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2012年9月15日 (土)

薔薇族城、落城寸前に訪れた取材!

 父が尊敬していた、吉田絃二郎という作家が「江戸最後の日」という戯曲を残したけれど、『薔薇族城最後の日』というようなときに取材に『OKFRED』(オーケーフレッド)という雑誌の辻村慶人君が訪れてきた。

 昭和7年から75年、住みなれたぼくの家は、借金返済のために、芝信用金庫代沢支店にとられてしまう。それこそ引っ越しの準備を始めていた頃だった。
 木造立ての二階屋から、三階建ての白亜の殿堂に生まれ変わって、美輪明宏さんが贈ってくれた豪華な門灯の光は、暗い読者に明るい光を投げかけて、多くの人たちが訪ねてくれた。

 書斎での写真を載せてくれているが、頭の髪の毛も残り少なくなって、指の先で何をいじっているのか分からないが、何かわびしい写真だ。もう少しいい写真を載せてもらいたかった。落城寸前の落ち武者のようではないか。

 前の年の2006年の12月号『男の隠れ家』が「気ままな知的空間・書斎は語る」という特集の中に入れてくれた。映画監督の恩地日出夫さん、作曲家の三枝成彰さん、作家の車谷長吉さんらと一緒にだ。
「仕事もプライベートも、すべてが包括されたカオスの空間。」というタイトルは、ぼくには意味がよく分からないが。
「飾らない書斎の佇まいは、来客すらも虜にしてしまう。
 出版に携わる人間ならば、編集長という言葉を耳にすれば、誰もが少なからず緊張するものである。しかし玄関先に姿を現した伊藤さんの笑顔と、よくお似合いの鮮やかなシャツを目にした瞬間、こわばっていた体が解きほぐされていくような何とも言えない暖かさに包まれた。心臓病問題、同性愛者専門誌『薔薇族』の編集と、常に世の中の弱者、差別される側の人間に対し、理解と愛情を注いできた伊藤さんの人柄がなせるワザなのか。
 そんなことを考えつつ、案内された書斎に足を踏み入れ、再び安堵感のようなものが湧き上がってくるのを感じた。(後略)」

 人間、ほめられるということは、うれしいことだ。ほめられたシャツは、アメリカのゲイ雑誌『フロンティア』のボブ編集長、エイズで亡くなられてしまったが、最後にお会いしたときに着ていたものを遺品として頂いたものだ。そのシャツのお陰で、風格を感じさせるいい写真だ。

 さて、「オーケーフレッド」の記事だが、これが最後だと思ってしゃべりまくってしまった。10頁を使ってよくまとめてくれた。いつもブログに書いているような話だけど、タイトルは、ぼくの思いがこもっている。
「少しでもいい方向へ持ってって、あの世へ行きたい。あと何年生きられるかわかんないけど」
 こんなこと言ったようだけど、ぼくは「あの世」なんてあると思っていない。心臓がとまってしまったら、それで終わりだから……。

『男の隠れ家』の記者が訪れたときと、落城寸前に訪れた辻村慶人君とは印象が違っている。
「下北沢の外れに、第二書房という看板を掲げた白いビルがある。茶沢通りを少し入った住宅街の中に、言われなければ、ここが出版社だとは誰も気付かないほど、ひっそりと佇んでいる。玄関先には子供の靴が並べられ、台所のテレビからは、お昼のワイドショウが流れている。」なぜか寂しさを感じる記事だ。
 インタビューを終えると、伊藤さんはしきりとOKFREDの心配をしだした。「もう雑誌はダメだよ」と。この雑誌もうないのでは。

 ぼくには千を越すブログを見てくれている人がいると思うと、大きな心の支えになって生きる力が湧いてくる。

103a
「男の隠れ家」に載った写真。編集長の風格が感じられる。

103b
「OKFRED」に載ったわびしい写真

 

第11回「伊藤文学と語る会」

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9月15日(土)午後2時~4時(予定) ※途中参加・中途退出自由。
会費なし(コーヒー代の実費のみ)
会場:下北沢 カフエ「邪宗門」
住所:東京都世田谷区代田1丁目31-1 TEL03-3410-7858

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初めての方、女性の方、ご年配の方、お一人様、大歓迎!
お気軽なご参加を、お待ちしております。

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コメント

>美輪明宏さんが贈ってくれた門灯の光は、
>暗い読者に明るい光を投げかけて

だから何で「暗い」と決めつけるのですか?ゲイには恋人に恵まれ、仕事も充実し、明るい希望に満ちている人も大勢います。一方の異性愛者にも恋人ができず、性体験もなく、苦しんでいる人は大勢いるのです。

むしろ性体験についていえばゲイの方が遥かに多いし、恋人をつくる機会にも恵まれていると思います。異性愛者の世界には発展場なんてありません。男女の意思疎通の難しさもあり、出会いはゲイ以上にハードルが高いのです。

>心臓病問題、同性愛者専門誌『薔薇族』の編集と、
>常に世の中の弱者、差別される側の人間に対し、
>理解と愛情を注いできた

同性愛者は少数派ではあるけれど、「弱者」ではありません。差別されていると、そうは感じていない人もいます。70年代ならあなたのようなことを言うのならまだしも、ステレオタイプに、ゲイを弱者に仕立て上げないで下さい。あなたはもう時代の子です。頭の中は、1980年代に書いていた「伊藤文學のひとりごと」のままで止まってしまっていて、世の中の変化についていけていないと思います。

繰り返しますが、ゲイの問題は私たちゲイが取り組んで行きますし、今も取り組んでいます。「弱者の側に立つ」などという、戦後一時期流行した左翼的価値観でゲイを差別しないで下さい。同性愛者を最も差別しているのは伊藤さん、あなたです。

投稿: ゲイの権利 | 2012年9月22日 (土) 03時36分

学生時代に薔薇族2号(表紙が大好き)から購読を始め、永年読んでいます。
信用金庫の話が出ましたので、少々のコメントをお許しください。
「芝信金に家をとられた」との伊藤さんの表現は、正しくは約束に従って、伊藤さんが芝信金から受取った多額のお金と伊藤さんの家とを結果的に交換したということだと思います。
それはお互いにかわした契約は、人間としての約束であり、「走れメロス」のテーマの約束を守ることと同じです。
信用金庫は、地元の人から預かったお金を、低金利で地元の企業に仲介する形式で貸している最も良心的な金融機関です。
貸したお金が返ってこないと元のお金預けた地元の人に返すことができなくなります。
芝信金の担当者の職員の方も、良心的に対応した結果、相当困ったと思われます。
芝信金側自体も、良心的な地元金融機関だと思います。
でも、当事者の伊藤さんの感覚は別だとは思いますし、微妙なことがいろいろあったと思います。
もちろん、伊藤さんの「家をとられた」「悪代官」の表現はジョークだとは思います。
私の余計な一言をお詫びします。申し訳ありません。

投稿: 薔薇族2号 | 2012年9月15日 (土) 22時58分

いつも拝見しております。
海外に住んでいるため、すぐには行けませんが
邪宗門の会に参加させていただいたいと
いつも思っています。
多岐にわたる興味深いお話の数々、毎回楽しみにしております。

投稿: オレンジ | 2012年9月15日 (土) 14時22分

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