聞いて書かれた中央公論社刊「娼妓解放哀話」について、こんな興味深い話が書かれている。
吉原の廊(くるわ)の中で、一番大きな店の「角海老」の娼妓、白縫(しらぬい)が、樓主に虐待されて神経衰弱になったから、今日限りで廃業したいと救世軍の祖父のもとにかけこんだ。
警察で祖父と樓主と白縫が話し合うことになり、祖父がどんな虐待を受けたのか、一通り話をしてごらんと白縫に問いただした。
「頭痛のする私の頭へ入髪(いれがみ)をたくさん入れて、何十本という櫛(くし)やこうがい(日本髪のまげにさす髪飾りのこと)をさすんですからたまったものではありません。その上に長い厚ぼったい着物を着せられ、大きな帯を前で結び、蒸し暑いのにどてらのようなものを着せられ、高さ一尺、重さ二貫目の三枚歯の下駄をはかせられ、仲之町の端から端まで八文字をふませられたのです」
樓主はたまりかねて叫んだ。
「それは花魁の道中ではないか。それが虐待だとは途方もない!」
白縫は白い手をふって樓主を制するようにして言った。
「旦那はご自分の頭にあんな重いものをのせたことがありますか。旦那のはいている、その桐の下駄は何もんめありますか?
私は近頃、リューマチでスリッパをはいて段梯子を昇り降りするのさえ苦しいのに二貫目の下駄をはかされて、すっかり神経衰弱になってしまいました。それに持病の脚気が再発しそうです。これでも虐待ではないとおっしゃるんですか」
白縫の申し立てがあまりにも意外だったので、樓主も警部も唖然としてるところへ白縫はさらに言葉をつぎ足した。
「ねえ、警部さん、私は思いましたの。今は昭憲皇太后陛下の御諒闇中で、まだ、どなたも喪章をおつけになっているのに、仲之町だけが治外法権じゃありますまい。いけませんわね。今頃、花魁道中なんてあんな騒ぎをするなんて...」
「二貫目もある三本歯の下駄をはかせられては、誰でもびっくりして神経衰弱を起こしましょう。とにかく名簿削除のお取り計らいを願います」と祖父。
「前借金はどうしてくださるのか?」と樓主は声をやわらげて言った。
「それは私が働いてお返しします」
白縫が治外法権という言葉を使ったり、諒闇中をかつぎ出したりしたのは、彼女が古里の高等女学校を卒業していたからであった。
「やっぱり教育のお陰だ。高等女学校を出ていなかったら、二貫目の下駄で神経衰弱と脚気は起こらないよ」と祖父は笑った。
分水町の花魁道中、スポーツで鍛えた強い女性を選んで花魁にしていたようだが、吉原の廊の樓主たちが客寄せに考えたこと、来年からもっと健康的なパレードでも考えたらいかが。
女性蔑視の時代の催しなのだから、苦界にあえいでいた娼妓たちの苦しみも知るべきでは...
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