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2011年10月 3日 (月)

キャバレー「白いばら」は、大盛況だった!

 一昨年は『裸の女房』、昨年は『やらないか!』(いずれも彩流社)を出版した折にパーティ好きのぼくは、今までのホテルでの出版記念会をやめて、銀座で唯一生き残っているキャバレー『白いばら』を借り切って催すことにした。

 本代を含めて会費が一万円、一昨年は200人を越し、昨年は不景気が深刻で、それでも参加者は、100名を越えて、「白いばら」の店長は、にこにこ顔で大いに感謝された。

 昨年の年を押しつまった12月28日に、いつもぼくの会に出席してくれて、スピーチをしてくれた、SM作家の団鬼六さんも、講談社から『死んでたまるか』という、自伝エッセイ集の出版を祝う会を「白いばら」で開いてくれたのに、今年の5月に亡くなられてしまった。

 映画の『プリティ・ウーマン』の撮影場所になった、ロスの名門ホテルにぼくらは何度か宿泊したが、フロントには貫禄のある年配の人がいるので、その風格からいいホテルなんだなと思わせた。 
 サンフランシスコの名門ホテル、これも名前を忘れてしまったが、フロントには同じように風格のある年配の方がおられた。
 銀材のキャバレー「白いばら」にも、同じように19歳の時から入店して、50年間勤めあげた、店長であり専務取締役である、山崎征一郎さんがいたからこそ風格があった。それが9月25日をもって退任するという知らせが届いた。

 その手紙には、こんなことが書かれていた。

「昭和37年、初代社長に採用された頃は、高度成長期でした。団塊の世代にもてはやされたキャバレーのピークの時は、連日、超満員の日々が続きましたが、バブル崩壊後は、2階に数組しか入らない苦しい時代もございました。」

 それからの日本の経済はデフレで、不況から抜け出せず、景気は悪くなるばかりだ。そして今度の震災と津波。銀座は外人客もこなくなり、その上、節電で暗く、夜は人が歩いていず、バアなどもみんな困っているというニュースばかりを聞いていた。
 いつも笑顔で、がっしりとした山崎店長。この店長がいたからこそ、いくたの苦難も乗り越えてこれたのだろうに……。

 先日、10数年ぶりにゲイ産業で、トップというべき会長を浅草に訪ねたが、「お客というものは、繁盛してお客がいっぱい入っているところに集まってくる」というようなことを聞かされた。
 下北沢の南口商店街でも、「餃子の王将」などは、いつでも満員だ。そうかと思うと、すぐにつぶれてしまう店もある。
 繁盛しているお店は、接客態度もいいし、値段が手頃で、料理もおいしく店内も清潔だ。そうした努力があるからこそ繁盛しているのだろう。

 「白いばら」の山崎店長から、今年も本を出して、出版を祝う会をやりましょうと言われていたので、ぼくもその気になっていたが、今年の暑さにはまいりました。

 昨日、9月15日(木)意を決して「白いばら」をしばらくぶりに訪れた。毎日新聞の鈴木琢磨記者にも、息子に頼んでメールを入れて誘っておいた。

 6時開店と同時に店に入ったが、みんなよろこんで迎えてくれた。今度、新店長になる人は下北沢に住んでいて、ぼくをよく見受けるので、今度は声をかけますと、言ってくれた。息子のような人で、38歳だという。
 ぼくのとなりに座ってくれた女性も、下北沢の南口に住んでいて、劇団に所属しているという。
 おどろいたことに、客がどんどん入ってきて満席。その活気はすごい。ショウの踊りもよかったし、ナマバンドもなつかしい。外に出たら人影がまばら、お客が入る店には入るということか。

〒104-0061 中央区銀座3-5-18 「白いばら」

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山崎店長、長い間お疲れさまでした。

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