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2011年10月 8日 (土)

歌手のクミコさんに、ホメられて僕は幸せ!

 「人」との出会いも不思議だけど、「物」との出会いも不思議なものだ。人との出会い、素晴らしい人と出会うことも、偶然のようなものだけど、「運」もあるのではなかろうか。

 今から19年前、東北新幹線が開通した頃のことだ。『薔薇族』の相棒の藤田竜君と、内藤ルネさんと3人で、仙台のゲイ事情を取材に行こうということになった。
 ゲイ・ホテルもあったし、ゲイバアも何軒かある。仙台の駅前の書店(名前を忘れてしまった)でも、何百冊も売ってくれていた。

 ぼくらの泊まるホテルも、クラシックなアンティークの置いてあるホテルに泊まろうとガイド・ブックを買って調べたら、「江陽グランドホテル」が王朝風とあったので、そこに泊まることにした。
 
 ホテルのロビーは、美術館のようで大理石、ブロンズの大きな彫刻が、ずらりと置かれていた。翌朝、フロントでお金を払っていたら、社長らしい老人が、カメラマンを指示して撮影をしていた。
 ぼくは老人に声をかけた。何と言ってほめたのかは、まったく忘れているが、老人はよほどうれしかったのか、ぼくに自宅に来ないかと誘ってくれた。竜さんとルネさんとは別行動になって、老人が案内してくれた自宅へ車で向かった。

 広瀬川が見渡せる丘の上の洋館は建てたばかりで、ぼくに見せたかったのだろう。老人がよく訪れる英国に、気に入った建物があって、その建物をあちこちから撮影して、建築家に見せて、同じような建物を作ったのだ。
 この老人、後藤江陽さんは、小さな街の写真館から、中華料理の「龍天江」「写真館」そして豪華なホテル王にまでなった方だ。

 その後、下北沢の北口にぼくが経営していた、カフエ「イカール館」の従業員を連れて「江陽グランドホテル」に宿泊したら、車を出してくれて、松島から平泉まで案内してくれた上に、ぼくら夫婦はスイート・ルームに部屋をとってくれて、宿泊費をとらなかった。
 その後、ぼくの両親が仙台に行ってみたいというのでお願いしたら、やはり宿泊費をとらなかった。
 秋葉原の「ホメ喫茶」のことを書いたが、ホメルということの大切さを教えてくれた社長だった。

 それから10年後、「江陽グランドホテル」のレストランのパンがおいしいと、テレビで紹介されていたので、注文したら息子さんの隆道さんが後を継いで社長になられていたが、パンを送ってくれた上に、月餅まで送ってくれた。

 江陽社長が亡くなられて、すでに19年にもなる。仙台も地震でひどいことになってしまったのではと、ずっと気にかけていたが、今度ブログを更新してくれているS君が、調べてくれたら、営業を再開しているということが分かって安心した。社長も息子さんのお名前になっているので。10年前の手紙には、ご病気をされていたとあったので、ぼくの生きているうちに仙台を訪ねて、お墓まいりをしたいと願っている。


 歌手のクミコさん、宮城県の82歳になるピアノ屋さんが、水につかったピアノを修理して調律したということで、そのピアノを使って、コンサートを開くということが、新聞に報道されていたのではがきを出したら、すぐに返事が送られてきた。

 「文学さん、ブログ復活おめでとうございます。文学さんの文章は、素直で青年のように心にしみます。これからもがんばって下さい。」とある。

 ホメられるということは、うれしいことだ。まだまだ頑張るぞという、勇気が湧いてくるではないか。
 
010
初めて出会った頃の「クミコ」さん


「江陽グランドホテル」
〒980-0014
仙台市青葉区本町2-3-1

電話 022-267-5111(代)

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