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2012年11月19日 (月)

父が残したセピア色の4枚の写真

 父が残した遺品の中から、セピア色に変色した珍しい写真、4点がでてきた。からだが貧弱な父は、徴兵検査では一番悪い丙種合格だったから、兵隊にはとられずじまいだった。
 軍隊経験がないのに、なんでこんな写真を持っていたのかは分からない。

 前方に乗用車が二台置いてあって、銃を持ったいかめしい兵士が門前に立っている。門柱に下がっている看板の文字を虫メガネで見たら「歩兵第78連隊本部」と書かれている。
 左側の看板の文字は、虫メガネで見てもよくは読めないが、「南満州株式会社軌道北奉天公社」と記されているようだ。
 軍が民間の会社の建物を取り上げて、連隊本部としたのかは分からないが、風格のある立派な建物だ。「満鉄」という鉄道会社は、すごい会社だったようだが、その子会社かも知れない。

 満州(現在は中国領)を日本軍が侵略して関東軍という精鋭部隊を置いて警備していた。送電線の鉄塔だろうか、その下にころがっている死体は、兵隊なのか、民間人なのか、またなんで殺されたのかは知るよしもない。
 満州には多くの日本人が、新天地を求めて移住して行ったようだ。満蒙開拓団として多くの人たちが移り住み、田畠をたがやしたそうだが、畠らしき写真はその人たちが開拓したものかも知れない。

 終戦の8月15日の10日前に、ソ連軍が攻めこんできたとき、関東軍は民間人を置き去りにして逃げてしまった。その後の民間人は悲惨なことになり、多くの人が死んだ。
 この4枚の写真は、平和な時代の満州でのものだろうが、なにか不気味なものを感じさせる。とにかく戦争だけは、もうしてもらいたくない。不景気な世の中が続こうとも、なによりも平和であってほしいものだ。

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