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2012年1月 2日 (月)

初めてわが子を抱いたとき

 小学校4年生の孫のクラスにも、離婚して父親がいない、母親だけという子供が何人もいる。今どきの夫婦は、夫婦の間で、なんらかのいざこざがあると、すぐに離婚してしまう。昔は親が娘に「辛抱しなさい。我慢しなさい」と、いさめたものだが。
 同性愛者の結婚となると、これはより深刻だ。地方に行けば行くほど、女性と結婚しないわけにいかなかったからだ。この投書のような話があちこちであったわけだ。

「妻はこう言うのだった。私はうれしかった。この一言が絶望のどん底にいた私を救ってくれた。そして、そのとき、生まれて初めて女を愛する感情を自分の心の中にみた。
 突然にムラムラしたものが私をおそい、私は夢中で妻を抱いていた。妻よありがとう。私はこれからの自分の一生を、お前を愛するために使うよ。私は心の中でそう誓った。私たちはその夜はじめて結ばれた。
 新婚生活、私たちは激しく愛し、激しく燃えた。そしてすぐに長男が誕生した。
「はい、元気な男の子ですよ」と言って、看護婦さんから手渡されて、初めてのわが子を抱いたとき、私の目から涙がとめどもなく流れてきて、どうしようもなかった。
 ありがとう、妻よ、ありがとう、わが子よ。私はお前たちが救ってくれたのだ。ありがとう、ありがとうと、何度もつぶやいていた。
 今、私は妻にとって信頼すべき夫であり、父親である。また反対に今の私から妻と子供をとりあげてしまったら、いったい何が残るだろうか。だから私は妻と子供のために、私の心の中で、ときおりかま首をもたげてくるいまわしい欲望と戦う。
 妻がとなりに住んでいる若夫婦を見て、こう言った。
「おとなりの夫婦、ものすごいけんかをしていたわよ。皿を投げるわ、なぐるわで……。だけどあんな夫婦が、かえって一番仲がいいのかも知れないわね」
 考えてみると私たち夫婦は、結婚してからこのかた、一度もけんからしい、けんかをしたことがなかった。私たちはだれが見ても、じつに仲がよい夫婦であった。妻がわがままを言いだしても、私は自分の感情をぶちまけて言い返すことはなかった。
 なぜなら私は自分の感情を押し殺すことにはなれていたからである。しかし、私の心の中にある何かを、妻が敏感に感じとって、「私たちよりはでにけんかをする、となりの夫婦のほうが、実は仲がよいのではないか」と疑念を抱いたのであろう。
 妻よ、お願いだからそんなことを言って、私を困らせないでおくれ。私は必死にお前を愛しているんだ。お前はただ何も考えずに、素直に私の感情を受けとめてほしい。
 妻はけげんそうに私に言う。
「あなたって、やさしいのね。ねえ、どうしてそんなにやさしいの」
「……それは」
 やっぱりそれだけは言うわけにはいかない。しかし、私が老いて死んでいくときには、私は妻にすべてを打ちあけようと思う。
「妻よ、今まで隠していて、許してくれ。私はお前の夫である資格のない男だ。こんなに私につき合ってくれてありがとう。でも、私はがんばったんだよ。自分の中にあるものを抑えて、お前を愛することに、すべてをかけてきたんだ。だからどうか許してくれ」
 妻は許してくれるだろうか。いや、そのとき妻に許してもらうためにこそ、私は今を生きる。」


 山形県の28歳の読者からの投稿だ。それから30年、初老を迎えて今、どんなことになっているのだろうか。ドラマを見ているような気持ちだが、ハッピイエンドで終わってもらいたいと願うばかりだ。

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2月4日(土)午後2時~4時(予定) ※途中参加・中途退出も自由です。
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住所:東京都世田谷区代田1丁目31-1 TEL03-3410-7858
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