« 神道も、佛教も売春を悪と思っていなかった! | トップページ | 松岡正剛さんの『遊』の「ホモエロス」特集号はゲイの作家勢揃い! »

2012年7月21日 (土)

祖父、伊藤富士雄は、三つの危険を乗り越えた!

 救世軍の指導者だった山室軍平さんが、祖父、伊藤富士雄が亡くなったあと、昭和5年の「中央公論」4月号に、伊藤富士雄を評した一文を載せている。

「伊藤君は、およそ千二百人の芸娼妓の面倒を見て、そのうちの987人を無事に廃業させ、それぞれ堅気の生活に戻させた。

 ぼくは伊藤君のことを思うたびに、じつに偉大な男であったと、つくづく感心している。それは伊藤君が娼妓を救い出す運動をする上には、いつも三つの大きな危険がはらんでいたからだ。

 三つの危険というのは、第一に暴力だ。廓の経営者は、貧しい農家の娘を親にお金を払って、やとい入れているので、それをむざむざ救い出されては大損してしまうので、暴力団を女たちが逃げ出さないように、やとい入れていた。

 伊藤君は家を出るとき、いつ、どこで殺されるかも知れないという覚悟をしていた。事実、半死半生の目に遭わされたことが二回、けられたり、なぐられたり、石を投げられたことは、何百回あったか分からない。

 それでも伊藤君は平気なものだった。第二の危険はお金だった。金銭で女性たちを売買して、もうけている樓主たちが考えていることは、お金で売買しようという魂胆だ。

 そんな連中だから、どんな人間でも、お金で売買できると考えるのは当然のことだ。987人の娼妓ひとりにつき、百円ずつ樓主側が出しても、9万8千700円じゃないか(今の時代、いくらになるのか、計算できない)。

 それだけのお金で女たちに稼がせていた樓主は、その何倍もの利益を得ることができただろうから、伊藤君がもし少しでもお金に目がくらんだら、どんなことでも出来たのだが、じつに潔白に身を守ってくれた。

 第三には、異性の力だった。男という男はほとんどが、餓鬼のようにして、色を漁るものだという実験ばかりしている女性たちに対して、たったひとり伊藤君だけが、真実、女性たちの味方となって、命がけで働いてくれた。

 しかも情が深く親切で、男らしい勇気に満ちていた。そんな男が千人からの女性たちのまん中に立って、神さまのように尊敬されていたのだから、大きな誘惑の力が彼の上にどれだけ襲ってきたことか。

 けれども伊藤君は、毅然として女性たちの誘惑の上を踏みこえて戦ってくれた。ほんとうに感謝にたえない。」

 救世軍から支払われる報酬は、僅かなものだったようだ。3人の息子の長男だった、ぼくの親父は、早稲田実業を卒業して、早稲田大学に入学したのに、祖父が亡くなってしまったので、学費が払えず大学を中退してしまっている。

 それよりも各地にある小隊(教会のようなもの)に配属され、学校が変わるのでそれが親父にとってはつらかったようだ。

 終生、親父は救世軍を嫌っていて、救世軍の人が訪ねてきても会おうともしなかった。ぼくの母親は、救世軍の小隊によく通っていて、親父が脳軟化症で倒れて、母親の看護が必要になってしまい、それから無理矢理に救世軍に入れてしまった。

 祖父と違って、父親は女道楽にあけ暮れていて、母親を泣かし続けていたので、かたきをとられてしまったということだ。

 親父が亡くなったとき、神保町にある救世軍の本営で、盛大な葬儀をしてくれた。親父はどんな気持ちがしたことか。

 山室軍平さん亡きあと、救世軍には偉大な指導者はいないようで、現在の衰退ぶりは目にあまるようだ。救世軍、世の人のためにもう一度、頑張ってもらいたいものだ。

87
救世軍の大阪小隊の前で。
左はしの人物が祖父。

|

« 神道も、佛教も売春を悪と思っていなかった! | トップページ | 松岡正剛さんの『遊』の「ホモエロス」特集号はゲイの作家勢揃い! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101967/55156259

この記事へのトラックバック一覧です: 祖父、伊藤富士雄は、三つの危険を乗り越えた!:

« 神道も、佛教も売春を悪と思っていなかった! | トップページ | 松岡正剛さんの『遊』の「ホモエロス」特集号はゲイの作家勢揃い! »