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2011年10月22日 (土)

『薔薇族』と共に育った息子に竜さんが……。

 ハビテーション「淀川」という、5階建てのマンションの2階の部屋から『薔薇族』は誕生(1971年)して、その11月6日に次男の文久(ふみひさ・通称Qちゃん)が誕生。
 その年の7月には創刊号を出したのだから大きなお腹をかかえて、波賀九郎さんの写真撮影の照明係を女房がしていたのを思い出す。

 そのQちゃんが駒大に入学した頃、藤田竜君が創刊20周年奉祝記念号に、息子のQちゃんは、『薔薇族』と共に育ったのだから、質問を用意しておいて、竜さんとQちゃんの対談が、1991年9月号(No.224)に、「インタビュー・『薔薇族』と共に生まれ、一つ家に育った少年・本誌編集長次男の20年」という見出しで、5頁に渡って載っている。008a
 ぼくもやっとこの号を見つけ出して、20年ぶりに読んでみた。現在、次男は39歳になって、小学校4年の野球少年の親になっている。

――子供の時は、そういう男の裸の本などがあったり、ヌードの撮影をしたり、オチンコが出ているものが、やたらとあったりして、どう思った?

●食卓の電話の近くに本が置いてあるから、小学校の低学年ぐらいの時から興味があって、何の本かなと見ていた。そうすると裸でオートバイに乗っていたりするわけです。でも、ぜんぜん違和感はなかったというか、こういうものもあるんだなとしか思わなかった。中学ぐらいになって、オヤッと思ったけど。

――そういう家庭に育って、不安や疑問はなかった?

●それは初め多少あったというか、まず父がホモじゃないかと思った。一番初めにそういう本を日本で出したわけでしょう。そんな発想がね。
 だからひょっとしたら、父はホモじゃないかと思っていたけれど、結婚してるわけだし、ぼくがいるわけだから……。けっこう父は女の人が好きだから、ホモじゃないなと思うけど。

――ホモの人に触られた経験、君はないの?

●ぼくもあるんです。1回、ホモの人に連れられてプロレスに連れて行ってもらったんです。
 後楽園ホールのエレベーターに乗っていたら、連れて行ってくれた人の連れに、エレベーターの中で、お尻のところ、パンツの線のところをなでられた。それで何も言えなかった。

――寒気がした?

●そう。

――『薔薇族』の手伝いなどしたことがあるの? 撮影の手伝いとか。

●やったことあるらしいんですが、覚えていないんです。車の免許を去年とったので、追加の『薔薇族』の配達とかをしています。新宿の「ルミエール」とか。

――びっくりするでしょう?

●こわい。あの「ルミエール」のおじちゃんがやさし過ぎる。

――何時ぐらいに行くの?

●夜中の1時とか、2時とか。だからおじさん同士がキスしていたり。本を持って行くんだから、やはり間違われたりして、ホモじゃないかと。

――あまり尋ねることがないな。ホモに抵抗がないんだもの。

●もっとあると思ったんだ。

――いま19歳で、大人になった目で、改めてお父さんを考えると、どう思う?

●今は尊敬しています、初めのうちは近所の人にも冷たい目でみられたというから。


 小さいときから、男の裸の写真が、ちらばっているところで育ったのだから、藤田竜さんが想像していた息子と違っていたので、がっかりというところ。残念ながら企画だおれで、それでまずはよかったのかな。それに竜さんもすでにこの世にいないし……。

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