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2012年6月 9日 (土)

少年を描き続ける稲垣征次!

 少年愛者の稲垣征次君、『薔薇族』のスタッフの中で、白眼視されながら、少年愛の読者のために最後まで頑張りとおしてくれた。
 彼は長い間、少年のイラストを描き続けているが、今の時代、ネットで販売することは難しい。現在、団地で弟さんと二人で、僅かな年金だけで暮らしている。

75 「少年愛花物語」は、『薔薇族』に連載されたものだが、エッセイとイラストで四季の花々にまつわる少年との話が叙情的に描かれている名作なので、なんとかまとめて一冊の本にして残しておきたいと前々から願っているのだが果たせずにいる。
 稲垣征次君を支援してやろうという人はいないものか。困窮に耐えて、少年を描き続けている稲垣征次を救えないものだろうか。
 六月といえば、「紫陽花」(あじさい)だ。全文を載せきれないが、少年への思いを紹介しよう。

「六月は梅雨、うっとうしくて嫌になるが、つかの間、そんな気分をなごませてくれる花にアジサイがある。
 そして私にはアジサイは紫陽花と書く方がピタリとくる。その紫色の花の色は、土壌の酸性度によって、青にかたよったり、赤にかたよったりするらしい。
 単なる美意識でいえば、青の、さらに濃い色のそれがより美しく感じられる。
 しかし、およそ私の現実は、そのようなしっとり冴えた色とは無縁であって、たとえば、その赤味の勝った紫色が梅雨の晴れ間、初夏の太陽に照らされて渇いてゆく。その萎みかげんの風情に喩えられるかもしれない。
 数年前、鎌倉の紫陽花の名所を友人と散策したことがあった。
 その折、まだ雨露の残っているおびただしい紫陽花の咲く参道で、上品な母親らしい人に連れられた美しい少年に出会った。
 12歳くらいだろう。ほぼ完璧な容貌で、紺のコールテンの半ズボンと、白いハイソックスの間には、薄黄土の陶器のような肌の太股があらわにやさしい。
 しばらくして私の視線の意味を悟った少年が、さりげない表情の中に、微妙な媚を見せ始めて、私の心を躍らせた。
 そうなんだ、他人からの愛の視線にはなれっこで、楽しんでしまう少年。
 さらに保護者がいるので、何事も起こりえないことを察していて、より大胆な眼差しになっている。そんな少年。
 こちらも二人連れ。事実、何事もなく、駅へ向かう人混みの中で見失ってしまった。
 私は友人のおしゃべりに相槌を打ちつつも、内心「オレには向かない。人形のような美少年。観賞用さ」などと強がっていたが、まんざらうそでもないのは、私が丸ごと惹かれるには、男の子の野性的(シャープ)な肉体がより必要であったからである。
 とはいえ、乱れ咲く紫陽花にも負けぬ美少年ぶりは、長く余韻として残った。(中略)
 そしてその時はほんの少し、渇いてゆく花から眼を離せないのは、来る夏への希望をみたいからである。
  
    あれも現実、これも現実。
    青く、赤く。
    されど、手に届く方こそ、
    私の現実。
    赤紫色の渇いた現実。」

 映画『ベニスに死す』の中での美少年と老人が最初に出会ったときのシーンを思い出す。
 下北沢南口のカフエ「ザック」の大きなガラス窓から通りすがる人を見ていても、はっとするような人に出会うことはない。みんなくたびれたような人たちばかりだ。

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第8回「伊藤文学と語る会」 

6月16日(土)午後2時~4時(予定) ※途中参加・中途退出も自由です。
会費なし(コーヒー代の実費のみ)
会場:下北沢 カフエ「邪宗門」
住所:東京都世田谷区代田1丁目31-1 TEL03-3410-7858
※初めての方、お一人様も大歓迎。ぜひ、お気軽にご参加を!

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