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2011年11月 7日 (月)

だまされる方が幸せなのかも!

 読者の文通欄、ネットなんてものがなかった時代は、時間もかかるし、面倒くさいが、これしか仲間をみつける方法はなかった。
『薔薇族』の文通欄でも、沖縄の高校生と名乗り、何年経っても高校生といって、相手をだます男もいた。
 少年かと思って、はるばると会いに行ったらオジさんだったなんて話は、いくらもあった。
 これは『薔薇族』が創刊される10年以上も前に、会員制で出していた、大阪の『同好』という雑誌に載っていた話だ。
 
「誰か真実の父か、母のように慕える人が欲しい。三島ファンで高1の16歳。神戸市○○町○○局気付某」
 
 ゲイの少年愛者なら、われこそはと誰でもとびつきたい相手に違いない。これを読んだ40歳の男盛りの少年愛者、早速に君の父親になってあげよう。そして思う存分かわいがってあげようと、名乗りをあげた。
 
 数日後、早速、返事が届いた。「お父さんの手紙を読んで、夜もねむれないくらい、うれしかったが、今、丁度風邪をひいて、熱を出して寝ている。
 ああ、もうしんぼう出来ん。きっときっと待っててね。ぼくの大好きなお父さんへ」
 
 こんな返事がきて、中年男は頭の中が、ぐらぐらとしてきた。早速、返事のペンをとった。甘い甘い言葉と共に、お小遣いを300円封入してやった。
 折返し返事がきた。「お父ちゃんありがとう。ぼくとてもうれしい。毎日、毎日、お父ちゃんのことばかり考えている。
 お医者さんがまだ駄目だという。風邪をこじらせてしまって、ごめんなさい」
 折返し返事がきて、身体の調子が良くなってきたので、次の日曜日、そちらへ訪ねたい。くわしい地図を教えてほしい。
 中年男、返事と共に500円を封入して、次の日曜日の正午、大阪駅の西口で待ち合わすように、左手に新聞を持って、知らせておいたとおり、紺のダブルの服を着て、散髪までして、かわいい恋人とのデイトに胸をふくらませて出て行った。
 約束の時間は30分も過ぎたが、それらしい少年の姿は見えない。あきらめてそこを立ち去ったのは、もう2時間も過ぎていた。
 
 それから2日目、少年から手紙がきた。
 
「ぼく行ったんだけど、大阪の地図が分からないので、東口で長い間、待っていたの。
 ああ、お父ちゃん、悪いけれど、また電車賃がないのですぐに送ってね。」
 
 胸はずませて返事を書いて、、また500円を封入した。朝早く家を出て、再び大阪駅の西口に行った。時刻は刻々と過ぎて行く。とうとう1時間も経って、いよいよおかしいなと、いささか不信感が湧いてきた。
 そしてその日も、とうとう待ち呆けで帰ってきた。誰にも言えぬ、この張りつめた気持の後味の悪さ。
 
 とうとうその夜は、ゲイバアに行って、ぐでん、ぐでんになるまで酒を呑んだ。「い~さん馬鹿に今日は荒れていますね」と、顔見知りの青年に声をかけられた。
「その子、どこの子」「神戸だよ。神戸の坊やだよ」
「その子は文通マニアのタカリですよ」
 
 家に帰って一計を考えた。例のごとく甘い甘い手紙を書いて、○○局止めで差し出した。その手紙が着く頃に、わざわざ神戸に出張って、受取人を今やおそしと待ちかまえていた。午後2時頃、それを受け取りにきた人は、なんと40を越した女性だった。開いた口がふさがらず、ひとことも声をかけずに大阪へ帰ってきた。
 
 文通欄の手紙の時代、なんとものんびりした笑えない話。ネットの時代は、どんな男のだまし方があるのだろうか?
 

016
江戸時代の男色のイラスト

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