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2013年4月 6日 (土)

年とって笑いの種にされるとは

 関西では『番傘』という川柳の雑誌があって、その主宰者は岸本水府という方で、亡くなられているが、ぼくの父は岸本さんに師事して、川柳を作っていた。
 父の作る川柳は、ただ笑いを誘うだけではなく、芸術性をねらった句だ。

 

人生は旅その旅で逢った人

 父は無類の女好きで、多くの女性と付き合いがあって、母を苦しめていたが、父が亡くなったあと、遺品を片付けたら、山のように女性からの手紙が出てきた。
 人生の途中で、父と出会った女性たちからの手紙だろう。 

 長生きをすればどこかでまた逢える

 父が住んでいた市ヶ谷の近くに、成女学園という女学校がある。そこの女性が父の初恋の人だったようだが、かなり年をとってからその女性を探しあてたようだ。
 ぼくも初恋の人だった女性と、再会したことがあり、この句の通りだった。

 

国境を飛んで蝶々は撃たれない

 北朝鮮と韓国、同じ民族でひとつの国だったのに、不幸なことに38度線で、お互いににらみあっている。

 

酌量の余地なし少年AとB

 僅かなお金をとるために、女性をナイフでさし殺してしまった、二人の少年。人を殺したらどういうことになるのか、考えなかったのだろうか。哀れな話だ。

 

私の金私が借りて利子がつき

 家を建てかえたとき、銀行に自分の金があるのに、それで払ってしまうと、税金が高くつくのか、そのへんのからくりは、ぼくには分からないが、お金があるのに、銀行から借りて建築業者に払う。父は納得がいかず税務署長に論文のような長い手紙を出したようだ。
 とにかく変わった父だった。

 

結婚を迫る女の目が怖い

 ぼくら兄妹と母に慰謝料を払うから、結婚してくれと、女に父は迫られたようだ。離婚していたら、ぼくらはどんなことになっていただろうか。

 

笑ってる写真にみんな泣かされる

 葬式のときに祭壇にかざられる写真のことだ。この句のことを知っていたので、ぼくはほほえんでいる父の遺影をかざったが、みんな泣いてくれたかどうか。

 父は多くの川柳を残していたが、本当は亡きあと句集を作るべきだったのかも知れない。ぼくらを捨てて、母と離婚しようなどと一瞬でも考えていた父を許せない。ぼくが撮ったほほえんでいる遺影を祭壇にかざっただけで、かんべんしてもらうか。

 川柳にもいろいろある。「ニッポン全国、笑いの輪が広がっています。たちまち25万部突破! ぜひ、皆さんで腹をかかえてください」と帯に大書きしてある、ポプラ社刊の『シルバー川柳 誕生日のローソク吹いて立ちくらみ』が、本が売れないという時代に、マスコミにもとりあげられて、本当に売れている。(定価・本体952円・税別)

 ぼくもシルバーと言われる世代、この原稿を書き終えたら、「高齢者講習終了証明書」をもって、車の免許の更新に行くつもりだ。

 年寄りを笑いのねたにするとはけしからんが、その通りだから、笑ってすますしかない。好きで年とったわけではないのに。

 起きたけど寝るまでとくに用もなし

 時代劇の「鬼平犯科帳」「剣客商売」「暴れん坊将軍」を見て、一日終わってしまう日もあるから、その通りだ。

 

遺影用笑いすぎだと却下され

 ぼくが撮った父の遺影、ほほえんでいるぐらいがいいので、笑いすぎだと、「香典返せ!」と、客が怒りだすぜ。却下されるの当たり前だ。

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