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2011年4月18日 (月)

万葉学者、中西進さんはすごい先輩だ!

 1953年、なんと今から58年も前のことだ。その頃、各大学の短歌会の連中を集めて「大学歌人会」を結成した。

 会の運営は、国学院大学の阿部正路君と僕がやっていた。駒大からは僕一人、劣等感の塊だったが、東大で開かれた歌会で、先輩の中西進さんが僕の作品をほめてくれた。

 このことは僕の人生に明るい希望を投げかけてくれ、アイデアマンだった僕は、タテ90ミリ、ヨコ65ミリという掌に乗るような32ページの歌集を出すことを考えた。

 僕の歌集は「渦」、友人の教育大学生(現在の筑波大学)の相沢一好君は「夜のうた」、1000部発行で原価は5円、それを10円で売ったのだから5000円の利益が出て多くの人に読んでもらえる。これは大成功で仲間たちが次々と発行した。

 「渦」の序文は中西進さんが寄せてくれた。

 「淡いデリカシーが吐息のやうな愁ひをもって青春の姿をととのへる。そうだ。明るすぎる陽光。光をたたへる事は若い詩の魂を羅(うすもの)のやうな憂愁に追ひやる事ではないのか。陰翳の礼参讃はきらきらしい静謐のうちに行はれる。
 プレリュードが徐々に、しのびやかに誘なひを高めてゆく。華麗な序幕。だがタクトが上げられようとする寸前の、みなぎって罩(こ)められた沈黙、ああそれは果てしなく長い茫洋だ。時のためらひが、瞳を投げかけてくれる。
 光は寂しいのだ。華麗は寂しいのだ。暁(あか)ときに目覚めてみよ。夜の名残りが羞(やさ)しく、未だ若い今日と戯れてゐるだろう。
 清浄に素朴な湧水の渦がしっとりと魂をうるほしてくれる。ひざまづけば永遠(とわ)な生の意味がそこにある」

 僕の作品をほめてくれているのだろうが、その意味が難しくて僕には理解できない。

 その後、僕らが結婚した時には仲人も務めてくれたし、次男夫婦の結婚式を挙げたときも、ご夫婦で出席してくれた。僕にとっては大恩人だ。

 昨年の暮れの事だったか、中西さんが女性の方と新聞紙上で対談してて、前半は理解できたが後半は難しくてわからない。

 「渦」の序文と対談の話が理解できないと手紙を出したら、なんと返事が寄せられて、58年ぶりに「渦」の序文を書き直してくれたではないか。「渦」のもう一つの序と題して。ちょっと長いけれど削るわけにはいかない。辛抱して読んでほしい。

 「伊藤文学君の作品には、繊細な、まるで吐息のような愁いがある。これこそが伊藤君の作品の青春性といってよいだろう。
 確かに君の青春を形作るものとして、あまりにも明るい太陽の光がある。しかし、君が太陽の光を礼賛することは、逆に作品が薄い衣をまとうように、ある憂愁を宿してしまうらしい。君は通りいっぺんの太陽の礼賛者ではないのだ。光が持つ微妙な陰翳、それを君は愛する。しかも、その時の、言いがたい静けさ。
 作品は作者の、このように豊饒な青春性を余すところがなく歌い出している。君の作品には、遠くから伝わってくるような音楽がある。静かに前奏曲がゆっくりと、そしてひっそりと訪れてくる。それにともなって歌い出される作品。
 わたしたちは、この徐ろな調べの中に、作品の世界へと誘われていく。
 十分、華麗な世界が一音、一音の中に展開していくのだが、そこへ踏み込む前の序幕のような緊張感がある。壮大な交響曲がいざ始まろうとする時、指揮者がタクトをあげ、そのまま一秒、一秒と時が経っていく時の、あの瞬間には、水が漲りわたるような沈黙がある。
 いい方をかえれば、途方もなく無限につづく、茫洋とした沈黙といっていいだろう。長い時間のためらい。
 君の作品をよむと、こうした比喩を思いつく程に、きらびやかな物が今しも始まろうとする時の、緊張感と期待感と、それでいて何もかもが未来にある心が感じられる。
 君の中で、時間が未来へと進むことを恐れているのかもしれない。『時のためらい』といった物が、じっとこちらに瞳を向けているように思える。
 この未来を恐れて佇んでいる現在、それこそ青春が青春たり得る生き方なのだろう。だから暁の光は寂しい。華やかに射し込む光の条も、寂しい。
 たしかにわたしたちは暁に目をさましてみると、あたりはまだほの暗い。夜の名残りは去ってはいない。そして一方に、夜は白々と朝を迎えようとしている。
 夜が、若い今日という日の朝とやさしくはじらいながら戯れているように見える。
 伊藤君の青春詠を、こんな比喩でいってみるのも、一つの方法だろう。
 暁の空気は湧き出た清水が、徐々に体をひたすように、あたりに漂っている。この湧水の清浄で素朴な渦。暁の空気という水の渦。
 君が処女歌集を「渦」と名づける心意をわたしはそのように収得することができる。
 やさしく戯れる光と水の渦を仰ぎ見て体に受けとめると、命の永遠に向けて、魂が問われているように思う」

 中西進さんは、今は奈良県立万葉文化館長をされていて、わが国の万葉集研究の第一人者で、数々の賞を受けておられる。そのような方が、58年も前に出した歌集を読み直してわかりやすく序文を書き直してくれた。

 こんな幸せなことってあるだろうか。僅か数年しか短歌を作らなかったが、79歳になっても「青春は今も」と思って生きている僕にとっての最高の応援歌ではないか。

 朝日新聞夕刊に毎金曜日に連載している「ナカニシ先生の万葉こども塾」、これは子供のために万葉集から一首を選び出してやさしく解説してくれているので、僕にも理解できる。

 劣等生の僕をいつまでも忘れないで面倒を見てくれる中西進さんに感謝するばかりだ。

 Photo(表紙は「主婦と生活社」のカメラマンとして活躍し、今は熊本で娘さんと住んでおられる橋本信一郎さんの撮影)
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★『薔薇族』の注文の方法は、郵便局で1000円の定額小為替を購入し、下記までお送りください。155-0032 東京都世田谷区代沢3-9-5-202 伊藤文学宛

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★新しく『薔薇族』を置いてくれる古本店・「ビビビ」が下北沢にあります。〒155-0031 東京都世田谷区北沢1-45-15 スズナリ横丁1F・北沢タウンホールの筋向いです。読者好みの古書が沢山置いてあります。電話03-3467-0085です。

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コメント

はじめまして。
来年、中西先生の御原稿をレイアウトするお仕事があり、先生の人物像をネットで探っていましたら、こちらのブログにたどり着きました。こちらのブログを拝読して、まさに万葉に流れる心のふれあいのようなイメージが浮かび上がりました。良い仕事ができそうです。ありがとうございます。

投稿: jag | 2012年10月 3日 (水) 14時09分

中西先生は素敵な方ですね。
今、先生の講義を月1回受けています。
毎回、お会いするのが楽しみです。
ダンディでおしゃれで、素敵です。
その先生に認めていただけたなんてすばらしいですね。

投稿: とまと | 2011年9月25日 (日) 08時22分

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