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2011年6月22日 (水)

「ロマンの泉美術館」をなんとか残したい!

 人声があふれ、多くの女性達がおめかしをして来館してくれた。売店には、僕が毎月1回は問屋街の横山馬喰町で日本一大きい問屋の「エトワール海渡」から仕入れてきた数々のかわいらしい商品がはなやかに並べられていた。

 レストランも「バイロス館」と称して、シェフが工夫して作った西洋料理が人気で、1時間待ちは常識だった。

 年に何回かは、新潟の人が絶対に見ることができないような浅草の芸人を招いたり、歌手も、売れなかった時代の秋元順子さん、クミコさんを招いた。それが紅白に出場するまで登りつめたのだから、僕としてはこんなに嬉しいことはなかった。

 まさか僕が編集長の『薔薇族』が売れなくなるとは夢にも思わなかった。本の売れ行きだけで一切の費用が出て、広告料はすべてが利益になってしまうのだから、どうしても黒字減らしをしなければならない。莫大な税金ばかりを払っていたからだ。

 昭和56年4月16日発行の「週刊文春」が見つかったので開いてみたら、世界のクロサワの映画「影武者」がアカデミー賞をもらうものと思っていたのが落選してしまったなんていう記事が載っている。

 野球界でもスーパーヒーローのONが欠けて、次の時代は石毛と原だと書かれている。

 『薔薇族』が創刊されて100号の記念号を出した時のことだ。なんと4ページを使って記事が載っている。その見出しを見てびっくり。「ホモ界の朝日新聞『薔薇族』百号記念までの悪戦苦闘」とあるではないか。

 「朝日新聞社側では迷惑かもしれないけれど、とにかくその権威といい、信頼性といい、まさに●界の『朝日新聞』といった存在であるらしい。ホモ雑誌界の雄『薔薇族』が、このほど十周年を迎え、百号記念の特大号を発刊、盛大なパーティまで開かれた。が、ここに至るまでには四回の発禁など悪戦苦闘の連続」と見出しを付けたのだから、朝日新聞は『薔薇族』と一緒にされるとは何事だと怒り心頭、見出しの訂正を求めたが、本文は印刷した後なので、新聞広告などは訂正したようだ。

 広告を取るための営業社員をひとりも雇わなくても、スポンサーの方から載せてほしいと頼んでくるところが、当時の朝日新聞と同じだったので、こうした見出しを付けたのだろう。

 それが時代が変わってしまい、ネットや携帯電話がこんなに早く進歩し普及するとは誰も思わなかったに違いない。

 本業の『薔薇族』が廃刊し、朝日だって部数が落ちて今や苦しいに違いない。

 美術館は3年間、新潟の会社が引き受けて、営業を続けてくれたことは感謝している。先日も若いS君に運転してもらって、弥彦に片付けに行ってきたが、人間が出入りしていない建物というのは廃墟というしかない。

 壊すにもお金がかかる。直すにもお金がかかる。何かに使ってくれるお金持ちはいないものだろうか。このまま朽ち果てさせるのはもったいなさすぎる。

 今でも「ロマンの泉美術館」を忘れられず、外からだけでも見てきたという女性が弥彦のレストラン「マジック・ディッシュ・森」に食事に来られたという。新潟の人に忘れられない思い出だけでも残せたということは幸せだ。

 僕の心の中にも、大きな夢の世界が今でも残っている。それだけに廃墟にしたくない思いは強いのだが...

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