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2012年2月18日 (土)

コンクリートの崖の傷跡を残しておきたかった!

 先日、「渋谷東映」にひとりで映画「山本五十六」を観に行ってきた。平日の午後だったが観客は、3、40人、それも男性の老人ばかりだ。
 それは当然のことだと思った。戦前、戦後を生き抜いてきた、老人でなければ、この映画を理解できないし、若者には興味がないだろうから。
 昭和20年(1945年)終戦の年から、すでに67年の月日が流れている。終戦の年の5月25日は、世田谷方面がアメリカのグァム島の基地からとびたったB29の大空襲を受けた日だ。
 ぼくはこの日の朝のことを世田谷学園の同窓会誌「学友」に寄稿していた。

 「もう誰も、この傷跡を知らない。淡島の東急のバスの車庫から、坂を登ると左手に多聞小学校があり、坂を下る途中、右手はコンクリートの崖になっていて、その上は墓場だ。そのコンクリートの下から、1米ほどのところが、直径30センチほど、ざっくりとえぐりとられている。
 その傷跡を今、気にとめる人はいないし、なんでえぐられているのか知る人もいまい。(現在は崖がすっかり修復されて、表面はペンキで白くぬられている)
 昭和20年、太平洋戦争は日本の敗色が濃厚になってきて、日夜、東京はB29の空襲で廃墟と化していた。
 ぼくは世田谷学園の中学1年生、その夜の空襲はものすごく、B29は低空飛行で、爆弾や、焼夷弾を落とし、わが家のまわりは火の海、空気が熱くなって、息苦しいばかりだった。
 家を焼かれ、生命からがら逃げのびてきた人たちが、道路の片隅に放心したように座りこんでいる。幸運なことにわが家のまわりだけは無事だった。
 朝になって、いつものように鞄を提げて、学校に向かった。淡島のバスの車庫あたりから焼け落ちていて、坂を上りきったところの測機舎の建物も、左手の多聞小学校も跡形もなかった。
 道路には焼夷弾や、1米ぐらいの長さの爆弾の不発弾がころがっていて、道路は穴だらけ。
 コンクリートの崖をえぐるような傷跡の下に爆弾の不発弾が落ちていた。坂を下だる左側のキンカン本舗の工場も焼け落ち、豆炭のようなものが、真っ赤に燃えさかっていた。
 小さな橋を渡って、左手の山本オブラートの工場と、その周辺は焼け残っている。わが世田谷学園は、その先は焼け落ちているのに校舎は残っていた。
 夢ではないか、奇跡ではないかと思った。寄宿生たちが次々と舞い落ちる焼夷弾を必死になって消しとめたのだそうだ。天井を焼夷弾が屋根をぶちぬいて、天井にひっかかり火を放つので、世田谷学園の天井は、すべて取り去っていたのが幸いしたのだろう。
 確か焼夷弾は長さ4、50センチで、6角形、それが束になっていて、空中で落下するときにバラバラになり、落ちるような仕掛けになっている。中身は油脂で燃えやすくなっているのだから、その頃の日本の木造家屋は、たちまち火の海になってしまう。
 あの崖の傷跡は、いつまでも残しておきたかったが。5月25日の朝のことは、ぼくの記憶の中で鮮明によみがえってくる。」

 死刑囚の死刑執行は、法務大臣が決めることのようだが、在任中に一度も命令を下さない大臣もいるようだ。
 先日書いたけや木の木、2月上旬を待たずに切り倒されていた。ぼくが区長に手紙を出したので、公園管理事務所が面倒なことにならない前に、死刑執行(?)を決めてしまった。空洞があるとはいえ、せめて台風の季節の前ぐらいまで生かしておきたかった。
 これからもあることだろうが、長い間生きている樹木の首を切るような時には、よく考えてからにしてもらいたいものだ。

043
焼け残った世田谷学園の校舎。現在は建てかえられて立派な校舎に。

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第5回「伊藤文学と語る会」 
 
3月10日(土)午後2時~4時(予定) ※途中参加・中途退出も自由です。
会費なし(コーヒー代の実費のみ)
会場:下北沢 カフエ「邪宗門」
住所:東京都世田谷区代田1丁目31-1 TEL03-3410-7858
※テーマなしで自由に語り合います。ぜひ、お出かけを!

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