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2011年12月17日 (土)

昭和の夢の名残を残した、高級喫茶「古城」

 今時、こんなゴージャスな喫茶店があるなんて想像もできない。それも上野から浅草に抜ける大通りから、右に入った裏通りの地下に、ひっそりと残っている。
 高級喫茶「古城」(こじょう)と、看板にあるのだから、すごい喫茶店であることは間違いない。
『薔薇族』が廃刊になって、しばらくしてから、上野にある「英和出版」が、復刊させたいという申し入れがあって復刊させることができた。「英和出版」のビルがある裏通りに、「古城」があって、「英和出版」を訪れた帰りに、必ず「古城」に立ち寄った。
 一年も持たずに、また廃刊になってしまったが、「古城」を知っただけでも、大きな収穫だった。

 塩沢槙さんの『東京ノスタルジック喫茶店』にも当然のことで紹介されている。
 店の創業は、昭和38年(1963年)、今から48年も前のことだ。その頃の表通りは仏壇屋街で、裏通りは寂しい通りだったに違いない。
「古城」を出たところに路地があり、その両側の家は、戦前の建物で、なんとも言えない下町の風情を残している。

 その路地の奥の右側に「大番」という小さな看板が見える。ゲイの世界での出世頭のひとりで、新宿の歌舞伎町にも大きなホテルを持っているオーナーの店だ。
 かなり前のことだが、歌舞伎町にゲイホテルをオープンさせたときに、オーナーにインタビューしたことがあった。そのオーナーも今年亡くなられたそうだが、世代交代の時期になってきているのだろう。
 上野にあったホテルに警察の手入れがあったときに、知り合いの刑事が逃がしてくれたという若き日の話も聞かせてくれた。
 新しく建てたゲイホテルが手入れをされないように、ホテルとしてのあらゆる許可を取ったと話してくれた。アメリカでもゲイバアがたびたび警察の手入れを受け、それに反発したゲイたちが立ち上がった。そんな出来事が、この路地をのぞくと浮かんでくる。

「古城」は店主の松井京子さんのお父さんがオープンさせたお店だ。いったいこんな豪華な造りの内装費って、どのくらいかかったのだろうか。
 椅子席が69席とあるが、こんなゆったりとした椅子を置いている店なんてどこにもない。シャンデリアもすごいし、ステンドグラスも見事だ。床も大理石、まさにヨーロッパの古城を思わせるたたずまいだ。
「古城」は店主とおしゃべりするところではないし、お客さん同士が知り合える場所でもない。ただただ、この豪華な空間にいることだけで、ほかに何もいうことはない。

 ぼくとお付き合いしてくれている、20代の女性が、「古城」の話をしたら、ぜひ行ってみたいというので、東急プラザ5Fの喫茶店「SHALIMAR」で待ち合わせて、「古城」に行ったのだ。上野駅から歩いて、4,5分のところだ。
 バブルの時代は、お昼どきにはお客さんが入りきれないほどで、ところがお客さんはおじさんばかりだったとか。
 銀座にあれば、コーヒー代は千円はとるだろうが、バブルがはじけて、デフレの時代になっても生き続けてきたのは、店主がいろいろと工夫してきたからだろう。
 料理好きの主婦をやとって、食事も出している。ぼくはカレー、彼女はハンバーグをとった。もちろんコーヒー、紅茶もセットでついている。それが安くておいしいのだ。

 今度本を出せたら、キャバレーではなくて、ここを借りきって、出版を祝う会をやりたいと夢みている。とにかく「古城」の門を開けてほしいものだ。

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「古城」の地下に入る入口

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重厚なシャンデリア

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大きなステンドグラスは目をうばう

27d
床には大理石が敷きつめられて

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「古城」のすぐ脇の路地

(台東区上野3―39―10 B1F 電話03―3832―5675 定休日 日・祭)

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